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前進、開始

「奴らが使ったのは、何らかの魔導具だ」


 あれから三日、重苦しい雰囲気の会議室で小路が口を開いた。そこにはラビット小隊と風花、そして美人が呼ばれていた。


 魔導具。魔導式を実行する機械の総称。車も、通話を行うための霊話機も、この内に入る。


「郭、解析結果の報告を頼む」


 そう呼ばれたのは車椅子の上の美女。どこか親しみ安さのある風花とは違って、何物をも寄せ付けない高貴さを纏っていた。


「コホン。わたくし、手稀てまれ郭と申します。小鳥遊さんとは初めましてですね」


 その声は今にでも消えてしまいそうで、永良は聞き取るのに苦労した。とりあえず会釈する。


「ああ、そんなに丁寧になさらず……わたくしが美人で清楚で高嶺の花だということはわかっていますが──」

「郭、本題に入ってくれ」


 小路に邪魔をされた彼女は舌を出す。


(テヘペロってマジでする人いるんだ……)


 永良はそんな感想を抱いた。


「空間監視結界が、空間歪曲を検出しました。高度に偽装されており、極めて微弱でしたが……このわたくしの目から逃れられるはずもなく。拍手は必要ありませんわ。今はそういう場ではありませんから」

「えっと、どういうことっすか?」


 誤魔化しの笑いを浮かべながら彼は問うた。


「どこかにワープしたってことだ」

「サンキュー、杉林」


 サムズアップを送るも、無視されてしまった。


「んで、どこにワープしたんすか」

「大変心苦しいのですが……第二の空間歪曲は検出できなかったのです。この町から出たか、それとも痕跡を消されたのかは判断しかねます」

「わからないってことっすよね」

「身も蓋もない言い方をすれば、そうなりますわ」


 身も蓋もなくていいじゃないか、という反駁は隠す。


「もっとこう、何でもかんでも検知するようにすればいいじゃないですか」

「そうしたいのは山々なのですが、魔力を使えば少なからず空間歪曲反応が見られるのですよ。それを全て管理していては、いくら絶世の天才であるわたくしでもパンクしてしまいます」


 一言が長い──その時点で、彼は郭が苦手だと確信した。


「そこで一つ、提案があります。杉林さんを結界管理補助としてわたくしの部下にするというのはどうでしょう」

「嫌です」


 京助が即断したことに驚いて、郭は固まってしまう。いきなりフライパンで後頭部を殴られたような表情だ。


「俺としても、京助の引き抜きは応じられない。前線に立てる結界師というのは貴重だからな」

「およよ……」

「何が『およよ』だ」


 空気が少し和らいだところで、スライドドアが勢いよく動く。


「ごめーん! 遅れた!」


 やたらと大きな声が会議室に響く。入ってきたのは中性的な顔立ちの人物。髪は人間離れした緑色だ。まるで植物の蔦が束ねられたようだった。


「風花ちゃん、また会ったね!」

「その節はどうも……」


 苦笑い気味に彼女は頭を下げた。


「誰です?」


 ぶっきらぼうな態度で京助が声を発した。


握拳にぎりこぶし! ちょっと特殊な精霊さ」

「杉林、精霊って──」

「悪霊の対義語だ」


 永良は知ってたけどね、なんて顔を見せる。


「えー、小路ちゃん、話していい?」


 亜は髪を弄りながら言う。


「どうせいつかは言わなければならなかったことだ。説明してやってくれ」

「オッケー。僕、簡単に言えば肉体を作り替える魔導式を持ってるんだ。それで風花ちゃん一家、全員改造した。指紋、静脈パターン、虹彩。ありとあらゆる点において、別人になったんだ」


 永良は供華が『幸音』という名前を口にしていたことを思い出す。


「幸音、って言ってました」

「そう、それが前の名前。くれぐれも外で口にしないようにね」


 穏やかな顔つきではあるものの、その言葉は重く若人の心に刺さった。


「亜、もう一度改造できるか」


 小路が真剣な顔で尋ねた。


「前にも言ったね。僕の改造は、かなりの負荷をかけることになる。この子が耐えられる保証はないよ」


 その会話を聞きながら、永良は話題の少女を眺めていた。小刻みに震える黒い瞳から目を離せなかった。それに気づいたのか、一瞥が向けられた。プイ、と彼は顔を逸らしてしまう。


