目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
VISIONZ──魔術師たち──
千王石ハクト
現代ファンタジー異能バトル
2024年10月09日
公開日
70,490文字
連載中
 小鳥遊永良は、ヴィジョンという種の異能を有する以外、正義感が強いだけの普通の高校生。たまたま目撃した少女を悪霊から救うため、今日も喧嘩を挑む。

 変わらない日常のはずだった。しかし、その少女──白鳥風花もまた、ヴィジョンを有する存在だった。能力の強大さ故に身柄を狙われている彼女に関わったことで、永良は特殊魔術部隊、SMTへの参加を余儀なくされる。

 彼の前に立つのは悪霊だけではない。無数の死。悪意に満ちた人間。それらすべてを撥ね退けて、進むことはできるのか。


あれから二十年

 殴られた。小鳥遊たかなし永良ながらは裏路地に転がる。没個性的な黒い短髪は、熱いアスファルトに打ち付けられた。空には嫌味なほどに太陽が輝いている。初夏。夏休みまであと少しといった頃合いだ。


「オイオイ、ヒーロー様がそんな弱っちくていいのかよ」


 灰色のシャツに、青いネクタイ。殴った側も、殴られた側も。そして、殴った側の背後にいる、どちらとも面識がない女子高生も。


「おい、財布出せよ」


 殴った側はツーブロック。さっぱりとした面で、それに似つかわしくないドスの利いた声を出す。


「返すんだ」


 永良は臆することなくそう言った。


「ハァ?」

「その子の財布、カツアゲしたんだろ。だから返せって言ってるんだ」


 彼の顔にはすでに幾つもの痣がある。だが、その痛みを感じないかのようにキッとした表情を保っていた。


「あのなあ、オレは財布を貸してもらっただけだ。カツアゲなんてことはしてないぜ」

「見たぞ、お前があの子のネクタイを掴んだの」

「うざいんだよ、てめえ!」


 立ち上がった彼の脇腹に、膝蹴りが刺さる。それでも。


「なんだよ、なんでそこまでするんだよ!」


 ふらつきながらも立ち上がる永良を前に、不良もただただ困惑した。


「僕のことは知ってるだろ。だから返すんだ。今すぐに」

「ふ、ふざけやがって!」


 彼は右拳を握り込む。それを腰だめに構えた。


「インヴィンシブル……」


 心臓から光る小鳥が現れて右腕に止まる。すると、そこが光が包まれた。近づいてくる不良。


「ジャスティス!」


 アッパーカットが相手を打ち上げた。空に舞う68キロの体。やがてそれは地面に落ちる。仰向けに倒れたまま、煙となって消滅し始めた不良から女物の財布を取り出し、少女に手渡した。


「怪我、してない?」


 永良は少女に声をかける。そっと手を差し伸べる。


「君こそ、痛くないの?」


 女子高生は、随分と美人だった。緑の黒髪、黒曜石のような瞳。どのパーツを切り取っても完璧だ。少し細長い目は、彼の心を穿つに足るものだった。


「……どうしたの?」


 永良は知らず知らずのうちに見惚れていた。


「いやっ! 何でもない。早く行こう、遅刻するよ」


 引き起こし、並ぶ。


「転校生?」


 表通りに出たところで、彼はそう尋ねた。見ない顔だからだ。


「うん。白鳥しらとり風花ふうか。一年一組」

「同級生じゃん。俺、小鳥遊永良。よろしく」


 聞く者を心地よくさせる、少し低めの声な彼女は柔らかく微笑んだ。


「どこから来たの?」

「東京」

「いいなあ、俺も東京行ってみたいよ。電車だってロクに走ってないんだから、ここは」

「電車がないの?」

「いや、えーっと……まだディーゼルってこと。ここら辺は鉄オタに聞いた方がいいかも。下手なこと言うと殺される」


 そこまで話した時、パシャリ、とシャッター音が聞こえてきた。


「何、小鳥遊、カノジョできたの?」


 話しかけてきたのは、愛嬌のある顔をした、明るい髪色の女子生徒。ピンク色のスマートフォンを片手に持っている。


「そういうんじゃない、偶々助けただけだよ」


 彼女はニタリと笑って、走り出す。


「あ、おい、宝彩ほうさいきずな!」


 追いかけよう、とした所で永良は風花のことを考えて立ち止まる。


「全く……」

「今の人は?」

「宝彩。同級生で、生徒会長だよ。頭はいいんだけど、ああいう色恋沙汰が大好き」

「一年で生徒会長って、あるのかな」

「現にそうなってる。ま、悪い奴じゃないからさ、仲良くしてやってよ」


 クスリ、風花は笑う。


「何だよ」

「仲良くしてやって、って親みたい」

「そんなに変かなあ……」


 重みのない会話を繰り返しながら学校に到着し、教室に入ると、盛大な冷やかしを受けた。男も女も、扉を取り囲むように二人を待ち構えていたのだ。


「女誑しの小鳥遊! 流石だねえ」


 鼻の大きな男子が、机の上からそう言った。


「その痣、また喧嘩したのかよ!」


 ゼリー飲料を片手に、浅黒い肌の男子が大声を出す。


「ああ、カツアゲやってる悪霊を一人祓ってやった」


 ヒュウッ、と口笛が響く。人の漏れ出た魔力が、記憶や思い出と同化して実体化した存在。それが悪霊だ。永良が殴ったのは、金に執着する悪霊だった。が、人間なのか偽装した悪霊なのかは、見た目では区別できない。


