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リミテッド・アンリミテッド

 二人組での、二級相当と推測される悪霊の祓魔。それが永良と京助に与えられた任務だ。町の中心から外れたところにある廃ビルを前にした二人は、異常なまでの寒気に襲われていた。暗雲こそ垂れこめているものの、今は夏だ。


「二級って、どれくらい強いんだっけ」

「人間を十人殺し得る魔力を持っている存在だ。狭い場所になると俺は不利になる。外から支援させてくれ」

「リョーカイ。邪魔すんなよ」

「ああ。……危険領域レッド・ゾーン


 京助の掌に現れた戦闘機は、垂直に離陸する。上昇していくそれを見上げる永良は、通信機を手渡された。マイクとイヤホンが一つになっているタイプだ。


「俺とはこれを介して会話ができる。二機目が必要ならいつでも言え」

「あいよ。一人で逃げるんじゃねーぞ」

「こっちのセリフだ」


 インカムをつけ、いざ突入。埃っぽい空気が漂っている。当然ながら灯はなく、懐中電灯を頼りに慎重に歩く。


「すぎ……ラビットスリー、魔力反応は何階だ?」

「三階。エレベーターは死んでいると思うぞ」

「わかってらあ」


 腰の刀が重いことに苛つきながら、一歩一歩階段を上がる。鼠が足元を駆け抜けて、驚いてしまう。


(何やってんだ、俺)


 カツン、と二階に入った時、鼻を衝く臭いを感じ取った。


(なんだ……? 腐った生ごみみたいな臭いだ)


 念のため鯉口を切る。


「ラビットフォー、魔力反応が移動している。下に向かっているな……気を付けろ、遭遇するかもしれない」

「じゃ、いつでも撃てるようにしておいてくれ」

「了解」


 窓の向こうではホバリングする京助のヴィジョン。それに向かって親指を立てるも、反応はなかった。


「ちえっ」


 呟いた、その一瞬。猛烈な殺気が背後に迫ってきた。動物としての生存本能が体を動かし、不意打ちを回避する。


 そこにいたのは、人間のような何かだった。肌は緑。腕は二本、脚も二本。目も二つ。だが、口は横ではなく縦に裂けており、何重にも並んだ糸鋸のような歯が覗く。シュー、シューという音も漏らして。


「ラビットフォー! まずは足を潰せ! 止めは俺が刺す!」

「やってやらあ!」


 相手の背丈は百八十センチほどだろう、と見当をつける。決して長身ではない彼は見上げる格好だ。だが、それは止まる理由にはならない。


 ストレートパンチをスライディングで躱し、赤い刃で脚に一撃。確かに刃筋は立っていたが、硬い音がするだけだ。


「ラビットスリー! こいつ、硬いぞ!」

「なら、脆い。奴の背後に回れ」


 指示通りそのまま脚の横を通り抜けて、飛び回し蹴りを食らわせる。顔が彼を追いかけたところで、ミサイルの一斉者が悪霊を襲った。煙が漂いながらも、彼は口角を上げた。


「よし、帰るか!」

「待て、魔力反応が消えてない。生きてるぞ!」


 重い拳が、永良の顔面に直撃する。壁に叩きつけられた衝撃で、インカムが潰れた。


「やりやがったな……」


 魔力を肉体に流すことによる、防御力の向上。昨日身に付けたばかりの技術に彼は感謝する。それがなければ、頭が割れて死んでいただろう。


 悪霊の方は、緑の皮膚が剥がれて真っ赤な筋肉が露になっていた。床に落ちた肌の欠片は少しずつ灰に変わっていく。効いてはいるんだ──その確信を抱きながら、刀を振り抜く。肉を幾らか抉ったが、すぐに元通りだ。


(魔力を刀に流せ、纏わせるんだ)


 虹川兄妹を逃してから一週間。夏休みまであと数日というタイミングで、永良はみっちり鍛えてもらった。使い方を教えてくれる刀は卒業し、今は魔力を増幅するものを武器としている。チャージしておいたものを吐き出すことで、単なる斬撃を魂に響かせられる、そんな刀だ。


