「──確認された悪霊の等級は二級と推定される。気をつけろ、発生直後から急激に魔力を増している……何らかの絡繰りがあるやもしれん」
小路の指揮を受けながら、永良と紲は車で現場に向かう。空には煌々たる太陽がギラついており、冷房がなければ茹でられて死ぬところだった。
「ま、やってやりますよ」
彼は笑っていた。
「
そう言った京助は基地で風花の護衛に当たっている。
「へいへい、五分で片付けてやるから安心しなって」
行く先に黒い球体が見える。
「何なの、あれ」
「結界。あの中に悪霊を閉じ込めてる」
「杉林くんって、凄いのね……」
「ラビットスリー、な。任務中はコールサインだろ」
京助が褒められるというのが、彼には面白くない。ここは活躍を見せつけてやろう、と意気込んだ。
車が停まる。
「ラビットファイブ、前衛は俺がやる。相手の動きを止めてくれ」
降りながら彼は言った。二級ならやれる、という確信がある。刀に蓄積された魔力も十分。当たり所が良ければ一撃で祓えるだろう。その隙を、紲に作ってもらう。それだけのことだ。
結界に入る時、スライムに触れたような感触を味わう。紲が表情を歪めた。
荒廃した空港で待ち受けていた悪霊は、人型であった。背丈は百八十センチ。青白い肌に無数の黒い線が刻まれている。手も足も異常に長く、先端には槍の穂先のような黒い爪が生えていた。
「よお、魔術師」
「喋った!?」
驚く彼女は置いておいて、永良は刀を呼び出して、抜いた。
「ボクは……そうだな……コンジキ、とでも名乗ろうか。魂を喰らうと書いて、
「賢いのね」
「ああ、賢いよ。とてもね」
魂喰の足元には五つほどの死体が転がっている。どれも頭蓋骨を噛み砕かれていた。ガアッ、と彼の頭に血が上る。同時に、心臓のあたりで何かが拍動した。
「殺したのか」
「ん? ああ、そうだよ。ボクはその名の通り魂を食べることができてね。少し、餌になってもらった」
「わかった……お前も、死ななきゃだめだ!」
地面を蹴った魂喰と永良が斬り結ぶ。
「ラビットファイブ! 脚を止めろ!」
その指示通り、小さな縫い針が悪霊の左脚を空間に縫い付ける。が、意味なし。三級でも破れるものを、二級が破壊できないわけもなかった。
「まずはそっちだなあ!」
魂喰は永良を蹴り飛ばし、紲に向かう。身体強化を掛けて追いかける彼だが、少しばかり遅かった。長い爪が彼女の左肩に突き刺さる。痛みに叫ぶ暇もなく、次が来る。頭上に高く振り上げられた腕に、目を閉ざす──然るに、彼女は死ななかった。永良が、魂喰の右腕を落としたからだ。
「……面白くない」
そう言いながら魂喰は春香に向き直る。右腕を再生させ、関節を鳴らす。
「こんな暗いところに閉じ込めたんだ、どんな楽しいことができるかと思ったら、君みたいにつまらない人間とはね」
失禁した紲は役に立たないと断じて、永良は次の手を考えた。
「隊長、一人回してください」
「わかった。フォックスリーを行かせる」
後は耐えるだけ、と流れてくる汗を拭う。暑い。
そこから、どちらも攻めあぐねた。頬を掠める爪。胸を引っ掻かいて浅い傷をつける。だが、永良は退かなかった。刀を絡め取られ、頭を掴んで投げられても、すぐさま刀を喚んで真っ直ぐに向かう。
彼は、一つの可能性に気付いていた。刀を刃に流すなら、それを飛ばすこともできるのではないか。模擬戦の後、少しばかり試したが、実現できた。
(一発決めてやる……!)
