「以上が、俺を襲った埒外悪霊に関する情報だ」
壁に埋め込まれたディスプレイに、何枚かの写真が映し出されている。全身に赤い管を持った歪火と、黒い翼の空劫。加えて、全身に赤い結晶が張り出した人型の悪霊の画像もあった。
「虚獄を使える悪霊と、結界を破る悪霊。厄介ですね」
京助は淡々とした態度で述べた。
「不完全ではあったが、次現れる時に完成されている可能性はある。まともに戦おうとするなよ」
「ちょっといいっすか? 隊長がその歪火と戦ってる間、そのとげとげした奴は誰が相手したんですか?」
「ああ、まだ会ってなかったか──」
そう小路が言った時、扉が開いた。現れたのは、けだるげな猫背の青年だ。制服を着崩し、喉元のボタンが開いている。欠伸をした彼は、空いている椅子にどかりと座った。右手に持っていたコーラの缶をテーブルに置く。
「
「チョリーッス」
適当に手を挙げて、乙素はまた欠伸。
「ツーってことは……副隊長? なんで今まで教えてくれなかったんすか」
「こういう男だからだ」
察せない永良が彼を見ると、既に寝ていた。
「埒外と戦える貴重な戦力なんだがな……乙素、起きろ。もう一体の埒外について報告してくれ」
「ん? ああ……めんどくせっ。こいつは
そこまで言って、彼はコーラを一口。
「それで? 小路よお、どうすんだ。三体の埒外全部相手にすんのか?」
「フォックス小隊と連絡を取った。派遣中の任務を可能な限り早く終わらせて、合流するとのことだ」
「杉林、フォックス小隊って何だよ」
永良は小声で問いかける。
「抹香町に置かれているもう一つの小隊だ。今は青森に発生した埒外の対処に向かってる」
「ここから? 中国地方だぜ、ここ」
「それだけ腕が立つということだ」
「そこ、私語をするな」
ぴしゃり、止められて二人は隊長を見る。
「しっかし、こっちは戦力欠けてるし、それでも足りないんじゃねえか?」
乙素の発言を受けた京助は情けなさに俯いた。
「祓うとまではいかずとも、被害を抑えることはできるはずだ。時間を作ってくれれば、その間に俺と乙素がやる」
「俺、時間稼ぎもできないと思うんすけど……」
恐る恐る声を発した永良。小路は少し表情を柔らかくしてこう言った。
「お前は変わらず風花の護衛だ。京助も、基礎的な魔力操作ができる程度にはなったんだろう?」
「はい。
「なら十分だ。虹川のことは気にかかるが、単独で戦おうとするなよ」
少年二人はしかと頷いた。
◆
スイートルーム。新狼はスマートフォンの通話ボタンを押した。先は慈我だ。
「やあ、新狼くん。成果はあったかな?」
「白鳥風花、彼女は幸音です。
「そうか。なら、できるだけ早く連れてきてくれ。僕の肉体もいつまで保つかわからないからね……」
慈我はよく老い先短いようなことを口にする。その真意を知る者はいない。ただ、何かしらの”期限”が差し迫っていることを匂わせるばかりだ。
あの仮面と関係している、というのはクロウのメンバーの中で囁かれている噂だ。だが、その仮面の下を見ようとすれば消されるとも。
「
「虹川は無事に離脱できたようです。空間歪曲反応も、ある程度は偽装していました」
「うんうん。素晴らしいことだ。子供たちは殺せそうかい?」
「以前申し上げました、能力不詳の少年。彼に供華の毒が効かなかった、と」
液体を嚥下する音が聞こえてくる。
「面白い」
その一言とは裏腹に、不機嫌さが滲み出る声音だった。
「『彼』はどうだい? 何だったかな……そう、怒号發。何か秘策があるんだろう?」
「埒外の生成については、問題なく。現状、三体を用意しました。内一体は簡易なものですが虚獄の発動さえ可能と聞いています。秘策については、我々も……」
「成長が楽しみだ。間小路の排除は?」
「埒外同士の連携で追い詰める作戦です。いくら間とは雖も、埒外三体を相手に生き残るのは難しいでしょう」
再び飲む音。
「四条蓮を殺した男だ。こちらの予想を超えてくるかもしれない……次の手を考えておくんだ。それに、敵は一人じゃない。影道乙素に……杉林京助。フォックス小隊の
「フォックスは青森で埒外の相手をしているんです。早々動けませんよ」
「だといいね。今青森に出ているのは、かなり力の強い悪霊だ。埒外の中でも上位に入るだろう。だが、抹香町で鍛えられた狐たちは必ず狩りを成功させる。時間の問題さ」
「……例の少年の排除に動くべきでしょうか」
間違ってはいないか、と恐る恐る尋ねた。
「そうだね。そうしよう。不確定要素は少ないほうがいい」
不興を買わなかったことに安堵する。
「気を付けるんだよ、君たちのことを過小評価しているつもりはないけど、若い子というのは想像もできないポテンシャルを秘めているものだからね」
「はい。肝に銘じます」
霊話機越しでもお辞儀をしてしまう。それが新狼だった。
「慈我様は、幸音をどうなさるおつもりなのですか?」
「魔導式を抽出する。そのために日変簑を仲間に引き入れたんだ」
「浅学で申し訳ないのですが、魔導式を抽出された人間は──」
「生命活動を続けるだけの肉塊になる。仕方ないよ、身を守る術を持たないで産まれた方が悪い」
肯定しようにもしきれない、そういう苦々しさを浮かべた表情で彼は次の言葉を待った。
「焦って果実を逃すようなことはあってはならないが、急いでくれよ。僕も余裕があるわけではないからね」
「ええ。確実に幸音をお届けします」
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
通話を終えて、溜息。
「新狼、慈我様はなんて?」
「可及的速やかに、ってところかな。明日、虹川に動いてもらう」
「わかったわ」
時刻は二十三時。眠る者があれば、目覚める者もあった。
◆
中央病院の、とある病室でのことだ。心電図モニターの音が響く中、窓から差し込んでくる月光に目を開く少女がいた。
「今は……夜」
宝彩紲。
「名前は決めたもんね」
彼女の傍に小さな縫い針が現れる。
「
その細く脆そうなそれを、彼女はそう呼んだ。新しく得た、その力の名前を。