「それで、その子を助けてやったのか?」

「そうそう。自己紹介しなよ」

「白鳥風花です。よろしく」


 にこやかに名乗った瞬間、男子はシンと静かになった。誰もが、唐突な美女の到来に驚いたのだ。その静寂の中を突っ切る、紲の姿。


「宝彩紲。歓迎するわ」


 求められた握手に、紲は応えない。


「写真、消してくれるなら握手するけど」

「困ったわね、消したくないの」

「じゃあ、お預けで」


 紲が強引に手を引っ張ろうとしたタイミングで、追加の入場者。眼鏡をかけた、すらっとした青年だ。


「お前ら、席に着け。いつまで騒いでるんだ」


 柔らかいマスクとは裏腹に、少し粗野な印象を与える口調。生徒たちは渋々己の席に座った。最後列の窓際、隣に空席がある場所が、永良のものだ。


「こんだけ騒いでるってことはわかってるか。転校生だ。小鳥遊、お前の隣でいいな。後、喧嘩の件で職員室に来るように」


 黒いバインダーを教卓に置き、教師は欠伸をする。


「にくちゃん、彼女できた?」


 女子がそんなことを言う。にくちゃん、というのは教師のあだ名だ。本名は悪氏にくし斗真とうま。二十八歳。芯持しんじ高校一年一組の担任である。


「うるせえ。関係ねえだろ」


 切り揃えられた髪を掻き上げ、彼は口を開く。


「今日、登校中にカツアゲがあったらしい。気をつけろよ、できることなら一人で帰らないように。……って、何笑ってんだよ」


 クスクスという笑い声と共に、生徒たちは永良に視線を向けていた。


「ああ、なるほどな。小鳥遊、ここで話しとくか。とりあえず、悪霊を祓ったことは褒めてやる。だが、緊急避難以外での祓いは違法だぞ。警察から話があるので、放課後呼び出すぞ」

「はいはい、わかったよ」

「ま、大事にはならねえよ。安心しろ」


 自分は正しいことをした、と永良は確信していた。故に、事態が悪化することはないのだとも。しかし、そうではなかった。


 HRホームルームが終わって、数学が始まるまでの僅かな隙間。永良は、風花が何かスマホを触っているのを見た。


「何してんの?」

「んー……まだ秘密」


 そうして、一日が始まった。




「未登録の魔術師、か」


 コーヒーを飲みながら黒い服の男が、タブレット端末を見ながら呟いた。


「はい、三年前から散発的に祓魔を行っています。その身元を突き止めました。小鳥遊永良。芯持学院高等部一年一組。現在は十橋リョウという保護者と共に暮らしています」


 白い肌で車椅子の美女がそう答えた。どこかの地下にある、モニターに囲まれた部屋だ。


「俺が行こう。もしかすると有望株かもしれん。京助に任せれば……確実に決裂する」


 男の名前ははざま小路おじ。SMT──S県警察警備部特殊Special魔術Magic部隊Teamに属する男だ。


「こんな仕事に来たがる高校生なんていませんよ」

「おそらく、自分の力に拘りがある。多少迷いはするだろうが、少し脅かせば首を縦に振るだろう」

「全く……」


 呆れた様子で女は言う。


「ヴィジョン使いは貴重だ……一人でも多く確保したい。京助と同い年というのもいい。あいつに人並のコミュニケーション能力をつけてやりたいからな」

「それに、白鳥風花のこともあるのでしょう?」

「ああ。彼女の近くで護衛ができる人材が欲しい。京助でもいいが、あいつ一人ではコミュニケーションに難がある」

「では、いってらっしゃいませ」


 小路は地上に出た。燦々と降り注ぐ熱い陽光の中、パトカーに乗り込んだ。





「小鳥遊永良くん、白鳥風花さん、二年三組教室に来てください」


 全ての授業が終わった後、そんな放送が流れてくる。


 二人はわかっていたという顔つきで向かった。ただ、少し話せば終わりだと思っていた。だが、空き教室に入れば、待っていたのは鍛え上げられた肉体を黒い服で覆い、太もものホルスターに短機関銃を納めた男だった。


「小鳥遊永良だな」


 低い、腹の底に響くような声。威圧感のある面構えに似合ったものだ。


「な、何ですか」

「君は人とは違う力を持っている。違うか?」

「そうですけど……」

「それを、我々は『ヴィジョン』と呼んでいる。魂から発せられた魔力が、魂の刻印に応じて具現化した、ヴィジョン

「知ってます。友人が魔術師でしたから」

「そうか。なら話は早い。君は、白鳥風花の人生に介入した。だから選べ。力を失うか、我々とともに来るか」

「失うって……?」


 問うた彼に、男は椅子を勧める。


「俺は間小路。特殊魔術部隊……SMTの小隊長だ。魔術を使う犯罪者や悪霊を排除する役割を担っている。君のやったことは明確な違法祓魔であり、本来ならば罪に問われる。常習犯だからな、二度と魔術が扱えないようにしてしまってもいい。然るに、君にはそれを回避する手段がある。それが、SMTへの加入。魔術師と戦う道を選んでもらうことになる。白鳥風花のためにな」

「バーっと言われてよくわかんないですけど……白鳥を守れってことですか?」

「そうだ。命を投げ出してでもな」


 永良は、背中を冷たいものが駆け抜けるような感覚に襲われる。


「時間をやろう。一週間だ。平凡な人間に戻るか。それとも、この少女のために命を賭けるか。よく考えることだ」


 小路は立ち去ろうとする。その背中に、永良は


「……決めました」


 と呼びかける。


「俺、この力を、無敵の正義インヴィンシブル・ジャスティスを、失うわけにはいかないんです」

「即決か。面白い。歓迎しよう」


 少し笑った小路と、彼は握手を交わす。


「だが、容易い道ではないぞ。いいんだな」

「喧嘩なら慣れてるんで」


 しかし、彼は見てしまった。罪なき者の血が流れる瞬間を。命が散る様を。徒花の犠牲を。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?