窓の外を覗くと、赤い瓦屋根の上にすずめが2羽飛んでいた。
勉強机の上に、難しい本を重ね合わせて、何度も同じようなプリントを何枚も解いていく。
いつになったら、この作業から逃げ出せるのだろうか。
鉛筆をくるくるとまわして、顎に指をつけて、算数の問題を解く。
飽きてくると、ベッドの下に隠していた友達から借りていた漫画本を読んでいた。
「湊ー! 湊ー!」
リビングから大きな声で湊を呼んでいたのは、湊の母
「はーい」
漫画本を慌てて、ベッドの下に隠して、机の椅子に座る。
宿題だけじゃないあてがわれた勉強をサボるとこっぴどく叱られた。
勉強に関してはものすごく厳しい家庭だった。階段をスリッパでのぼる音がする。
(やばい。来た。隠さなきゃ)
湊に自由はない。読んでいた漫画本がもう一冊ふとんの上に置きっぱなしだった。慌てて、だいぶして、隠そうとしたが、体を戻すことができなかった。
「な、何してるの?」
「え、いや、ちょっと休憩しようかなって。
頭痛くて……」
「え? そうなの? 頭痛薬持ってくる?」
「ん? 大丈夫。すぐ休んだら、またするよ。それより何したの?」
「これ、お父さんが用意してくれたから渡そうと思って。小学生におすすめの語彙力が伸びる本だって。」
「はぁ? また本? ていうかさ、そんなの読まなくても今はパソコンあるでしょう。調べたら大丈夫っしょ」
「……なぁに?その言葉。どこで覚えたの? 聞いたことないセリフね。私も教えたことないわ」
「え? そう? テレビとかで言ってたりするよ?友達とか……」
「どこの友達? 何のテレビ?」
探られないことを次々に聞いてくる。母の聡子に苛立ちを覚える。
「え、えっとぉ、間違った。読ませていただきます。必要ですものね。将来たくさんの人にあった時にトーク力磨かないとってお父さんおっしゃってましたね」
突然、敬語を交えた話をする湊。母の聡子が持っていた本を受け取った。うんうんと頷いて満足そうだった。
「ちょっと、まだ勉強中ですのであっち行っててください」
親子なのに、コントをしているようだ。どうして、ここまで丁寧な言葉で話さないといけないのか。気疲れが半端ない。湊は、母の聡子の背中を押して、バタンとドアを閉めた。
いつからだろう、感情を押し殺して、生活していたのは。家でも外でも利口でなければならない。大人しくしていなければならない。
なぜなら、湊の父は、優秀な大学の教授という肩書きを持っていたからだ。湊が泣き叫んで、訴えていたのは、赤ちゃんの時だけだったんじゃないというくらい、両親の前で感情を出したことがない。
素の自分を出せるのは部屋で1人好きなことをしている時くらいだった。
小学4年生の頃の湊は、自宅でバイオリン教室を経営している母とともに将来大学生活で困らないようにと勉強に勤しんでいた。
時々、教室しながら、あがってくる母の気配で緊張感が走る。居心地が心から良いとは言えない環境だった。
そのせいか、湊が路上で素直に泣ける杏菜が
羨ましく、愛しく感じた。
自分にはできないことをしているのが、魅力的に感じた。