グッと地面を踏みしめ、一閃。振り抜かれた刃から、紅い光が飛んでいく。受けようとした左腕は切断され、決して癒えない傷となった。
「魂を斬ったのか!」
驚く魂喰。永良は兎に角前進した。紲に敵意を向ける隙を与えないことを主眼に置いていた。次は首だ。低い姿勢から、上に向かって突きを繰り出す。が、避けられた。
「……なるほど、そういう紋か。まだ目覚めてはいないみたいだけれど……」
「ごちゃごちゃと!」
何かを見抜いたように笑う魂喰に、彼は何度も斬りつける。だが、魂に響く斬撃はそう何度も行えない。刀に魔力をチャージして、それを武器が持つ魔導式に流すことで実現しているからだ。魔力を通す精神回路も絶対的な魔力量も平凡な彼に、全ての斬撃を強化することはできなかった。
チャージ完了まで、三分といったところか。少しずつ精神回路を鍛え、時間あたりに流せる魔力量を増やしてきた。それでも、それでも。
突如、魂喰が手を止めた。体に走っている黒い模様の色が薄くなっている。
「時間切れだ。あばよ!」
尻尾を巻いて逃げようとしたその頭が、爆ぜた。結界の外から飛来した光線が、魂喰の頭を吹き飛ばしたのだ。
困惑する永良の前に、勇人が着地する。隣には赤い獅子を連れていた。
「怪我してないかい?」
「これくらいなんでもないっすよ」
彼は若き戦士を見やってから、悪霊に視線を向ける。頭部の再生を完了した魂喰は、すでに立ち上がっていた。
「なるほどなあ、これが、死ぬってことか」
その顔は歓喜に歪み、その両腕は大きく広げられている。
「わかったよ、歪火の兄貴。これが、魂の形だ!」
そして、手を叩く。
「虚獄・
暗かった結界は、完全なる暗闇となる。地面も空も、夜と呼んでも足りないほどの黒。
「こりゃ、一級か、さもなくば埒外だね……」
勇人は二振りの短剣を呼び出す。
「多分、結界から出ることもできない……先に離脱させなかった僕の判断ミスだ。すまない」
「じゃ、後で飯奢ってくださいよ」
「いいね、そうしようか」
魂喰は笑っている。自分の成したことを認めて、心の底から笑いが出るのだ。
「ボクの紋は、魂の吸収。食らった人間の魂を吸収して、自分の魔力にできる。でも、今は違う。きっと、触れただけで魂を奪える。最高だなあ、ええ⁉」
ハイになったテンションに任せて、それは自らの手の内を明かす。
「まずはお前からだ、小鳥遊永良!」
仕掛けられた突進から逃げようとした永良は、しかし、追い付かれてしまった。胸のあたりで、何かが渦巻く──。
次の瞬間、魂喰は凪いだ湖に立っていた。水嵩は踝程度。その前にいるのは、なんてことのない、白いシャツに黒いスラックスの男子中学生だ。
「帰れ」
彼は冷たく言い放った。
「永良の魂は渡さない」
「魔術師の魂を食えば、ボクはもっと強くなれる。そういうわけにはいかないよ」
腰だめに拳を構え、彼は呟く。
「
そして、一撃。頬に直撃だ。次いで、ボディーブロー。魂喰は黒い体液を吐く。貫手が胴を貫通する。
「やるね──」
跳躍しての、回し蹴りが頭に突き刺さる。視界がチカチカする中、魂喰は撤退を決めた。
物質世界に帰還したその肉体からは、血が流れている。結界も消え、地上を焼き尽くすような陽光に晒された。
「……不快だな」
そう呟いた魂喰の胸を、短剣が貫いている。
「
勇人が言えば、悪霊の内部で魔力が炸裂し、肉体を粉々にしてしまった。飛散した破片と体液の悪臭に、永良は顔を顰める。
「帰ろうか」
◆
手当を受けた紲は、医務室を出ると待っていた永良に一発拳を食らわせた。
「なんだよ」
「ホント最悪。あんなところ見られるなんて」
漏らした、と直接言及することは、彼女のプライドが許さなかった。
「……でも、カッコよかったよ、小鳥遊」
「ヘヘッ、ま、いいってことよ」
フィストバンプを、と拳を突き出した永良だが、彼女はそれに応じず、背中を向けてしまった。
「私、弱いのかな」
「そりゃそうだろ。俺だって最初の実戦はビビったしゲロ吐いたけど……そんなもんじゃねえの」
「……そっか」
それだけ言って、紲は歩き出す。
「どこ行くんだよ」
「どこだっていいでしょ、一人になりたいの」
なら仕方ない、と追わなかった彼の背後に、いつの間にやら風花がいた。
「紲ちゃん、どうしたの?」
「いやー……色々あったんだよ、色々」
彼女の自尊心のためにはぐらかした彼は、友人たちと地上に出た。