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第21話 突如消えた視界

「もしもし」


湊は名前を確認せずに通話ボタンをスワイプしていた。



「アキラさん!? 今どこですか? 大変なんですけど……」

「へ? 何、ユウジ。どうした?お店で何かあったのか?」


察しがよろしい湊。ユウジの電話はお店の出来事だろうと予測する。外野の音が女性の悲鳴と

バリンとガラスが割れる音がする。



「今、ちょっと激しいバトルが起きてます! 早く来てください!!」

「お、おう。すぐ行くわ」



晃太の部屋のアパートから晃太に適当に声をかけて駆け出した。2階のアパートから下りると、歩道から車道ギリギリまで近寄って、タクシーをとめるため、手をあげた。ちょうど空車のタクシーが走っていたため、すぐに乗ることができた。親切なタクシーのおじさんも優しく対応してくれた。街中にあるシャンデリアラウンジへ行くように促した。いつの間にか、外は真っ暗な夜になっていた。



****


「だからさ、あんた湊に近すぎるのよ! やめてくれない? 営業妨害よ。ホストできなくなったらあんたのせいだから」


 アキラの常連客のミカとなぜか未成年なのに来店していた杏菜にお酒の入ったグラスを頭からかけていた。服がみんなびしょ濡れだ。完全なるミカの嫉妬だ。



バイト先では、先輩後輩の立場であるが、このフィールドでは敵と変化するようだ。



「私、別に近づいてません! 付き合ってないですから」

「その割には、一緒にいること多いじゃない!」

「それは、アキラさんが、私の保護者かわりに扱ってくれるからです。」

「何、その保護者代わりふざけるんじゃないわよ。勝手に言わないで。アキラはみんなのアキラなの。彼女になってはいけないのよ。ここのお客さんは誰もアフターに行ったことないのにどうして、あなたはプライベートを許されるのよ!!」


 ミカは興奮のあまり、持っていたグラスをシャンパンタワーに向かって投げつけた。器物損壊だ。楽しい雰囲気のホストクラブは修羅場化となった。すると、投げつけたシャンパンタワーのグラスの破片が飛び散って、杏菜の両目に突き刺さった。