 刀身が輝きを放つ。強く、床を踏み抜く勢いで体重を移動させる。その全てが乗った一撃は、向かってきた右腕を斬り落とした。大きく傾いた体をそのまま回転させ、思い切り蹴る。僅かに後ずさる悪霊。


「もう一発!」


 心臓から羽ばたいた鷹を左腕に宿らせ、悪霊を殴り飛ばす。壁を破り空に踊ったその肉体を、機関銃が蜂の巣にした。彼は魔力を吐き出した重い体を動かす。


「ありがとな!」


 壁の穴から下を見る。いつもの素っ気ない態度を期待して。だが、そこにいたのは頭から血を流して敵に向かう京助だった。


「小鳥遊、あの世で待ってるぞ」


 それを最後に、黒い結界が展開された。





 少しばかり、時は遡る。接敵した永良をサポートしようにも、近接戦闘を行っているところにミサイルを撃ち込むべきではない。最悪の場合に備えて基地にヴィジョンを一機、連絡用として置いてきたことが徐々に痛くなってくる。


(とっとと終わらせて帰ってこい、馬鹿野郎)


 彼とヴィジョンは、視界を共有可能だ。眼を閉じれば瞼をモニターとして戦闘機が見ているものと各種センサーが表示される。左目には、魔力探知の結果が出ている。建物の中には二つしかない。


(通信はロスト……インカムを壊されたか。合図が来るまで、どうしたものか……)


 雨が降り出す。が、どうすることもできない。変わらず魔力反応を追っていると、一つ、大きなものが現れた。突如として。コンピューターでコピー・アンド・ペーストをしたように。


 反応までの距離は──三メートル。眼を開き、顔を横に向けた彼は、縦に裂けた口を持つ、永良と戦っているものと同型の悪霊を認めた。


「……そうか」


 彼が手を叩くと、右手にマチェーテが現れた。


「俺も、ここで終わりかもな」


 危険領域の操作には、脳という有限のリソースのうち大部分を割かなければならない。魔力もかなり持っていかれる。故に近接戦闘には向かない。だが、現実は現実だ。


「来いよ、相手をしてやる」


 嗤笑を浮かべた途端、顔面に拳がめり込む。電柱に衝突し、流血。しかし、ただ殴られたわけではない。吹き飛ばされる前に浅く斬りつけていたのだ。


(やはり、肌が硬い。ありったけで皮膚を削るしかないか……)


 ヴィジョンを操作したいが、悪霊は躊躇わず距離を詰めてくる。眼が四つほしい。彼はそんなことを願った。


 ビルの方から悪霊が落ちてくる。二対一になる前に、ともう片方の意識が自分から逸れている間にヴィジョンを動かす。機銃で祓った。


「ありがとな!」


 永良が顔を出してくる。相当に疲弊しているはず。どちらかは確実に生き残らなければならない。ならば……。


「小鳥遊、あの世で待ってるぞ」


 結界を張る。荒廃した空港が寂れた町に現出する。


「お前がどこから出てきたのかは知らない。だが、悪霊なら祓うだけだ。今、ここで殺す」


 精神世界を投影した結界には、一つ大きな利点が存在する。それは、魔術の強化だ。例えばホームグラウンドで試合をする野球チームのように、その魔術師にとって最も最適な条件が付与された空間が構築される。


 今、彼の背後から六機のジェット機が湧いて出た。


危険領域レッド・ゾーン限定解除リミテッド・アンリミテッド


 一時的に、一度に三機までという限界を突破する京助の奥の手。細かい操作を抜きにして、彼はホバリングしている戦闘機から無数のミサイルを、そして機銃を放つ。爆発と貫通の嵐。


「このまま……消し飛ばす!」


 武装を打ち切ったものから順に、体当たりを仕掛ける。煙が晴れて、そこにいたのは上半身が消滅した悪霊だった。灰になろうとしている。


 勝った。最期の微笑みを零しながら、彼は結界を解く。直後、倒れた。


「杉林!」


 京助は飛び降りながら叫んだ。辛うじて強化していた肉体だが、着地の衝撃が脚に響く。駆け寄って脈を計る。確かにある。ポケットからスマートフォンを取り出し、専用回線で救急車を呼ぶ。


 雨は、強くなるばかり。

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