台所からマグカップを運んで、淹れたてのコーヒーをテーブルに乗せた。コーヒーの香りが広がった。湊はありがたく、コーヒーを飲んだ。晃太は、湊に言わないといけないかと
心中穏やかではなかった。
「んで? なんで、楠本亜弥の話で、そんなに動揺しなくちゃいけないわけ?」
コーヒーと一緒に出されたチョコレートを頬張る。深呼吸をして、晃太は話し始める。
「湊、前に俺がバイト始めるって話聞いただろ?」
「え? なんだっけ。確か、セラピストだか?」
「そうそう。それでさ、そのー、楠本が顧客になってて……
致してしまいました……。彼女じゃないのに」
湊は、飲んだコーヒーを吹いた。
「はーーー?! 意味わからないんだけど、なんで大学の同級生に手出してんのお前」
「だってさ、まさか一緒の大学通ってるって知らないじゃん。
俺だって、この仕事するの初めてだったし」
「は、初めて……だろうな。高校以来だろ。するの。んで、どうだったわけ?」
正座をして、湊に体を向き直す晃太。真剣に話し始めた。今時のセラピストは、男性側が通う風俗と違って、プロの仕事であるという意識が高い。女性用風俗を隠語のようにセラピストといっている。至って、本気だ。致す前に必ず、アンケートをとり、どんなふうにしてほしいとかキスする、フェザータッチ、全身リップなどをここまではいいとか制限をかけることもできる。女性はアンケートをとることで安心感がある。お金を払ってのサービスなのだ。しっかりサービスしてほしいという
要望があるだろう。もちろん、仕事のため、法律上、本番行為は禁止してるが、監視カメラや確かめるわけではないだろうから、グレーゾーンな部分もあるだろう。怖い部分だ。悪質なセラピストも存在するのだ。康太は、そうならないように真面目に取り組んでいた。給料をステップアップであがる仕組みの会社に登録したため、人気が高ければ、仕事も増える。小遣い稼ぎには持ってこいだった。その中での知り合いが顧客だったとは思ってもみなかった。
◇◇◇
スマホに予約登録のメールが届いた。名前はお互いペンネームだ。素性がバレないようにするのは両者とも同じかもしれない。写真はしっかりと掲載されていて、性格や特徴のプロフィールが載せてある。
楠本亜弥は【あややん】
と
渡辺晃太は【こうちゃん】
と登録していた。
何月何日何時からどこのホテルに待ち合わせと事細かく書かれている。 隠れて登録している顧客が多いため、外部に見れないように配慮している。利用者は既婚者であることが多い。 楠本は独身である。
『初めて利用します。よろしくお願いします』
メッセージが届き、待ち合わせのホテル入り口の前で待っていた。目じるしの晃太は、黒いキャップ帽子。楠本は、茶色の皮のショルダーバック。お互いに目じるしのものを見ると、何も言わずにお辞儀して、ジェスチャーで中に入る。キラキラと光る液晶画面にランク別の部屋が表示されている。晃太はジロジロと見た。来たのは初めてだったため、物珍しい動物のような動きになっていた。
「あの、ここがいいです」
楠本は、全体的にピンク色に染まった部屋を選んだ。ハートのクッションがたくさんあった。康太は、慌ててボタンを押し、部屋のチケットが出てきた。案内に従って、中へ入る。初めてのことで心中、穏やかではない。興奮冷めやまない。楠本は慣れているようで、颯爽と歩く。
「あ、あの、ご利用されるのは初めてですか?」
ニコッと笑って、
「初めてですって言ったらやりやすいですよね」
何だか策士なんだろうか。嘘か本当かわからない。晃太はチケットを握った手が震えていた。
「お、俺も初めてです。よろしくお願いします」
体育会系に挨拶する。周りにいたカップルたちが迷惑そうな顔で通り過ぎる。恥ずかしい思いをした。クスッと楠本は笑っていた。晃太の手を握って、誘導する。
「部屋の中、行きましょう」
どっちがリードするんだと 晃太は悔しがった。ジェントルマンになれなかった。
「あ、はい」
ドアがバタンと閉まった。