杏菜が電話をかけた先は一ノ瀬 湊。
さっき本当は助けに来ていた白馬の王子様。でも、自分から拒絶したのに今更助けてなんて虫が良すぎるかなとコールしていたスマホの通話終了ボタンを押した。
エレベーターの中、鏡に映る自分を見つめる。夜景な綺麗な窓を覗くより、自分の顔を見て、本当にこれでいいのかと問いただした。
何だか、胸の奥の奥、いっそのこと、NO.1ホストと付き合ったという実績を残した方が、人生が潤うじゃないかと、改めた。好きじゃない。かっこいいけど、女たらし。
仕事だってわかっていても、湊よりいろんな女の人をはべらせる。でも、恨まれることはない。現在進行形で全ての女性の心を鷲掴みをしている。浮気しててもあの人好きというのは、最後まで大事にする人だ。
NO.1ホストということは、たくさんの女性と付き合って、対応力を学んでいる。杏菜はスマホを諦めて、バックに入れて、元いたホテルの部屋に戻る。部屋のドアをヒカルは開けた。
「杏菜ちゃん。どうしたの?」
「帰る方向わからなくなった」
「……方向音痴?」
「さっきはごめんなさい。って、血出てるし……。なんで?」
犬のような耳をつけてるかのような甘えた顔で杏菜の体に身を寄せた。
「痛かった」
「……うん。なんでそこから血出てるかわからないんだけど、包帯巻こうよ」
ヒカルはフェイスタオルを左手のひらをぐるぐるに巻いていた。包帯なんて探さなくていいからというような態度で、じりじりとヒカルは杏菜に近づいた。耳元で息をふきかける。
「戻ってきてくれて嬉しかった。俺のこと、気にしてくれた?」
「……」
かなりの至近距離。ムスクの香りが鼻につく。いつの間にかソファの上に座っていた。ヒカルは杏菜の頬に近づけて、下唇をハムッと軽く口で挟んだ。目と目を合わせて、鼻同士がくっついていく。杏菜はもう何も抵抗できなくなった。息があがる。着ていた服を脱がされる。
ヒカルは、杏菜の白い肌から柔らかい唇をゆっくりと細い手で触れていく。スイッチが入った。もう後戻りはできない。自分じゃない誰かが体を支配した。これでいい。これで。言い聞かせるように杏菜はヒカルに押されて、大きな広いベッドに誘われていく。
ヒカルの頭が動くのが見える。体全部を味わるように優しく 触れられた。体が熱い。 喘ぎながらそのまま天井を見上げていた。
「杏菜ちゃん、いい?」
「うん」
体に触れられた。丁寧で優しかった。生きた心地を感じた。ふとんを体にかけて、顔を隠した。
タバコの煙が宙に舞う。カチンとジッポーの音がした。
「ヒカルさんもタバコ吸うの?」
「うん。仕事柄ね。吸わないと格好つかないっていうか。かっこいいって思われるっしょ」
「イメージでね。確かに。ヒカルさん、輪っか作れる?」
「輪っか? 何それ。わからない」
「ほら、こうやって頬をポンポンって」
「え、こう?」
ヒカルは見よう見まねでやってみたが、うんともすんともいわない。煙で輪を作るのは難しい。
「残念だね。ヒカルさん」
「え?! なんで、何か悔しい。練習しとくから」
「いいよ、別に。もう帰るね」
杏菜は心底残念に思った。
「え、帰るの? 場所わかる?」
「大丈夫、ナビあるっしょ」
「あ、え? んじゃ、なんで」
「No.1ホストとの実績残しておきたくて……」
「は?」
杏菜は、手を振ってウインクした。何となく、ご機嫌になれた。エレベーターを待っていた。ボタンを押した。最上階に着いたエレベーターの中に誰かが、乗っていた。