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テニスのインターハイ三十回優勝したらしい

「ようこそ、抹香町の武器庫へ」


 電子タバコを吸いながら、夜逗子よずし天満てんまという中年女性は永良を迎えた。肩までの長さの黒髪に、鷹のように鋭い目が特徴的だ。


「好きなの持っていっていいよ。いっぱいあるからね」


 壁には無数の武器。槍や剣から、三節棍やトンファーといったものがずらりと。


「新人にも扱いやすいものを出してくれ」


 小路が口添えした。


「あいよ。すると、あれかな。インテリジェンスソードの類がいいかな?」

「イ……?」

「知性のある剣。そこまで高度なものではないけど、君に武器の使い方を教えてくれるくらいの働きは期待できる」


 彼女は倉庫の奥にある一振りの打ち刀を手に取る。青い拵だ。六十センチほどの刀身を有している。


「これを使うといい。この先人間を相手にすることもある……役に立つはずだ」

「人間……」


 首を抜かれた女の子が脳裏を過る。


「よし、早速慣らそう。天満、上に話をつけておいてくれ」

「全く、面倒なことは全部アタシ任せかい。わかったよ、貸与品として報告しておく」

「助かる。ではな」


 引っ張られるようにして武器庫を後にした永良は、


「あの、隊長」


 と呼びかける。


「俺、ずっとあの子が忘れられないんです。四つ腕の悪霊に殺された、女の子」


 答えない小路に引きずられながら、待つ。


「これから先、お前はいくつもの死を見ることになる。二級悪霊を祓うときにも、転がったホトケを見ただろう。あれが日常だ。忘れろとは言わない。だが慣れろ。いつまでも苦しむわけにはいかない」

「慣れる……」


 人の死を何とも思わなくなることが慣れならば、それは死と同義であるように彼には思える。心が凍てついてしまうのではないか、と。


「刀を振ったことは?」


 訓練場で離されて、問われる。


「授業で剣道ちょっとやりました」

「そうか、役に立たんな」


 すっぱり斬り捨てるその言動に、彼はただでさえなかった自信を失った。


「だが、喧嘩の経験はあるはずだ。それと、刀が与える情報を組み合わせて戦え」


 小路の指が鳴ると同時に、先日対峙した右腕が四本ある悪霊が現れた。


「そういえば、この悪霊出す奴ってどうやってるんですか?」

「昔、四条しじょうれんという奴がいてな。そいつの協力で魔導式を作り上げて、アクシスという魂だけの存在から供給された魔力で悪霊を再現できるようにした」

「じゃあ、こっちも悪霊いっぱい呼び出して使えばいいんじゃないですか?」

「肝心の『悪霊を操作する』という部分がどうにも構築できなくてな。こうして結界で制限された区画のみ、発生を可能としている」

「へえ……」


 いまいち理解が及ばないが、悪霊が動き出しているのを見て彼は会話を打ち切った。日本刀を握ったことはないが、ベルトに差したそれの柄を触ると、頭に情報が流れ込んできた。


 鯉口を切る、という言葉が浮かんでくる。左の親指で鍔を押し、静かに抜刀の用意をする。腰を落とし、向かってくる敵を見据える。シーッ、と歯の間から空気が漏れる。


 瞬間。閃いた白刃が、悪霊の右腕を全部纏めて斬り払った。


「俺、宮本武蔵の生まれ変わりかも!」


 などと燥いでいる彼の顔に、腕が迫る。拳が衝突する前に、飛来したミサイルが悪霊の頭を消滅させた。


「何やってんだか」

「杉林……」

「お前、刀の声聞けたんだな」

「え?」


 京助の後ろから風花が顔を出して、小さく手を振る。永良はそれに返した。


「魔導具っていうのは、魔力を流し込まなきゃただの重しだ。魔力操作をこの短期間で身に付けたことは褒めてやるよ」


 上から目線。素直に喜べないまま彼は刀を納めた。


「より多くの魔力を流せるようになれば、単に刀で斬る以上のこともできるようになる。期待しているぞ」


 小路に肩を叩かれ、多少前向きになれた。


「話は変わるんですけど、さっき言ってた四条蓮ってどうなったんですか?」

「死んだ。色々あってな。そうだな……お前たちが生まれる前か」

「知ってますよ、四条事件」


 京助。


「大量の悪霊が押し寄せて、二百人以上が死んだって……」

「そうだ。最期は自殺だった」


 ぼんやりとした記憶が、永良の中で蘇る。そんなことも教科書に載っていたような気がする。


「一つ授業をしてやろう。腰を下ろせ」


 その指示通り、三人は床に座る。


「魔術師には二通りある。紋として刻まれた魔導式やヴィジョンを利用して戦うやつと、それに頼らず肉体強化や武器の強化、汎用的な魔術など魔力を使った攻撃を得意とするやつ。京助は前者で、永良は後者だな」

