「ああ、もう。杏菜ちゃん、寝癖立ってるよ。鏡見てこなかったの?
あ、自分でしてきた?」
目が見えないのだから鏡を見ても見えない。結子は失言だったとごまかした。
「時間なくてさ。湊もささっと出かけちゃったから……」
「そうだったの。ちょっと待ってて」
結子は自分の部屋に行って、何かを取ってきた。杏菜の後ろに座り何かが当たった。
「ごめんね、まっすぐ向いててね」
結子はSEE GLASSESをつけてからというもの人に何かやってあげたい精神が強くなり、お世話するのが大好きになった。部屋から持ってきたブラシと寝癖直しスプレーを杏菜の髪に振りかけてとかした。
「あ、ありがとう。自分でとかせないわけじゃないんだけど。無造作ヘアでもいいかなって思って……」
「まぁ、そういうファッションもあるけど、ストレートがいいよ。綺麗な髪してるんだから。やっぱり、杏菜ちゃんは私の想像していた通りのギャル系だったわ。黒髪でも体の内側からオーラが放ってるもん」
「えー、どんなオーラよ。イメージ通りだったってことかな。私も早く結子ちゃんの顔見てみたいな」
「変な顔してるよ。ぺこちゃんみたいな」
見えないけれど、結子は舌をぺろっと出して見せた。ぺたぺたと杏菜は結子の顔を触る。
「え、ちょっと、触らないでよぉ。もう、杏菜ちゃんったら」
「だって、どんなふうになってるかなって確かめたくなって……」
「別にいいけどね。肌を触りたくなる衝動はわからなくもない。ほら、私の顔を触ってみて」
結子は杏菜の両手を自分の頬にあててみせた。
「え、結子ちゃんって堀深い? 鼻高いんじゃない? うーん。手で触っただけじゃやっぱりわからないな。ほくろってさ、見ないとどこにあるかわからないでしょう。結子ちゃんは顔にあるの? ほくろ」
ぺたぺたと顔を触らせて、結子は楽しくなってきた。もう、SEE GLASSESは、テーブルに置きっぱなしだ。
「え? ほくろは、あったかな。そういや確認してなかった。
郷子さぁん! 鏡ある?」
「はいはい。ここにあるよ」
近くでパソコンの事務作業をしていたヘルパーの郷子はたまたま近くの棚に
あった鏡を結子に渡した。
「やった。よし、見てみようっと」
SEE GLASSESを装着して、改めて、自分の顔をじっくりと鏡越しに見てみた。
「えー、ほくろじゃなくてそばかすがあるよ。そんな、ニキビができてた。チョコレート食べすぎかなぁ」
「そばかすあるんだね。チャームポイントでいいじゃない。私ってほくろあったかな。確か、あごあたりにあった気がするけど」
「見てあげるよ。どれどれ」
結子は、杏菜の顔をじーっと見つめ、ほくろやにきび、そばかすがないか確かめた。
「そんなに近距離で見つめられると恥ずかしいんだけど……。ぶつかりそうだよ」
「ごめんごめん。確かにあごのところにポチッと出てるよ。確かそこにほくろある人って食べ物に困らないだってね。ほくろのワードでネットで調べたときに出てきてたよ。あと、にきびは、おでこに一つ小さいのがあったけど、
杏菜ちゃん、肌白いよね。何かお手入れしているの?」
「そうなんだ。知らなかった。お手入れは、夜寝る前にパックをするくらいで他には何もしてないよ。日焼けすると敏感肌で赤くなりやすいから目立つのよ。白いって今は見えないからわからないけど……」
「いいなぁ。羨ましいよ。今度、顔パックどんなの使ってるか買い物行こうよ」
「う、うん。いいけど。私が買ってくるんじゃなくて湊が買ってくるから商品名とかわからないだけど……」
「え?! 一ノ瀬さんってそういうのも全部買い物してくれるの?
すごくない? 女子のことめっちゃわかってるね」
「え、いや、湊も顔パックするって言ってたから、私だけのためじゃないよ。
脱毛サロンもいくって言ってたし」
「かぁー、男子で顔のメンテナンスするの尊敬するわ。ねぇ! 堀込さん!」
突然、結子は、近くでお昼ご飯の支度をしていたヘルパーの掘込に声をかけた。突然のことでびっくりしている。
「え?! 急に話ふるの? いや、僕は、脱毛サロンとかいかないけど、まめにお肌のメンテナンスする男子は確かにすごいと思うよ。自分大好きじゃないとできないことだよね。僕はね、そこまでじゃないから」
「そんなことは……」
杏菜は言いかけたあとに結子が口を開く。
「何言ってんですか。 これからですよ!掘込さん。まだまだ若いんだから
女子にモテるようにならないと一生独身じゃ困るでしょう」
「な、何した? 僕そこまで今求めてないんだけど」
「いやいや、一緒に買い物行って、服装とか髪型とか綺麗にしに
行きましょう。ね」
目が見えるようになってお節介焼きがパワフルになった結子は、掘込のファッションセンスが気になりはじめた。
なぜか、杏菜も一緒にいくということになり、次の日曜日に3人で買い物へ出かけることになった。
杏菜は、苦笑いしながら、結子の言うことにうんうんと頷いた。