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まだ終わらない

(杉林は勇人さんのヴィジョンがポテンシャル日本一って言ってたけど……どうなんだ?)


 そんなことを考えながら、永良は間合いを維持する。一方の供華も


(あのレーザー、食らえば精神回路を焼かれるな。そうすれば、再生も治療もままならない。だが、ガキとやりあってる内はそうそう撃てねえだろ)


 と頭を回していた。


 魔力を伝達する役目を持つ精神回路が損傷した場合、当然ながら魔力の流れはそこで途切れ、自身の魔術による治療は阻害され、最悪不可能となる。


 何も幸音を手に入れるために目の前の少年を殺す必要は、彼にはない。むしろ、それはガードの強化を招く。しかし、自分に対して生きている価値がないと断じた細い首を落としてしまわねば、戦士としての矜持に傷がつくようにも思えるのだ。


「なあ、小鳥遊」


 彼は静かに声をかける。


「お前は、何のために戦う? 金か? 女か? それとも殺しが好きで好きでたまらないからか?」

「誰かのために生きろって、頼まれてるんでね」

「弱いな。その動機は弱い」

「知らねえよ」


 『頼む』。その一言が今の永良を動かしている。それを嘲笑われても、前進を止める理由にはならない。


「ラビットフォー、僕のレーザーで再生を止める。上手く攪乱してくれ」

「うっす」


 勇人は、虚獄を使うか否かの選択を迫られていた。使えば勝てる。だが、虚獄同士の戦いは後出しが有利だ。大量の魔力を消費して展開しても、後からそれを塗り潰されれば、無に帰す。


 無論、結界強度の問題から押し勝てる可能性もある。そこに賭けて、勝負に出ても悪くないだろう。既に一度供華の虚獄を打ち消したことがある。分の悪い博打ではない。


 しかし、だ。彼には一つ致命的な弱点がある。それは、既存の構造物や結界に重ねる形でしか虚獄を展開できないこと。そして、後者を利用すれば虚獄を塗り返された際に供華を逃がしてしまうこと。


 以前使用した時も、幽契で呼び出せる精霊の内の一体、疾翼はやての透視能力で結界の内部を探り、敢えて自分を中心から外した虚獄を展開したのだ。


 結論だけ言えば、彼は賭けに出た。


「幽世回廊」


 黒い空港は、一瞬にして霧がかかった無限の廊下に切り替わる。


「ラビットフォー、下がって」


 その一声と同時に、赤獅子が五体現れ、一気にレーザーを放つ。しかし、そこに供華はいない。限界まで出力を上げた身体強化で勇人に斬りかかったのだ。永良が防御に動くも、脇腹を刺された上で蹴り飛ばされた。


 虚獄では勝てない、と供華は判断したのだ。魔力で構築された剣を振るった彼は、氷の剣と打ち合った。


氷恋ひょうれん


 勇人の前に、雪女のような着物の女が現れ、相手の足を凍り付かせる。


「チイッ……過ぎ去りし刃クープ・ヴォン!」


 供華の足首が風の刃に断たれるが、次の瞬間には元通り。そこに飛んでくるレーザーをバク転で躱しながら離れる。数度目の着地の瞬間、地面を蹴って再び近づいた。


 が、飛び掛かったそのタイミングで金岩が現れ、下腹部にアッパーカットを食らわせた。吐瀉物が勇人にかかる。直後、もう一体の金岩が上から地面に叩きつけ、デバイスを破壊した。