「どっちが強いんですか?」


 永良の質問を受けて、小路は僅かに口元を綻ばせる。


「どちらが上、ということはない。魔力消費の激しい前者を、後者が前に出て庇うというツーマンセルがよくある構成だな。俺は、お前たちにそういう関係になってほしいと思っている」

「こいつと?」


 不意に声が重なった。二人は睨み合って、すぐに目を逸らした。


「うまくやれるさ。俺はそう信じている」


 納得のいかない表情を浮かべる永良と京助。だが、小路の手はそんな彼らの肩を叩いた。


「友人は大切にしろ。片方だけに何かを背負わせるな。それが、俺の言える全てだ」


 その言葉に、永良は重みを見出す。聞き慣れた態度で受け流す京助だが、それは違うように感じる。


「隊長、友達と何かあったんすか」

「面白くない話だ。聞いても後悔するだけだぞ」

「じゃ、やめときます」

「そうしておけ」


 コホン、と年配者は咳払いをする。


「話が逸れたな。永良は前衛向きだ。魔力量が特別多いわけではないが、身体強化をする際のロスが少ない。大きな武器だ」

「質問いいっすか」

「なんだ」

「使える魔術って、紋で決まってるんですよね。じゃあ、身体強化だって使える人間が限られるんじゃないですか?」

「身体強化は魔導式に魔力を通さない。魂が齎す存在の力そのものが肉体の能力を引き上げるんだ」

「……?」


 真面目な顔で動かなくなった永良の頬を、風花がつついた。


「魔力そのものが身体能力を向上させる効果を持っているということだ。これは話したはずだが」

「そうっすよね、ハハ、アハハ……」


 後頭部を掻く彼に、小路は溜息を一つ。


「いいんですか、白鳥に聞かせても」


 京助が動かない表情で問う。


「追い出す方が問題だろう。それに、大した機密情報でもない。真っ当な教育を受けた魔術師なら誰でも知っていることだ」


 ならば良し、と彼はそれ以上追及しなかった。


「しかし、大丈夫なのか? 課題だってあるだろう」


 今日は土曜日。結界の貼られた家から出てきた風花は、訓練中の永良に会うためやってきた。


「ま、こう見えても成績悪くないんで」

「この間の小テスト六十五点だったじゃん」


 胸を張った彼の体は、すぐに小さくなった。


「任務も大事だが、勉強も必要だ。折角一緒にいるんだから、風花に教えてもらえ」

「白鳥、頭いいんすか?」

「東京にいた頃は進学校のトップだったと聞いている」

「……偏差値いくつ?」


 恐る恐る振り返りながら尋ねる。


「いくらだっけ……七十越えてるのは確かなんだけど」


 フレーメン反応を起こした猫のような顔で京助を見るも、だからなんだ、と言わんばかりの無表情で返された。


「だからなんだ」

「四十九なんだけど」

「俺は五十八だぞ」

「じゃあさ、勉強会しようよ」


 二人の顔の間に彼女が割り込んだ。


「三人でさ。いいよね?」

「俺が教えてもらうだけにならない? それ」

「私は構わないけど。じゃ、明日小鳥遊くん集合で!」

「じゃ、俺が迎えに行くよ。犬の散歩ついでにさ」


 数秒固まった後、風花の細い目が輝きを増す。


「犬飼ってるの⁉ 名前は!?」

「テ、テツジンだけど……」

「ダッサ」


 京助がにべもなく言った。


「うん、ダサい」


 風花も躊躇いなく断ずる。


「名付けたのは俺じゃないよ、一緒に住んでるリョウさんだ」

「だとしても、もっといい名前考えるべきだったんじゃない?」

「しょうがないじゃん、家に帰ったらいたんだよ」

「ま、いいや。紲ちゃんも呼ぼうかな」

「紲?」


 疑問を浮かべた京助の肩を永良が叩いた。


「生徒会長だよ。宝彩、紲」

「ああ、あいつか。賢いのか?」

「文武両道、成績優秀、眉目秀麗、人望ゲキアツ。テニスのインターハイ三十回優勝したらしい」

「インターハイはどうやっても三回しか出られないだろ……」


 そういうツッコミは置いておいて、永良は立ち上がる。


「そうだな、そろそろ帰る頃合いか。気を付けろよ」


 腕時計を見る小路の視線の先には、五時を示す長針。


「うっす。お疲れさまでした」


 訓練場を出ようとする彼を、小路が


「刀は置いていけ」


 と呼び止めた。


「でも、持ち歩かなきゃ意味ないですよ」

「それは持ち主の所に転移する魔導式が組み込まれている。何かキーを決めておけ」

「じゃあ……指パッチンで」


 言いながら、彼は刀を手渡した。


 だが、幸せな勉強会は、訪れなかった。

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