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埒外の気配

無敵の正義インヴィンシブル・ジャスティス!」


 SMTの地下訓練場で、永良は雀程度の大きさのヴィジョンを飛ばした。四つ腕の悪霊の胸を撃ち抜き、彼の右腕に戻ってきた。


「わー」


 風花が拍手する。恥じらいと誇らしさの混ざった顔で、彼は親指を立てた。


「まだまだだな」


 小路にそう言われ、一気にテンションが落ちる。


「加害範囲を広くしたいところだ。魔力の核を正確に狙えるならいいが、実戦では緊張も含め、そんな冷静に狙いをつけられる状況はあり得ない」

「じゃ、どうしたらいいんですか?」

「少しずつ魔力のコントロールを身に付けるしかないな」

「少しずつ、地道。こう、パーってやれないんですかね」

「無理に決まってるだろ」


 京助が口を挟む。


「そもそも、魔術師は小学生の頃から訓練を重ねて、初めて実戦級になるようなものだ。高々三年でヴィジョンを自由に扱えるわけない」

「お前とは仲良くなったと思ったんだけどな。やっぱダメか」


 しかめっ面同士を突き合わせ、すぐにそっぽを向く。


「お前たち、親友になれとは言わないが、喧嘩はやめろ。言っただろう? 命を預けあうんだと」

「そりゃそうですけど……」

「京助も、もっと言葉を選べ。確かに永良は初心者だが、我流でヴィジョンを使えるようになったのは才能があるからだ。だから──」


 会話を遮るような、サイレン。


「二級悪霊確認。ラビット小隊は出動してください」

「京助、一機展開しろ。永良と俺が対処に向かう」

「了解」


 京助が腕を伸ばすと、それを滑走路として、主翼の途中から上反角のついた戦闘機が発進する。一機と二人は、基地から飛び出した。


「対象は三番通りにて、十五人を殺害。現在は北進しています」


 女の声がそう告げる。車中の男二人は、赤いラインのあるいつもの制服に加え、目から下を覆う覆面を着用していた。


「移動速度は」

「時速六キロ。探索結界は正常に機能しています」


 ダッシュボードの上に浮き上がる立体映像。


「京助、先行して結界を展開しろ。これ以上の被害を出すわけにはいかない」


 戦闘機が青空の中で増速する。


「結界、ってなんすか?」

「物理的、もしくは魔術的に何かを遮るものだ。今回は一般人を追い出し、悪霊を閉じ込めるものを使わせる」

「はあ……」


 数分後、町中に黒い球体を見る。そこに至るまでの道中には無残な死体が転がっていた。十人程度なら問題なく殺せる魔力を有する。それが、二級の基準だ。


「突っ込むぞ」


 そこに入れば、荒廃した空港と言った具合の空間が広がっていた。窓の割れた管制塔に、低木の覆う滑走路。空は外見に違わず、黒い。


「京助は結界術師としては未熟でな、こういう何らかの風景を伴ってしまう。一切の心象風景のない結界は、かくのような者でないと展開できないんだ」


 扉を乱暴に閉じながら小路が説明する。


「さあ、祓うぞ」


 悪霊は見るに堪えない醜いものだった。腐臭すら漂う。ある程度は人の形をしているものの、右腕が四本、根を同じくして生えていた。空っぽの眼窩からは青い液体が滴り落ちている。


「おにい、ちゃん」


 低い声で譫言のようなものを垂れ流す。大きさは人間の少女くらいだろうか。白鳥と変わらないな、と永良は結論付けた。


「全く、気分の悪い……」


 そう呟きながら小路が短機関銃を抜く。


「攻めてみろ」

「うっす」


 ここ三日、永良は基礎的な魔力操作を叩きこまれた。無敵の正義に頼らない身体強化を。心臓に重なるようにして存在する魂から生まれた魔力を、精神という回路を通じて脚に送り込む。そうやって強められた脚力は、悪霊の反応速度を超えた移動を可能とした。


 アッパー。浮き上がった相手の腹に、肘鉄。首元の肉を掴んで、投げた。


(やはり、身体強化には才能がある)


 銃を握った小路は、宙に踊る悪霊の胸を狙いながら思う。


(魔道具と一般魔術コモン・マジックを軸にした戦い方を覚えさせてもいいかもしれんな)