「僕のヴィジョンは一体しかいないから、当然一度に使役できる精霊も一体だ」


 地に伏せた状態で破裂した内臓を再生している彼に、勇人は淡々と語り出す。


「でも、幽世回廊の中では一度に複数体の精霊を出現させることができる」


 その背後に、巨大な金のクラゲが現れる。


「シャインリート。捕縛しろ」


 その触手が供華に向けて伸びる。纏わりついて、完全に動きを止めた。


「何、しやがった」

「君の魔導式を封印した上で拘束した。調べさせてもらうよ、慈我に近づくためにね」





 三時間後、基地の談話室にて四人で大富豪をしていた永良は、供華の取り調べのことが気になって落ち着かなかった。


「行けばいいじゃん」


 風花がスペードの三を出して、ジョーカーに勝つ。


「俺が入っていいのかわかんなくてさ」


 それで彼女が大富豪になった為、永良はカードを切り直した。


「だが、クロウの構成員は二十四時間以内に衰弱を始め、七十二時間以内に八十パーセント、一カ月で確実に死に至る。何かがあるぞ」

「それをどうにか解き明かそうってことなんだろ? 俺そういうのわかんねえから任せるしかないんだよな」


 手札を配り直し、三回戦だ。


「何か毒でも仕込まれているのかしら」


 紲は手札と睨めっこしながらそう言った。


「毒物の反応はないが……何かしらの魔術と推測されている。慈我が自身の正体が露見しない様に魔術的な刻印でも行っているのかもしれない……」


 衰弱、という言葉で永良は壮士を思い出した。彼もまた、酷く弱った状態で発見された。


「小鳥遊、お前、供華を殺そうとしただろ」

「……そうだ」


 手札を握る手に力が籠る。


「俺は、人を殺そうとした」


 呟くように言葉を吐いた彼は、暫く固まっていた。


『へえ、なら俺の命を踏み躙ろうとしているお前はどうなんだ?』


 頭の中でその言葉が何度も響いていた。彼奴を殺そうとしたのも初めてではないが、自分というものに血がこびりついた時、それを落とす手段がないかもしれないと思うと恐ろしくなる。


「杉林は、殺したことあるんだろ」

「まあな」

「殺したい、って思ったのか」


 京介は硬い表情ではあるが、少なからぬ影を見せながらこう言う。


「……魔術師を拘束することは難しい。勇人さんのように魔導式を無力化できる手段は少ないからな。抹消結界と呼ばれる魔力操作を阻害する結界もあるが、そこに運び込むまでが大変なんだ。だから、大抵の場合その場で殺すことになる」

「でも、隊長は俺に魔術を使えないようにするって」

「魔力を流し込んで一時的に精神回路をずたずたに破壊する上級魔術アッパー・マジックがある。相当の実力差がなければまともに機能しないが、あの時のお前なら簡単に無力化できただろうな」


 俺も使いたい、と言おうとした永良は、そもそも上級魔術アッパー・マジックがわからないので次の言葉を待った。


「殺したかったわけじゃない。だが、ナイフと魔術を扱う奴を相手にした時、殺さないで生き残るヴィジョンが思い浮かばなかった。だから……そうするしかなかった」


 シンとして、空気が嫌な臭いを持ち出したように彼には思える。


「なんか、ごめんな。嫌な思い出だったろ」

「過ぎたことだ」


 京助がハートの四を出した。


「……あいつは、殺したいように殺すって言ってた。俺もそうなっちまうのかな」

「さあな。あれは人間として根本的に崩壊している類の者だ。なろうと思ってもなれるものではない」


 八切り。


「片割れがどう動くかだ。あれ単体でどうこうできるとは思えないが……」

「ホント、怖いヴィジョンよね」


 紲の言い方は、どこか他人事のようなものだった。


「風花ちゃんがいなかったら私死んでたわ」


 風花は風花で困った笑みで返した。


「紲ちゃんも、杉林くんも、怪我したらすぐ言ってね。私が治すからさ」


 だが、すぐに明るい表情を取り戻して彼女は微笑んだ。脇腹を刺された永良も治療を受けた。その度に彼は、本当にデメリットがないのかと不安になる。


「杉林って、普段何食ってんの?」

「食事には拘っていない。量が食えればそれでいい」

「そんじゃあよ、今度家来いよ。うまいもん食わしてやるからさ」

「私も行く!」


 風花が声を上げるので、永良はサムズアップを返した。


 そうして、夜が訪れた。

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