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第28話 見えない世界の出会い

インターフォンの音が鳴った。

誰が来たかと、杏菜は、ドキドキしながら玄関のドアを開けた。嗅いだことのない匂い。洗濯柔軟剤の香り。ベリー系の匂いだ。クスッと笑った声がする。

寝巻きのままだったことを思い出した。開けたドアをまた閉めた。


「あ、すいません。突然の訪問失礼しました。区役所の委託業務により

 一ノ瀬湊人さんの依頼で参りました。ガイドヘルパーの堀込 智と言います。

 笹山 杏菜さんでお間違い無いですか?」


 ドア越しにペラペラと話す。初めて会うのにすごいおしゃべりな人だな

 と思った。


「今、着替えてきますからちょっと待っててください!!」

「あ、はい。ここで待ってますね」


 杏菜は、太ももがかなり見えまくりのホットパンツにダボっとメンズTシャツでノーブラでエロ全開じゃないかと自分の格好を思い出した。急いで、クローゼットから服を取り出して、ダメージジーンズとボーダーセーターに着替えた。


 乱雑に部屋が散らかる。見えないからどうなっているかなんてわからない。



「お、お待たせしました」

「あ、着替えて来たんですね。思ったより身の回りのことはできてる感じですか。すごいですね」

「……え、いや、そんなことはないです」


 堀込は、腕の隙間から中の様子を伺うとかなり部屋が乱雑しているのが

 わかった。


「ほー表面上はってところでしょうか」

「え?」

「はい。名刺。私、こういうものです。一ノ瀬さんから依頼されて、

 こちらに伺いました。ガイドヘルパーとまぁ、サービスでホームヘルパーも兼務しています。部屋の中に上がらせてもらいますね」


 堀込は杏菜の許可なしにズンズン中へ入っていく。テーブルの上には、カップ麺、スナック菓子、ペットボトルや空き缶。床には着替えたであろう服の山。


 DVDの山、点字で書かれた本が大量に重なっていた。どこに捨てたかったのかティッシュのカスまで落ちていたようだ。 堀込は、事細かに何がどこに落ちているか姑のようにちくいち説明した。


「えー、もう。そんな細かく言わないでくださいよ!! 目が見えないんだから、仕方ないでしょう。湊より怖いし、うるさい人だなぁ」

「……何か言いました??」

「え、いや、はい。何も言ってませんよ」

「一ノ瀬さんはこれからビックプロジェクトが始まるそうで、前よりも手厚いサポートができないからと私に依頼しています。ある意味、一ノ瀬さんの代わりが私になるので、よろしくお願いしますね。 杏菜さん」

「え? ビックプロジェクト? 何それ」

「知りません。教えてくれませんでした。大学で研究してるって話だけ聞かされてるので、深くまでは。はいはい、そういうのいいですから、お掃除しますよ。ほらほら動いて。お手伝いって言いましたけど、自立もしてほしいですからゆっくりやっていきましょうね」

「えーーー、掃除。見えないのに、怪我するよぉ。面倒臭いぃ」


 堀込は、次々と部屋を片付け始めた。


「はいはい、喋ってないで、手を動かしてくださいね」


 突然、始まったガイドヘルパーによるサポートというよりはしごきだった。杏菜が日中グダグダ過ごしていたことが見透かされていたようで、やる気を引き出しますと目が燃えていた。テキパキと動いたら、運動にもなったようで、汗をかいた。


 ぼんやり過ごすより気分転換になっていいなと思った。これで湊に褒められる……。杏菜は重要なことを思い出した。


「あ、あの!! 堀込さんでしたっけ。湊っていうか、一ノ瀬さんは、

 ものすごく潔癖症で物の置き場所とか、全部住所があるって言われたんですけど、片付けてしまって大丈夫でした?」

「あーー、そのことでしたら、依頼メールとともに物の住所が書かれた部屋の地図をもらってましたよ。杏菜さんに見せたいところですが、見えないですもんね」


 堀込は、バックの中から1枚のA4用紙に印字された部屋の物の住所が事細かに書かれていた。堀込は、感心するくらい丁寧に書かれていて助かっていた。


「こういうマニュアル? みたいのあると助かりますね。場所が一目瞭然で、さすがですね。将来の一ノ瀬さんが楽しみです」

「見たかった。すごい気になる」

「点字表示できればいいんでしょうけどね。でも杏菜さんは手をつけない方が

 いいかもしれないですね。部屋が散らかりそうです」

「うん、そうですね。いつも言われてることです。掃除とか整頓には手を出すなって。私、物の置き場所忘れるタイプなんで。見えないから尚更ね。」

「まぁまぁ、片付けが終わったら、一緒に来て欲しいところがあるので外出の準備してもらえますか?」

「外出? 出かけていいの? 何日ぶりだろう。湊がいつも疲れていて、休みの日もなかなか連れてってくれなかったからまだ1人で外出る勇気なかったの。 堀込さんにサポートしてもらえるなら行けるわ」


 いつの間にか堀込の腕をしがみついていた。会ってまもないのにパーソナルスペースが近すぎる。


「杏菜さん、片付け終わってからですからね」


 仕事上での付き合いってことはわかっていたが、密着度合いが半端ない。

 脳内で落ち着けと言い聞かせる堀込だ。


「はーい。わかってますよ」


ある程度掃除を終えて、お気に入りの小さな黒のショルダーバックを持って、キャップ帽をかぶった。


「持ち物は大丈夫ですか?」

「あ、白杖持って行こう。湊が買ってくれたんだった。」


 杏菜は、玄関の戸棚から長い白い杖を取り出した。


「そうですね。歩く練習しないと」


 堀込は、先に靴を履くと、さりげなく、スニーカーを杏菜のそばに寄せた。


「あ、ありがとうございます」

「いいえ。どういたしまして。ほら、足元、段差に気をつけて

 行きますよ」


 堀込はさっと手を差し出して、誘導した。杏菜は堀込の手を借りて、玄関の外に出た。開けた瞬間、杏菜の周りの空気が一気に変わった。すがすがしい気持ちになった。風が少し強かった。

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