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第53話 夢叶う

 都内の某ホテルにてたくさんの取材陣や医療や福祉に関わる会社の関係者が訪れていた。今日は、株式会社 TOPPAKOUと湊が准教授として研究を行うW大学との合同企画家電新商品 SEE GLASSES PART2のイベントが行われていた。


ステージの横断幕には「SEE GLASSES PART2新商品発表会」と書かれていた。


イベント設営スタッフがステージにスタンドマイクのセッティングと赤い布で隠されたキャスターつきの商品棚が運び込まれた。


「湊くん、今日は、君の活躍を期待するよ」


 舞台袖で堀口教授が隣で資料を眺めながら、段取りを確認する湊に声をかけた。 表舞台に立つのだ。ビシッと高級なスーツに身を包み、前日に行きつけの美容院で髪の毛は、黒髪のまま、マッシュベースカットとパーマをかけた。ワックスでもみこんでランダムに束感を出した。


 以前の晃太が司会進行をした時より規模が大きい。世論の反応が大きかったのだ。

さすがに口頭の説明には限界があるため、ステージには巨大なスクリーンを用意して、プロジェクターから商品の使い方などの説明が動画映し出した。他にもホールの一画には、比較対象に過去の商品のものをブース展示をした。


 湊は舞台袖に、杏菜と結子とヘルパーの堀込は、特別に招待されており、たくさん並べられたパイプ椅子の端の方にパンフレットを持ちながら、座った。


「ここでいいよね」

「そう、いいよ。そこで。杏菜ちゃん、大丈夫? こっち」

 結子を1番端に、その次が堀込、隣に杏菜の順に並んだ。


「ねぇ、ここってどこなの?」


 ざわざわする会場に杏菜はいまだにわからない。何も言わずに連れてこられたため、周りももちろん見えない。


「杏菜ちゃん、静かに聞いてればどんなところかわかるよ」


 結子はウキウキしながら、ステージの方を眺めた。杏菜は見えないもどかしさにイライラしている。


「結子ちゃんもいじわるだよね」

「ほら、見て、始まるよ!」


 湊が舞台袖からステージのスタンドマイクに手をかけた。


「えー、この度は、お忙しい中我が新商品の発表会にお越しくださいましてありがとうございます。本日、進行を担当させていただきますW大学 の一ノ瀬 湊と申します。最後までお付き合いいただけると幸いです」


 どこかで聞いたことある声がして、すぐに名前も聞こえた。杏菜ははっと息をのんだ。横で見ていた結子は、ウキウキしながら杏菜の顔をじっと見る。湊のアナウンスが終わると一斉に拍手が沸き凍る。続けて、今回商品に携わった担当者の名前を資料を見ながら、次々と読み上げた。また、巨大スクリーンを見ながら、指示棒でさしながら説明していく。


 遂に商品のお披露目だという時に、杏菜の肩に誰かが触れた。


「杏菜ちゃん、杏菜ちゃん」

「え?」

「ちょっと、来てもらえるかな」


 声は聞いたことがあった。でも、誰かは思い出せない。

 声のする方へ体を向けた。


「え、あの、どちら様ですか?」


 お披露目会の真っ最中になんで声をかけられなくてはいけないかと少し焦りを見せる。


「あー、えっと。渡辺晃太。湊の友達? 面と向かって話すのは初めてかもしんないけど、オムライスのお店で会ったでしょう。覚えてないかな。 てか、今、目、見えないもんね。声の判断になるけどさ」

「……あーー、なんとなく。思い出しました。あの時の。どうも、お久しぶりです」

「え、うん。どうも。って、話したことないし、急に困ると思うんだけど、

 着いてきてもらえるかな。急遽決まったことだからさ」


 時間がないようで、腕をぐいと掴まれ、連れて行かれた。事情を知っていた堀込と結子は笑顔で手を振って見送った。杏菜にはそれは見えてない。晃太への合図だった。


「え、ちょ、足速い」

「申し訳ないんだけど、小走りで頼む」


 取材に来た人混みをかき分けて、2人はステージにいる湊人の方に

 近づいていく。


「それでは紹介しましょう。こちらが SEE GLASSES PART2となります」


 湊はコンコンと長い商品説明をした後に、赤い布を左手でめくった。


 以前のVRゲームのような大きなだった初期モデルと比べて、かなり軽量化し、ボタンひとつでメガネタイプで手軽に装着できるようになった。手術により頭に埋め込んだマイクロチップを視神経とシンクロさせて使用できる機能を持つ。視力の不調の補助でメガネの度数調整もコンピュータにより自由に設定可能だった。また手術しなくても装着できるコンタクトタイプも用意されていた。


モニターにアンケートをとって、どうしても手術に抵抗を感じるとクレームがあり、そうしなくても良いコンタクトも作った。つけるだけで視神経とシンクロする。


これは、半永久的に使える。もちろん、時々目薬をしたり、目の洗浄したり瞳の潤いは必要になるようだ。


商品を披露した瞬間にシャッターが何度もきられる。拍手や歓声も沸き起こり、騒がしくなった。


そんなどさくさまぎれに晃太は杏菜をステージに連れていく。


「ほら、連れてきたよ。モニターさん!!」


 突然のことで驚きを隠せない湊はどぎまぎして、しどろもどろになった。持っていたマイクが震え、言葉も訳がわからなくなる。


(き、聞いてないし!! どういうことだよ、晃太!!!!)