「い、いったぁ……」


目に刺さったガラスによって、杏菜は立っていることが困難になった。その場にうずくまる。目の前が見えない。真っ暗になる。目を開けたくても開けられない。


「もーなんだっていうのよ!!」


ユウジは暴れているミカを他のスタッフとともに3人がかりで取り押さえた。



「悪い、今着いた! ユウジ、これ、どういうこと?!」


 アキラは必死で走ってきたため、汗をかいていた。お店の中は散らかっていて、騒然としている。杏菜は床にうずくまっている。


「お、おい。杏菜、どうした?」

「アキラさん、杏菜ちゃん。多分、ガラスの破片が、目に入ってると思う。ミカさんが暴れてて……」


ミカの動きを封じ込めながら、ユウジが話す。


「ちょ、待てよ。杏菜の目、やばいだろ。救急車呼んで。」

「警察は? いいの?」

「話、ちゃんと聞いておくからとりあえず。まぁ、俺に関わることだろ。てか、そもそも、このお店もグレーだからさ」

「だね。わかった。電話する。お店じゃなくて、外で良いよね」

「なになに、どうしたんだよ」


 奥のVIP席で対応していたヒカルが騒動にやっと気づいたようで、気になって出てきた。


「あ、その杏菜ちゃんがけがして……」


ユウジが返事をする。その言葉を聞いて、すぐに杏菜のそばに駆け寄ってお姫様抱っこをするヒカル。


「目、やばいだろ。失明するって。ちょ、避けて!!」



 自分よりも慌てて率先して対応している姿に嫉妬するアキラは、舌打ちをした。スタッフやお客さんをかき分けて、お店の外に向かっていく。



「……まぁ、ヒカルに任せるか。んで、ミカ……」


 興奮が冷めないようで、ユウジにおさえられている。


「だってさ!!みんなのアキラなのに独占するじゃんあいつ。むかつくんだわ。バイトでも、人の仕事とってくし、店長には看板娘交代だねとか言われるんだよ。最低でしょう」

「いや、店長がな。最低なのは」

「でも!! 私、一生懸命頑張ってるじゃん。なのに、アフターもしないし、最近、ずっと休んでたし。私のアキラが……」


 ぐしゃぐしゃの顔になるミカ。感情がむき出しになる。


「アフターしないのは俺の売りでしょうが。てか、俺、ミカにプライベートでも会ってるだろ。バイトを杏菜に紹介してって思い切りホストの仕事じゃねえだろ」

「……そおおだけどぉ!!わぁぁん。私、悪くないよぉ。アキラが私のこと相手してくれないから!」


 かなりの情緒不安定のようだ。アキラは泣きじゃくるミカの頭をしゃがんでヨシヨシと撫でた。


「悪かったって。ごめんなぁ」

「んじゃ、お酒入れてもいい?」

「別に売上貢献しなくてもいいって」

「むーー、そのために来たんだよ。飲んでくれなきゃ、いや」

「あーー、はいはい。んじゃ、思う存分、どうぞ」

「やったぁー。んじゃ、このお店の1番高級なやつアキラくんに捧げまぁす!!」


 ご機嫌になったミカは立ち上がって、天井に指をさした。


「ドンペリ入ります!!」

「ありがとうございます!!!」


 ユウジとその他のスタッフ全員は深くお辞儀をした。高級なボトルは1本300万円もする。


「ミカ、いつも思うんだけど、お金大丈夫なの?」


 アキラは心配そうに聞く。


「私ぃ、こう見えてトレーダーだから。お金の心配は無しだよぉ。アキラくんのために投資します」

「え、なんでお金あるのにあそこのレストランで働いてるの?」

「あれは社会勉強とただ単にオムライスが大好きなだけ。人間観察とか。時代背景とか学びは必要だよ」


 腕を組んで、人差し指を横に揺らした。へへんと自慢げのようにいう。



「そうでしたか。お嬢様」


 アキラは、ミカをなだめるためにしばらく一緒にいようと考えた。杏菜のことが心配で頭の中がいっぱいになっていた。


 シャンパンタワーを積み直され、カラオケタイムも始まった。お店の中は賑わいを見せていた。



*****


 杏菜はヒカルにお姫様抱っこをされたまま、出血する目をフィエスタオルでおさえていた。


「大丈夫か?」

「……わからない。目、見えないし。ここどこ?」

「今、店の外だ。あと、救急車乗るから待ってろ」

「……うん」

「目、見えなくなるって嫌だよな」

「……ねぇ、アキラさんは?」


 ヒカルの声は、杏奈には聞こえていないようだ。目が見えない分、気持ちがソワソワ落ち着かなかった。


「ここにはいない」

「……そう」


 2人の会話はそれで終わってしまう。救急車が到着して、杏菜は、ストレッチャーに乗せられた。


 救命救命士に持っていたタオルを避けられて、症状確認をされた。


「これは、目にけがした感じですか?」

「はい、そうです」


 ヒカルは杏菜の代わりに冷静に受け答えをする。


「そしたら、総合病院へ運びますがよろしいでしょうか」

「はい」

「保険証や身分証明書は お持ちでしょうか」


 ヒカルは、杏菜のバックから財布をあさって、保険証を提示した。


「はい。ありがとうございます。病院の方へ連絡しますね」

「お願いします」


 杏菜の隣でそっと寄り添うヒカルは、救命士の様子を伺っていた。杏菜は何も言えずにまだ見えない天井の方に顔を向けていた。このまま見えなくなったらどうしようとネガティブな感情がわきあがる。涙が出そうになった。


「あ……。私、泣き場所あったんだっけ」

「ん? どうかした?」

「ううん、何でもない。」



寝返りを打って、ヒカルの顔を見ないようにした。誰かの顔が頭の中に浮かんでは消えて浮かんでは消えてを繰り返していた。救急車のサイレンが鳴り響いた。交差点に侵入すると周りの車は停車しはじめていた。杏菜とヒカルの乗せた救急車は、総合病院へと向かった。



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