真っ白な天井にコーヒーの香りが部屋に広がっている。ふわふわのソファの上に寝転んで、株価情報が載った雑誌をペラペラとめくった。何度見ても、株価を追いかけて、投資家を続けるなんて難しいよなぁと湊人は、ため息をついてテーブルに雑誌を置いた。
「それで、どうする? 映画って今何やっていたっけ……って、湊?! 勝手に人の部屋入ってきて不法侵入だよ?! 理解してる?」
ここは、前にホストクラブでかなりお金をかけてくれたミカの家。
ミカは寝室で彼氏のゆうと一緒にラブラブで濃密な時間を過ごしていた。
湊人は何度もインターフォンを鳴らしたが、誰も出ず、たまたま鍵が開いていたため、中に入って、ソファで待とうとくつろいでいた。
「俺は、インターフォン鳴らしたし、鍵は開いてたし!! 邪魔はしてないだろ?」
「はぁ?! 良いわけないでしょう」
「……そんなこと言っていいのかよ。お前には借りがたくさん…」
「あ、ああ、あーーー。わかりました。それ以上は言わないで。うん。はい。理解しましょう。確かにラブラブな時間に侵入してきたら、刃物が飛び交っていたかもしれないね。うん。そう……」
ミカは前言撤回して、興奮状態を落ち着かせようと必死だった。横にいたゆうは訳が分からず、疑問符を浮かべていた。
「それで? 私に一体何の用事だって言うの?」
台所に向かって、コップに浄水器の水を注いでごくんと飲んだ。冷静に話すようにと自分に言い聞かせた。借りがあるからって何でも許されるわけじゃないと鼻息を荒くする。
「株、まだ買ってるんだろ?」
「ええ、まぁ。そうね。投資家ですから」
「投資家っていうことでお願いしたいことがあって来た。少しでもボランティア精神という気持ちがあるのなら、俺の作ってる家電SEE GLASSESのクラウドファンディングに募金をして欲しいんだ。初期モデルの型を作ることができたが、 あくまでそれは試作品で商品化にさせるにはもっと開発費用と商品製造資金が必要だ。まだまだサイズが大きいし半導体を小さくされる技術や、大量生産をするには巨額の費用が必要だ。協力してくれるよな」
「……費用がたくさん必要だということはわかったわ。でも、それは杏菜ちゃんの視力回復が目的なの?」
「いや、違う。日本中、いや世界中の盲目の人を救うためのビックプロジェクトだ。成功をすれば見返りが必ずある。恩恵を受けるはずだ。損はしない」
「私はお金の話をしてない」
「……え?」
「私に借りがあるっていう話をまるっきりの白紙に戻すには、1番に杏菜ちゃんが見えないと始まらないの。私の手で見えなくなってしまったのを警察に届けを出さなくていいってやってくれたのは嬉しいけど、借りだと言って、恐喝されるのはいや。そうなるんだから捕まって、償った方がいいわ。そもそも募金もいいけど、杏菜ちゃんの目が第一優先でしょう。さっきからビジネスの話ばかり。湊、杏菜ちゃんのことは大事じゃないの?」
「……やりたくないならいいんだ」
「そうやって、何から逃げてるの?」
「…………」
「本当は好きなくせに自分で認めないからでしょう。体だって迫られてもガードめっちゃかたいし。童貞じゃないって意地張ってるけど、湊、本当は誰とも寝たことないんだよ。 ゆう、どう思う? それで、ホストクラブ2位を陣とってたんだよ。すごくない?」
ミカはソファでさきいかをむさぼるゆうに話しかける。湊は何も言えなくなって、背を向けた。
「へぇ、珍しいね。プラトニックってこと? 古風な感じ」
「何を守っているんだか。純粋なんだかわからないけどさ。湊って、考えるところよくわからない。本当は、ここに来るのもお金とかビジネスじゃなくて、身捨てられそうだから私に構ってほしかったんでしょう」
湊は後ろ向きのまま、胸に矢を放ったように図星をだった。
どこか素直になったら負けと思っている。変な考えをしていた。
「……もういいよ。お邪魔しましたぁ」
湊は近くにあったテーブルの端っこに足をぶつけて悶絶したが、すぐに立ち直って玄関のドアを開けて出て行った。
「ゆうくん。うちらはそうじゃないもんね。素直に愛情表現するもんねぇ」
「え、そうかな。裏では違う子のこと考えてるかもよ?」
「!? うそうそ。うそ。彼女は私だけってあれ、嘘だったの?」
「……嘘に決まってるだろ。すぐ真に受けるんだから」
ゆうはミカの腰に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「でもさ、さっきのビックプロジェクトの話。注目浴びそうだよね。応援しようかなって思った」
「うん。それはね。調べておこうかな。てか、湊って大学の研究だから会社に勤めてるわけじゃないんだよね。自分にお金回ってこないのに徳積んでるんだろうな」
ミカはそういう湊の考え方に感心していた。湊はポケットからタバコを1本取り出して、カチッとライターで火をつけた。ふーっと大きなため息をついて、天を仰いだ。
ルームシェアだと言い切ったあと、訂正するのは面倒になる。恥ずかしいという気持ちの方が優っていたのかもしれない。気持ちの整理をしたいと杏菜は家を出て行った。迎えに行ってもきっとすぐには帰ってこない状態だろう。寂しさが増して、ミカのところにやってきたが、心の埋め合わせになんて何ものにもならなかった。