 一度、トリガーを引く。破裂音。弾丸を加速させたのは、火薬から発生したガスだけではない。小路の魔力によって極超音速に達した鉛玉は、右腕全てを吹き飛ばした。


「永良! ぶん殴れ!」


 地に落ちて、這いつくばった悪霊の背中に、永良は手を当てる。そのまま、息を深く吸う。


「何を!」

「無敵の──」


 鳥を放とうとした、刹那。悪霊は大きく体を捩じり、彼を裏拳で吹き飛ばした。明らかに人体の構造では不可能な動きだ。悪霊の外見が人間だったとして、それが人の動きをするとは限らない──基本として教えられたこと。忘れていた。


 頭が痛みはすれど、血は流れていない。それを確認した彼は再び拳を握りしめる。


「永良、結界から出ろ。後は俺がやる」

「引き下がれませんよ。やり返さなきゃ」

「ボーイスカウトのお守りをするつもりはないぞ」

「そりゃどうも」


 立ち上がった悪霊の頭に、回し蹴りを見舞う。歯のような白い物体がその口から飛び出た。着地と同時に左腕を掴み、圧し折る。そのまま回転し、放った。結界の壁にぶつかったそれは、ずるりと地に。


 怒りという感情があるのか、それとも生存本能か、悪霊は雄叫びを上げる。が、脳天に銃弾を撃ち込まれ、沈黙した。そのまま全身を射抜かれたそれは、ついに灰となって消え始めた。


「京助、結界を解除していい。祓魔完了だ」


 青い空が帰ってくる。すると、ふらふらと戦闘機が落ちてきた。プラスチックモデルのような質感だな、とそれを受け止めた永良は感じた。


「永良、誕生日はいつだ」

「そろそろですけど……」

「なら、プレゼントをやる。基地に戻ったら訓練場に来い」


 疑問符を浮かべながら永良はパトカーに戻る。一件落着、とは言い難い現実が彼らを待っていた。





 その夜。ホテルのスイートルームで新狼は電話をかけていた。


「それで、その警護されている少女が幸音であるかもしれない、と?」


 慈我の年老いた声が鼓膜を震わす。魔術的に暗号化された通信だ。


「ええ。戦闘機のヴィジョン使い……杉林と、能力不明の少年が付き添っています。後者はともかく、前者については障害となり得るでしょう」

「派手に動くわけにはいかない。まずは、そうだな、その少女のヴィジョンを確かめなければならないね。虹川兄妹を向かわせた。その少女が幸音──つまり、時間を巻き戻すヴィジョンを持っているのなら、その能力で誰かを救おうとするはずだ」

「見殺しにする可能性もあります」

「ないね。アレはそういうタマじゃない。目の前で死にゆく人間を前にした時、本当に臆病な人間は偽善だと、自己欺瞞だとわかっていても動かざるを得ないんだよ。『助けて』なんて言われたら猶更ね」


 どす黒さに顔を歪ませながら、新狼は次を待つ。


「人間関係を洗うんだ。距離の近い人間ほど、少女は救うしかなくなる。ああ、単に襲うんじゃ駄目だよ。幸音にしか救えない状況を用意するんだ。いいね?」

「承知いたしました」


 容易く言ってくれる、と思いながらベッドの上の新府に視線を向ける。互いに苦笑いを向け合った。


「悪霊については何か掴めたかい?」

「少しばかり滞在期間を延長させてはもらえないでしょうか」

「虹川に分けて貰ってくれ。僕が指示したと言えば、特に問題なく渡してくれると思うよ」


 スマートフォンから鼻歌が聞こえてくる。


「探索結界への侵入を試みた形跡がある。あるんだろう? 秘密」

「……恐らく、埒外の悪霊が存在しています。それが悪霊を生み出し、町に被害を出しているのかと」

「なら、味方につけたいね。埒外悪霊は高度な知性と莫大な魔力量、そして紋。全てを有している。目的次第では……」

「交渉をすることとします」


 埒外──人間に害をなし得る悪霊を四級から一級に分類した時、一級ですら過小評価であるものがそれに当たる。これを祓える人間は世界中を見渡してもそういないだろう、といったレベルになる。故に、味方につけるか、大規模な討伐作戦を立案するしかなくなってしまう。


「無理はしないように。君たちはこれからを担う重要な戦力だ。喪うわけにはいかない。虹川兄妹も含めてね」

「分かっております」

「期待しているよ。それじゃ」


 一方的に切られる通話。スマートフォンを置いて、小さなケースに入った錠剤を水で流し込む。駆け巡る快楽に顔を緩ませながら、床に落ちる。


「新狼、無理はするべきじゃないわ」

「無理? そんなことないさ。一度で無理なら二度やる」

「……そう」


 俯いたその視線にどんな意味があるのか、推測しないまま彼は立ち上がった。

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