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第19話 楠本の誘惑 甘い蜜に溺れ

「このアンケート用紙に記入してもらえますか?」


 晃太は、テーブルにセラピストのアンケート用紙とボールペンをテーブルの上に乗せた。楠本はスラスラと記入していく。

 初めてアンケート用紙を見る人は、恥ずかしすぎて、顔を見るのを避けてしまうほどだ。内容が内容なだけに官能小説かと

想像してまうのだろう。晃太は、ビジネスだと言い聞かせて、

ポーカーフェイスを貫き通す。


 面白おかしくしたら、雰囲気は台無しだ。顧客は減る。至って、真剣に行動あるのみだ。楠本は、アンケートを書き終えると、晃太に手渡した。内容をじっと確認した。


「え、初めてだから練習したい? 今の彼氏としたいからってこと?」


 風貌や見た目からは いかにも何人斬りしてますくらいの スタイルだ。


 嘘なんじゃないかと疑う。いや、きっとそう言っておくパターンだろう。女子も恥じらいは必要だ。きっとそうだ。


 見た目で判断してはいけないし、行動だけもよくない。


「そ。そういうことです。大丈夫ですか? 試してみたいんですよね。ほら、だから。彼氏に喜んでもらいたいじゃないですか。本番は彼氏にってことで、練習させてください」


 いやその言い方。バリバリ肉食系女子だろう。近寄り方が半端ない。晃太が誘われてる側に。


「え、いや、本当。練習でもなんでも大丈夫ですよ。すいません、あややんさん。先、シャワー行きましょう。一緒のお風呂でも良いってアンケートには書いてますが……」


 晃太は腕をぐいっと引っ張られて、風呂場に連れて行かれた。


(俺は何をされるんだ。むしろ、俺がリードしなきゃいけないやつ。なんで、相手にリードされてる?!)


 服を脱がす方じゃなくて、晃太の方が脱がされている。お風呂場では、香水のようなボディソープの香りが漂った。初めて会う人とお風呂を入るのは抵抗を感じる。心臓が早く打ち鳴らす。まだ慣れない。


 恥ずかしさを忘れようと言い聞かせて、お互いにモコモコ泡を立てて、体を洗い合った。


 これが彼女彼氏だったらなと妄想を抱きながら、これは仕事仕事と気持ちの揺さぶりが激しかった。


 湯船の中に泡風呂を作って、中に2人で入った。エロのスイッチが入って、興奮が最上級になった。


 そっと優しく、触れ合って、今度は、晃太がリードして、

 女子が悦ぶであろう部位を上から順番に触れて行った。


 キスは濃厚に、指先は丁寧に。本番は絶対やってはいけないと頭に詰め込んで、ギリギリのところまで気持ちよくさせた。


「あぁ……。ダメ……」

「そろそろ、上がりましょう。のぼせます」


 ザーザーと泡のともにお湯が流れていく。


「嫌だ、行かないで」


 楠本に後ろからガッチリと腰を掴まれた。今、前を見ないでほしい。触れないで。絶対にだめだ。今、最上級に我慢しているんだから、これ以上近づいてきてほしくない。


 顔はポーカーフェイスに。心は、やーめーてーくーれーと

 叫んでいた。


「あややんさん。無理なんですって。これ以上は」

「えーー……」


 ものすごく不満そうにしている。


「そしたら、ベッド行きましょう」

「え?! いいの? するの?」

「無理です。やりませんけど、オイルマッサージとかならできますよ」

「……ちぇ」


 晃太は、脱衣所に移動して、タオルを腰に巻き付けて、服を探した。絶対に見せていけないところを隠しながら、パンツを履いた。


「あの、あややんさん。絶対、初めてじゃないですよね」

「……初めてです!!」

「絶対嘘だろ」


 少し怒り気味に言う晃太。楠本はてへぺろと舌を出してみせた。かなりのお盛んな人だということが後から分かる。


 結局は晃太が精神的に耐えられず、終了ということになり、楠本から茶色い封筒に入った現金をしっかりと受け取った。


 一緒に部屋を出ることはない。出入り口ドアの前で


「こうちゃんが、彼氏になったらどんな感じだろう?」

「……ごめんなさい」


 切り替えスイッチを入れて、営業スマイルで彼女を見送った。大きなため息が出る。晃太は、まさか彼女が同じ大学生だとは思わず、大学でばったり会った瞬間、一目散に数十メートル逃げて行った。


 チーターと競争したら、きっと晃太の方が早かったんじゃないというくらいだ。楠本亜弥はへっちゃらな顔をしていた。なんで逃げるんだろうと笑っていた。それが、晃太が湊人に話した内容だった。

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