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抹香町、血に沈む

 永良は京助のヴィジョンで運ばれながら、携帯を耳に当てていた。


「──お前はラビットスリーと共に散歩中の園児たちを保護しろ。いいな」

「了解!」


 小路の簡潔な指示を受けつつ、下方を見る。風花は紲と一緒に家に帰した。


「見つけた!」


 合羽を着て歩く子供たちと、それを先導するエプロン姿の女性がいた。何が起こっているかも知らない、朗らかな表情だ。


 ヴィジョンのフックから手を離した永良は、彼らの前に着地する。


「SMTです。幼稚園でテロが発生しました……基地で保護します」


 教諭は目をぱちくりさせる。


「テロ……? テロ!?」


 数秒掛かって事態を飲み込んだ彼女の瞳が震えだす。


「みんなはどうなったんですか!?」

「……」


 話さない永良で全てを察した彼女は、膝から崩れ落ちてしまった。


「急いでください。相手がこっちを発見するかもしれません」


 それでも、教諭は動けそうにない。子供の前だということを理解して涙は殺しているが、肩は細かく上下している。


 そんな彼女を、彼は負ぶった。


「みんな、ついてきて!」


 なるべく元気な声を出して彼は歩き出す。


「てろってなんですか」

「悪い人が来たんだ。大丈夫、みんなのことは俺たちが守るから」


 少し翳りのある笑顔を見せる。


「ラビットスリー、先導してくれ。魔力探知機はフル回転だ」

「やってる。大した反応はない」

「隊長との連絡は?」

「途絶えた。何かしらの結界に突入したんだろう」


 幼稚園での埒外クラスの魔力反応。その一報が飛び込んできた瞬間、隊員の緊張感は最高レベルまで高まった。虚獄らしき結界まで観測されたことで、小路は迷いなく最前線に向かった。


 最悪の事態を、誰も想像する。埒外悪霊による虐殺だ。


(隊長は歪火って奴の虚獄は不完全だって言ってたけど……完成させてる可能性だってある)


 基地まではそう距離はない。町の各所に設置してある偽装地下道への入口に誘導して、京助と合流する。制服を着た者だけが視認できるボタンを押して一部のみ結界を解除。二人で奥へ──という所で、


「よう」


 という声がした。命というものを舐め腐ったような、そういう声だった。


「虹川供華……!」


 紫の剣を右手に、仇敵がそこにいた。


「……ラビットスリー。子供たちは任せた」


 教諭を降ろして、立たせる。


「おい、一人でやるつもりか」

「誰かがやらなきゃならねえだろ」

「……わかった。応援が来るまで待ってろ」


 入口にシャッターが下りる。同時に結界が発動し、悪意ある者を拒絶する。


「入れるかと思ったが、そうもいかないみてえだな」


 答えず、永良は刀を呼び出して、抜いた。


「安心しろ、楽に殺してやる」


 瞬間、斬り結ぶ。彼の表情は熱い怒りに満ちていた。得物を絡め取り、弾き飛ばす。無防備になった胴体に向けて一閃するも、新たに生み出された剣がそれを阻んだ。


「おいおい、いきなりフルスロットルだな。そんなに俺を殺したいか?」

「当たり前だ。何人殺したと思ってる!」

「どうせ他人だろ? そんなキレんなよ」


 永良は、全身の毛が逆立つような感覚を味わった。目の前のこいつにとって、誰かの死など心底どうでもいいものなのだ──その結論は、彼の中の殺意を一層強めた。


「お前は、本当に殺さなきゃだめだ」

「無理なことは誓わない方がいいぜ」


 構えた刀の先が、力んで左右に揺れる。脱力だ、と小路と刀に教わったことを思い出す。息を深く吸い、吐き出す。冷静さを失った者から死ぬのだ。わかりきったことだ。


 紫の刃が迫る。頭上に翳した刀で滑らせて、彼は蹴りを繰り出した。が、空。供華は飛んでいた。金属音が響き、永良は壁際まで追い詰められてしまう。


「ガキは大人しくゲームでもやってりゃいいんだよ!」


 頭を掴まれ、そのまま地面へ。


「ここで殺してやってもいいが、お前に毒が効かねえ理由を調べなきゃならねえ。このまま連れて行くぜ」


 彼を担ぎ上げようとした供華は、横から入り込んできた衝撃波に吹き飛ばされた。数メートル宙に踊って、アパートの壁に衝突。


「油断してんじゃねえよ」


 そう言ったのは乙素。傍には上半身しかない、白黒の人型をしたヴィジョンが存在していた。彼自身は薙刀を右手に携行し、左手で頭を掻いている。


「インパクト・ブレス!」


 ヴィジョンが大きく口を開くと、そこから指向性を持った衝撃波が飛ぶ。が、外れ。供華はすでにそこにいなかった。


「ぶった斬ってやる!」


 犯罪者の怒声を受けても、乙素は眠そうな顔を変えない。薙刀を軽く振り回し、迫る斬撃を悉く受け流してしまう。が、それは相手も同じこと。決定打がないまま、斬り合いは続く。