 晃太に対する怒りが頂点に達するが、たくさんの人が見ていることもあり、冷静にと深呼吸した。隣にはぼーっと杏菜は佇んでいる。


 しきりなおして、アドリブで杏菜の紹介を始める。


「えー、この方は、不慮の事故により、両目の視力が完全に見えなくなったのですが、今回モニターとして参加していただきます。笹山杏菜さんです」


 杏菜は、緊張のあまり後ずさりするが、念の為、ぺこりと会釈した。湊はそっと杏菜をステージの中央に誘導した。


 小声で耳打ちする。はたからみたら、デートのような雰囲気だ。

 シャッター音が鳴り止まない。


「杏菜、コンタクト、したことあるの?」

「……ううん。ないよ。」

「そっか。俺が目の中入れても平気?」

「……痛くないの?」

「多分」

「うん、んじゃ、大丈夫。」


 どこかぎこちなさの残る2人の会話に遠くで結子がニヤニヤしながら見ていた。堀込も安堵している。


「ねぇねぇ、堀込さん。あの2人、お似合いだよねぇ」

「……うん。そうだね。より戻せるといいよね」

「すぐ戻るよ。きっと」

「え? なんで?」

「わかる。私にはわかる。だって、杏菜ちゃん、前に言ってたから一ノ瀬さんの黒髪姿がすごく好きなんだって。ね?」

「あ、本当だ。金髪だったのに黒くなってる。え、それだけで?」

「ずっと見えない時間長かったんだよ? 印象かなり変わるじゃない。目に入る情報って本当重要だわ。私もしっかり見ないとね」

「ん? なんのことかな」


 堀込はごまかすようにステージに目をやる。頬を膨らませて結子は怒っていた。


「それではモニターの笹山さんにこの新商品のSEE GLASSES PART2を装着してただきます。今回はコンタクトを私の手でつけさせていただきます。みなさん、彼女の景色を共有できるようにしますので巨大スクリーンをご覧になっていてください」


 湊は、そばに置いていた除菌シートでしっかりと手を拭いてそっと、杏菜の目にコンタクトを装着した。瞬きをして、しばらく目をつぶる。目に馴染むようにと指示をした。だんだんと目頭が熱くなる。シンクロしているからだろうか。


 巨大スクリーンが切り替わった。ぱちっと目を開けてみた。


 目の前に映るのは、たくさんの報道陣がしっかりと見える。そして、ステージとスクリーンがあった。


 ぐるぐると体を動かしてあたりを見渡す。新鮮だった。


「杏菜、どう?」


 湊はマイクを通さないで小声で声をかけた。今度こそ見えてほしいと願っていた。


「……」


 真正面に映るのは一ノ瀬 湊という黒髪の青年だ。この目でしっかりと見える。2年もずっと会っていなかった。連絡も取れなかった。取りたくても取れなかった。こんな形で会うなんて、溜まっていた想いが溢れる。杏菜の両手が湊の首の後ろに伸びる。


「湊、会いたかった!!!」


 見えたんだと確信した湊は、持っていたマイクをあげることができず目からほろりと涙を流した。最上級の達成感を得られた気がした。何年振りだっただろう。こんなに心から涙を流したのは。 母親の前では感情を出すなと怒られ、外出先でもいい子を演じてきた。


 素直に泣くという感情を出せずにして、なぜか杏菜の前では勝手に出てくる。この瞬間を待っていたように思える。杏菜は初めて見る湊の涙に心が洗われた。信じていてよかった。




 おろしていた手を杏菜の背中にぎゅーと後ろに回して、抱きしめていた。



 カメラのシャッター音とフラッシュが鳴り止まない。ここは結婚式の会場だったのか。取材陣はよくわからないが感動的な瞬間だなんだろうとカメラを向け続けた。



 ハッと現実に戻る。



「……と、いうことで、しっかりとこちらの商品を装着することで見えるようになるようです。ぜひ、様々な場面で活躍できることを期待します!!!」



 拍手喝采だ。杏菜を隣のまま、湊は進行を続けた。杏菜は、湊の腰あたりでしっかりと手を繋いだまま、ただ、ただ、時が過ぎ去るのを待っていた。



 もう群衆の前で抱きしめていて、曝け出してるというのに手を繋ぐのは隠すのだった。

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