メンズファッションのお店の服を3人は物色し始めた。
杏菜は出入り口付近でジャケットコーナーのハンガー順番に動かして肌触りを確かめた。色は何色かわからないが、薄手の生地だなと確認した。掘込は、結子に引っ張られて試着室に押し込まれた。次から次へと頭の先からつま先までの服をコーディネートされた。店員さんも拍手するくらいに結子のセンスは抜群だったようだ。
遠くで帽子を見つけた杏菜は頭にかぶってみたが、どんな帽子かは形しかわからない。ため息をついて、商品を元に戻した。
「……杏菜、ここで何してんだよ」
どこかで聴いたことある声。後ろを振り返った。鼻にふわっと香水の匂いが漂う。
隣にはもう1人気配を感じた。
「あれ、杏菜ちゃん。目が見えないままで大丈夫なの?」
渡辺晃太の声だ。
「……」
杏菜は黙ったまま後退する。湊は杏菜の肩に触れる。
「おい、ここで何して……」
「あれ、一ノ瀬さん。お久しぶりです」
堀込がトータルコーディネートを決めて湊に声をかける。横には結子もいた。
「あ、掘込さん。お久しぶりです。お世話になってます。あれ、今日、 ヘルパーお願いしてないですよね」
「そうそう。今日はプライベート。結子ちゃんに服選びに行こうって誘われてて、一緒に杏菜ちゃんも誘ったんだよ。え、杏菜ちゃん、僕たちと出かけること一ノ瀬くんに言ってなかった?」
黙って頷いた。
「あーそうだったんですね。仕事じゃないなら、まぁ、そういう時もありますね。……晃太、いくぞ」
湊は不機嫌そうにテンションが急に下がった。話の途中なのに、晃太に声をかける。
杏菜は、何となく湊の声のトーンが機嫌悪いと察した。複雑な心境になる。
「……あ、そしたら、もし良かったでいいんですけど、一緒にお昼食べません? 何か予定ありました?」
掘込は雰囲気が悪くなったのを気遣って、一緒にランチすることを提案したが、時間がないのでとやんわりお断りされた。
「そっか、またの機会にね。それじゃぁ」
掘込と結子は、まだ買い終えてない靴や小物の商品を見始めた。杏菜は、湊が不機嫌そうな声で話しているのを聴いてがっかりした。
「なぁ、湊。別に時間はたっぷりあるだろ。なんで断るんだよ」
「俺、あいつ好かん」
「あいつって?」
「ヘルパーの人」
「ふーん。湊、もち焼いてるのか」
「は?んなわけないだろ」
「んじゃ、俺が杏菜ちゃんとランチしたら?」
「え? お前ああいうの好みじゃないって前言ってただろ。尻軽女は好かんって」
「……別に。セラピストの仕事してからそういうのも受け入れられるようになってきたから」
「マジか……。変わったな、お前」
「変わったのは、お前だろ。いつまでも、女子高生監禁してないで解放してやれよ」
「監禁じゃねぇよ。介護……介助しているから! 人助けだよ」
「へぇーー、そろそろ自立してきたっていうのは介助も介護も必要なくなって
きたんじゃねぇの? 何のために一緒にいるんだよ」
レストランまで続く通路で湊は立ち止まる。ポケットに手をつっこんで
固まった。
「だよな、なんで俺、杏菜と一緒にいるんだろうな」
今までのことを振り返って、何を大事にしてきたのか。
視力回復してほしいという思いから作った家電のSEE GLASSESの開発に
尽力を注いできたが、せっかく作ったものは杏菜本人がいらないという。
今の初期モデルの形に不満があるのか機能性に不満があるのかはわからない。今は見えなくてもいいという発言に納得ができない。
頭を両手でかきむしった。
「あーーー、晃太悪い。俺、今から美容院いくわ。むしゃむしゃして、
髪型変えたくなってきた」
「え? 今から? 予約してんのかよ。ランチは?」
「知り合いがなんとかしてくれる。ランチは腹減ってないからいいわ。んじゃ、また明日、大学でな」
「あ、そう。マジか。まぁいいけど」
今日は、気分転換にと晃太と一緒に出かけて、デパートに来ていた。唐突に髪形を変えたくなる衝動にかられた。手をパタパタと振って、晃太と別れた。
***
「あのさ、湊。いくら俺が知り合いだからって突然に、やってくださいは
無理があるよ? たまたま、いや、本当にたまたまキャンセルが入ったから良かったもののいつもはそういうことしないからね!」
行きつけの美容院の店長を勤める湊の高校からの同級生の
「まぁまぁ、そう言いながらも、引き受けてくれる隆司がすごいよ」
「湊の運が良かっただけだよ。んで? どんなふうにすんの?」
「ああ、今回は随分前にやっていた金髪に戻そうかと思ってさ。ブリーチしてくれないかな」
「また金髪? 何、ホストに戻るわけ?」
「いや、戻りはしないけど。目標を見失ってるから過去と同じになれば情熱を取り戻せるかなと思ってさ」
「は? 情熱? 女を両手に連れ回す的な?」
「俺はそんなことしないつぅーの。気分転換な。気分」
「あ、そう。……はい、冷たくなりますよー」
中村はくしで髪をとかした後にアルミホイルにあてながらブリーチの薬液をつけ始めた。
鏡で見る黒髪の自分とは当分おわかれだ。金髪は、違う自分になれる。
さらさらの髪だったというメリットはあった。
数時間後、湊は、金髪のツーブロックにした。刈り上げの部分は少し黒かかっている。後ろもしっかり鏡を見て、確認する。
「はいよ、できあがり。これでいいだろ。今の流行りでもあるんだよ。韓国風ね。かっこいいだろ」
中村はニヤニヤしながら、満足そうだった。
「おう、いいな。助かった。すっきりしたよ」
「お疲れ様でしたっと」
ケープを外して、会計に案内する。湊を鼻歌をうたってご機嫌になる。
美容院の外に出ると鳩が静かに歩いていた。
金髪にしてホストしていた頃が懐かしく感じた。
街中は今日もにぎわっている。