 地面すれすれまで下がった、薙刀の刃。


「めんどくせえから、とっとと帰ってくれねえか?」


 淡々と言う乙素の横で、ヴィジョンがグルルと唸り声を漏らす。だが、供華の方も余裕のある表情を見せていた。


「それとも、ここで死ぬか?」


 薙刀の刃が震えだす。低音から、高音へ。そして何も聞こえなくなる。


「振動を操るヴィジョン……サイレント・ジョーカー、だったか」

「ご名答。人間の骨なんか簡単に斬っちまうぜ?」

「やってみろ!」


 振るわれた毒の刃は、中程で断たれる。跳ねた破片が数回転して、アスファルトに墜ちた。それでも供華は新たな剣を生み出し、果敢に攻撃を仕掛ける。


 薙刀の切っ先が、供華の頬を掠める。僅かな切り傷はすぐさま癒えるが、その間に次の切傷が生まれる。擦過傷のようなものだ。浅く、短い。


 一方で、その連続は供華に危機感を齎す。再生も魔力を消費する。ジリジリと削り、やがて致命傷を与える心持ちならば、早々に勝負を決めねばならない。


「虚獄──」

「させねえよ!」


 衝撃波。今度のそれは、受け止めた彼の腕をずたずたに引き裂いた。当然、剣も落ちる。激痛に歪んだ視界に、刃が映る。上体を反らした彼の顔まで一寸、というところを高周波振動を纏った薙刀が過ぎていく。


 しかし、本命は次だった。不安定な姿勢を強いられ、それを元に戻すまでの僅かな時間。一回転した乙素は、供華の両脚を切断した。復元された腕で体を支え、彼はバク転。その間に脚を治して着地した。


 額から垂れてきた汗を拭う。


「俺の魔力が尽きるまでやる気か?」

「それが僕の役割だ」


 互いに少し距離を取り、その中間点を中心として円を描く。下段に構えられた薙刀は、幽かな陽光を受けている。


「ラビットフォー、生きてるか?」

「まあ、なんとか」


 痛む頭を持ち上げて、永良は供華に敵意の視線を向けた。


「攪乱してくれ。隙を作ってくれればそれでいい」

「うっす」


 二体一。雲が晴れていく。しかし、拮抗した。





 場所は移って、幼稚園。空弾倉を落とした小路は、以前と変わらず剣鉈を召喚した。夜の高速道路に、通る車はない。


「グイーヒッヒ……」


 歪火は失った左腕を再生する。


「その笑い方をやめろ」


 感情の坩堝から、迷いなく湧き出てくる怒りを声音に滲ませて、小路は鉈を向けた。


「なぜ、なぜ子供たちを殺した!」

「あの方からの指示さ……ま、殺しやすい方が虚獄の練習がしやすいってのもある」

「ああ、わかった。お前に生きる価値はない」


 小路は逆袈裟に鉈を振り抜くも、エネルギーによって作られた剣に防御される。確かに相手を減速させたというのに。当惑に意識を取られた、刹那。回し蹴りを食らって鉈のレンジから脱せられた。


「オレッチは成長してるんだ! 虚獄一つで殺せると思うな!」


 頭部に直撃した打撃。そこから流れる血を雑に拭いて、腰を落とす。


「……どういう絡繰りだ」

「教えてやるよ。オレッチの紋がエネルギー体の操作であることはわかっていると思う。だがねえ、気づいたんだよ。展開された虚獄に対し、完璧に逆位相のエネルギーをぶつければ、その効果を無力化できるってことに!」


 ある確信を得て、彼は床を蹴る。自身を加速させての一撃は、歪火の右腕を切断した。


「やっぱり気づいてる? オレッチも上手く制御できなくてさあ……」


 彼は脚を落とそうとするが、跳躍で避けられ、反撃の蹴りを食らった。


「もう少し練習してから本番とさせてくれよ。いいだろう?」

「ここで終わらせる!」


 速度を乗せた斬撃は、しかし、当たらなかった。それ以上に歪火は速く、空中で後ろ宙返りを披露しながらこう口にする。


「焦熱歪界」


 高速道路は火山めいた地獄へと塗り替えられる。


(連続しての虚獄の展開だと……どれだけの魔力があるというんだ!)


 数条のエネルギー波が、曲がりながら小路を襲う。加速に加速を重ね、避け続けていても追跡は執拗だ。拡散した内の一本が、左脚に掠る。


(エネルギー波の歪曲と拡散! 短時間でこれほどの精度、なんという学習速度……)


 飛び上がった床に触れる寸前、自身を加速させてタイミングをずらす──だけでなく、鉈を投擲した。音速を突破したそれはソニックブームを生み出しながら飛翔、歪火の顔面を抉って消えた。


 次の瞬間、彼は鉈を握って相手の眼の前に立っていた。心臓を、一突き。更にそこから得物を下に下ろして切り裂く。緑の血が吹き出るも、それで死んだわけではなかった。


 濡れた刃を振って、体液を落とす。殺し合いは、これからだ。

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