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第37話 先天盲の結子の奇跡 湊の葛藤

「本日は皆様お忙しい中、 お集まり頂きまして、ありがとうございます。やっと、この場を借りて、発表できます。それでは当社の商品をご紹介させていただきます」


 たくさんの取材に来た記者たちがパシャパシャとカメラのシャッターを切る。動画を撮るカメラももちろんあった。


 招待された視覚障害者のモニターの前方のみなさんはパイプいすに

 座っていた。


 そう、ここは、湊が作ったVRタイプのサポート家電商品名【SEE GLASSES】のお披露目会場だった。


 視神経を刺激して、見えないものが見えるようになるという画期的なものだ。司会進行は、湊の代わりに堀口教授の右腕のもう1人、渡辺晃太が話していた。


 ステージの中央に置かれた赤い布を取ると、シャッター音が響き、フラッシュが何度も光る。



「ご紹介します! ロボット開発で有名な株式会社 TOPAKOU様と企画協賛

 させていただきました。【SEE GLASSES】です」


 VRゲームする感覚で視力が復活するというものだ。実際のサイズはVRよりは小さめになってるかメガネほどのファッション的には難しいだろう。


 まだデメリットの方が多いかもしれない。堀口教授は不安を抱えながらも ドキドキしながら、舞台袖から見守っていた。


 ステージの後ろには大きいディスプレイがあった。


「早速ですが、視力回復の目的の商品ですので、視覚障害者様に体験していただこうと思います。それでは、前の女性の方」


 マイクを持ちながら、晃太は、宮守結子を誘導した。ヘルパーさんとともに

 ステージにゆっくりと進む。


「えー、嘘。本当に見えるの?! すごく楽しみ」


 結子の興奮はマックスだった。


「ではゆっくりと装着していただきましょう。このディズプレイ画面には彼女と同じ映像が表示されています。参考までに皆さんはこちらの画面をご覧ください」


 晃太はマイクを持って、ディスプレイ画面を案内する。結子は一瞬、言葉を失った。


「結子ちゃん、大丈夫?」


 ヘルパーの坂本淳子は、声が出ていないことに心配になった。


「淳子さん、私、生きてて良かった。みんなこんな風に見えていたんだね!!!」


 先天盲の結子は今までかつで一度も目で見たことはない。音と耳、舌、肌で感じることしかない世界で生きていて、生まれて初めて見えたのだ。世界観がものすごく変わった。結子のアドレナリンが最高潮になり、涙をとめどもなく出した。ヘルパーの淳子は、一緒になって泣いて喜んだ。


「見えるんだね。結子ちゃん。ほら、私、ここだよ。良かったね!! 本当、良かったねぇ」


 淳子は思いがけず、結子をぎゅーときつく抱きしめた。


「淳子さん、苦しいよぉ。早く、これつけて、杏菜ちゃんに会いたいな!!」

「そっか、そっか。やりたいこと増えたね。良かった良かった」

「お疲れ様でした! では、他の方にも試してみましょう」

「えー、もう終わりですか?」


 結子は残念がった。晃太は申し訳なさそうな顔で平謝りをした。


「申し訳ありません。そうですね。初めての方にはかなりスタミナを消耗します。短時間に済ませた方がよろしいかと思いますよ」

「はーい」


 結子はそっと、頭から外した。


「あーあ。もう見えなくなっちゃった」

「商品の一般販売は、もう少し先になりますので、帰りにパンフレットを

 お持ち帰りください。段差にお気をつけて」


 晃太は結子と淳子を誘導する。淳子は忘れずにパンフレットを確認する。


「うわ、すごい高いね。これ」

「え、淳子さん、いくらするの?」

「100万円だって。高すぎて市場に出回るには時間かかりそうね」

「……それでも金額じゃないよね。見えるのと見えないのは全然違うもの」

「ま、まぁ、そうだけどね。杏菜ちゃんにも教えてあげたいけど、全然来てないよね、最近」

「そうなんだよね。大丈夫かな。このこと教えてあげたいな」


 結子は、寂しそうな顔をして、スマホを確認する。音声読み上げ機能でメッセージを確認するが、何も来てないようだ。


 ◻︎◻︎◻︎


 冷たい部屋。時々聞こえる冷蔵庫の音。1人で過ごすのも慣れてきた。こんなに寒かったかなと自分の体をだきしめる。いつご飯食べたのだろう。


 飲み物は蛇口をひねれば、なんでも水は飲める。トイレもどうにかできる。一日、ぼんやりすごして、何日経ったか覚えていない。


 ヘルパーの堀込がいつだかやってきたが、自分で追い返した。


 もう、大丈夫だと伝えた。いくら湊の依頼があったとしても来ないでほしいと言った。何もしなくても人間生きていられるようだ。


 そう、息を吸って、吐いて水飲んで、トイレ行って、寝て……。ご飯は食べた気がしない。食欲が湧かない。床にうつ伏せに寝転んで、窓から差し込む太陽の光の熱を感じた。今の季節は、冬か、夏か。わからない気温だ。


 もう、このまま自分はいなくてもいいじゃないかと思い始めた。突然、玄関のドアが開いた。杏菜は、音に反応せずにずっとうつ伏せに寝ていた。



 湊は、堀込の連絡を受けて、様子を見に来た。フローリングの床には読んだのかどうかわからない点字本があちこちにちらかっている。台所のシンクには、バナナの皮などの生ゴミだらけ。異臭が漂う。食器は使った形跡がない。


 目が見えないから食材を直接口に入れたようだ。カーテンが大きな窓の部分しか開いてない。他は閉まっていて真っ暗だった。


 湊は、床にうつ伏せに寝ている杏菜をしゃがんで見つめる。痩せ細った体にボサボサの頭。身なりを全然気にしてない。ほこりまみれのパジャマだ。



「杏菜」


と湊は言った。杏菜は、太陽の光に伸ばしていた手をおろした。何か言いたそうだった。


「……」


 顔を上げて、声のする方に体を向ける。手をぐるぐる動かして、湊の場所を探る。近くにいない。


「杏菜、なんで堀込さん呼ばないんだよ。お前が選んだろ?」

「……」


 口を開けても話せない。涙を流したくても出てこない。枯渇したのか。それも面白いなと笑おうとしたが、顔が動かない。


「杏菜、どうした?」

「う……う……」


 泣くこともできず、笑うこともできず声を発することができなくなっていた。 涙も出ないのに目頭をおさえた。心の中で発狂した。叫びたくても叫べない。心も体ももう、人間じゃないのかもしれない。


 湊は杏菜の触れる手が小刻みに震えた。



 「俺のせいだ……。俺の。 ごめん。本当にごめんな」



 湊は杏菜をぎゅーっと体をひきよせて、抱きしめたが、体が細く冷たかった。喜びの表情にも悲しみの表情も出ていない。どんなに揺さぶっても無表情のままの杏菜だった。



 まるで人形のようだった。

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