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第43話 窓にうつる自分

「もしもし」


 電話の着信に久しぶりに対応してみた。ずっと着信拒否もしくはスルーしていた。電話の相手は渡辺晃太だった。


『よぉ』


「晃太……。悪いな、俺の代わりしてるって

 堀口教授から連絡入っているの聞いてた」


 申し訳なさそうに言う。


『本当にな。俺、お前の代わりになりきれなくてすごい堀口教授に叱られてるんだけど早く戻って来れないわけ』


「あー……そうか。晃太の能力では無理か……」


『はいはい。そうですよ。俺の頭じゃ足りないことが山ほどあるんだよ。何があったかわからないけどさ。早く戻ってこいよ。……杏菜ちゃん、ずっと待ってるんじゃないの? 湊の作ったSEE GLASSES使わせたいってあんだけ言ってたのに……』


 晃太は後頭部をぼりぼりと書きながら、マグカップにインスタントコーヒーの粉を入れた。ポットのお湯を注ぎ入れる。ほのかに香るコーヒーの匂いが漂った。


「ああ、そうなんだけどな。うまくいかないこともあるんだよ。もう少し。もう少し待って。説得してるから」


『え? 嘘だろ。杏菜ちゃんが望んでないの? 見えないのに? おかしいだろ、それ』


「いいから、事情あるんだって。来月には大学に直接連れてくからその間に商品の軽量化を進めてよ。クレームがひどいって聞いたよ。重すぎるってモニターから言われたって」


『じ、事情? どんな事情か知らないけどさ。

なるべく早く頼むよ。堀口教授の愚痴は聞きたくないから。商品の軽量化? お前がいなくてどう進めるつぅーだよ……』


 湊は、スマホの通話終了ボタンをスワイプした。SEE GLASSESの商品のお披露目会をしてからというものモニター募集に顧客が殺到して、抽選をするくらいだった。それでも、重すぎて日常利用には難ありだと言う人が多かったようだ。


「?」


 むっくりと杏菜は体を起こして、湊の方に近づいた。


「電話、晃太から。うん、なんでもない。大学から早い来いって話。今月いっぱいは休学届出してるからいいんだけどさ」


 医学業界からも注目を浴びて、引っ張りだこの商品だというが、湊がいない今、どうすることもできていない。一般販売は1年後の予定だった。


「……」


 杏奈はその話を聞いて、眉毛をハの字にして困った顔をした。自分のせいで進まないことがあるのか。迷惑をかけているんじゃないかと不安になった。


「気にすんな、お前のせいじゃない。俺が好きで休んでるだけだから」


 杏菜の頭にポンと手を乗せて、湊はお風呂に入りに行った。


「……」


 杏奈はふと湊の後ろを静かに着いていく。


「おい、何、着いてきてんだよ。見るな」


 頬を膨らませて怒ってみせた。湊が気になった。いつもお風呂に入るのは1人ずつだったためだ。


「怒ってるのは俺の方。入ってくるなよ。見たら、どうなるか知ってるか?」


(鶴の恩返しでもしてるつもり?)


 洗面所のドアノブをつかんで開けようするが、湊も反対側で力を入れて開けさせないとしていた。


「……」


 ドアの攻防戦。なかなか決まらない。湊が先に折れた。


「わかったよ。杏菜が先に入ればいいだろ。ほら、介助するから。」


 大きく首を横に振って、断った。急に恥ずかしくなったのだ。いつもと違う狭いお風呂場。密着度が半端ない。


 慌てて、ベッドの方へ逃げていった。


「何にしにきたんだよ……」


 湊は仕切り直して、服を脱ぎ、1人、シャワーを浴び始める。


 ドアの向こう側、杏菜は湊人がシャワーを浴びる音をドア越しに聞いていた。


 いつになったら一緒にお風呂入れるのかなと妄想する。鼻水が飛び出てきた。


 近くにティッシュがない。袖口で鼻をぬぐう。


 ホテルの32階。夜景が綺麗なんだろうと想像する。両手で窓に触れた。


 見えないが、窓の冷たさは感じる。遠くで飛行機が飛ぶ音が聞こえた。


 結露でハートマークを描いてみた。それさえも見えない。窓に触れる冷たさと音だけ。鏡のようにうつる自分も見えない。表情はかたいが、涙はいくらでも出る。


 元の自分に戻りたいと切実に願った。


 杏菜の目には見えないが空には満月が出ていた。


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