「顔を変え、戸籍を変える。それが齎す精神的負荷も無視できない。安易に改造を施すことには、反対だな」

「だが……」

「怖いのかい? あの間小路なら、風花ちゃんを守れると僕は思うけど」


 隊長が何かを躊躇っている──いや、恐れているということを、京助も永良も理解した。


「やれます」


 京助が真っ直ぐな視線を向けて、そう宣言した。


「俺と小鳥遊で白鳥を守ります。隊長の手は、これ以上煩わせません」

「そうっすよ。って言うには俺はまだ未熟かもしれないですけど、でも、全力でいきます」


 それでも決めあぐねる、小路。


「上と話す。それまで、二人は現在の任務を続行しろ」


 彼はそう言い残して部屋を出て行った。頭に浮かぶ、親友の顔を振り払いながら。





 若者三人組は、中央病院を訪れていた。三階にある、とある個室でのこと。窓の外からは夏の陽光が差し込んでくるが、よく効いた冷房がそれを打ち消していた。


「起きないね」


 風花がベッドの横に座って言う。寝かされているのは紲。明るい色の髪と、目元にある黒子は、全くもって動かなかった。


「肉体に異常はないみたいだけど……やっぱり、あのヴィジョンの影響なんだろうな」


 サイドテーブルには寄せ書きの色紙があり、花瓶には花が活けてある。どれも、三人が来た時にはすでにあったものだ。


「俺も詳しいわけではないが、おそらく宝彩にはヴィジョンを持つ才能はなかった。それで死ぬところを無理やり生かしてる。どうなるのかは、予想がつかない」


 京助が淡々と述べる。


「もっと明るいこと言えよな」


 そう言い返しながら、永良は風花の隣に座った。


「なあ、杉林。もっと早く悪人とか悪霊とかを見つけ出せないのか?」

「予防拘禁になる。悪霊については、魔力探知上で人間と区別がつかないから無理だ」

「でも、供華は何人も殺してる。指名手配もしたんだろ」

「だが、ああいうのは往々にして認識阻害の魔導具を持ってる。俺たちの前で顔を出したのは、ヴィジョンに使う魔力を確保するためだ」


 魔導具は、大きく分けて二種類。エネルギーとなる魔力を内側を蓄えている内蔵型と、所有者の魔力を使って動作する入力型だ。霊話機や車など、魔力の流し方を知らない一般人に使われるものは前者だが、逆に魔術師が扱うものは後者が多い。


「油断するなよ。いつどこに出てくるかわからない」

「ここにも?」

「さあな」


 冷たい返事は受け流し、永良は同級生の顔を見る。救えなかった。


「あの二人、クロウなんだよな」


 彼は拳を膝の上で震わせながら言う。


「恐らく、だがな。クロウは様々な手段で構成員の正体を隠している。供華や咲というのも、コードネームだろう」

「とっとと殺すべきだったんだろうか」

「お前に殺しができるとは思っていない。いざとなれば俺に回せ」

「怖い話しないで」


 風花の一声で、男子共は黙るしかなくなった。


「帰ろっか。雨が降る前にさ」


 空は黒くなり始めた。驟雨が、来る。





「探しましたよ、怒号どごうはつさん」


 御出間夫婦が、とある一軒家を訪れていた。


「名乗ってほしいものだね」

背愚医せぐいと申します。ウーデンウィザーディングの者です」

「ああ、鴉か。入りなよ、お茶くらいなら出す」


 發と呼ばれたのは、痩身長躯の男。眼は大きく、涼やかな印象を与える。左頬には深い傷跡がある。相手が偽名を名乗っていることを承知の上で、二人を招き入れた。


 綺麗に磨かれたフローリングが夫妻を出迎える。アルミサッシに埃はなく、雨の音が響くダイニングには四人掛けのテーブルが置かれていた。


「アッサムでいいかな?」


 数分後、紅茶が供される。


「魔導具を使われないんですね」

「手で淹れるのがいいのさ」


 椅子に座った彼は、目を細めて笑みを投げかける。


「それで、忠実な鴉の子がどうして私を訪ねて来たのかな」

「我々に協力していただきたいのです。怒号發……いや、■■■さん」


 雷が鳴った。

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