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第6話 大学の講義

広い大学の講義室に教授がホワイトボードにスラスラと書いていく。生徒たちはノートに静かに板書する。


「現代においてのIT業界は欠かせないものの一つとなっているが…———」


 情報社会についての講義だった。


「一ノ瀬! 一ノ瀬」


 小声で体を揺さぶり寝ている一ノ瀬湊を起こす。


「ふへ?」


 垂れたヨダレをふく。隣の席に座るのは、一ノ瀬 湊人の友人

渡辺 晃太わたなべこうた。サイドにパーマをかけて、ワックスで髪型をまとめている。鼻筋が通っていて、男子にしては肌が綺麗だった。いつも大学の講義に参加するときに寝ている湊を起こすのが日課だった。


「あー、悪い。寝てたわ」

「バイト、大変なのわかるけどさ。夜中までやってるんだろ。

 毎回、起こさなくちゃいけない俺のことも考えてくれよ」

「わかってるよ。今日もランチ、おごるから」

「いや、俺はお前の何だ。彼女以上かよ。そういうことじゃなくてね。奢ってくれるのは助かるけど、一ノ瀬のヒモみたいだろ」


「等価交換だろ。目覚まし時計みたいに起こしてくれた。俺は、そのかわりにランチおごる。 WIN-WINウインウインの関係じゃん」

「いやいや、それ、一ノ瀬の方が負担大きいだろ。」

「んじゃ、晃太は何してくれんだよ」

「……そうだなぁ。板書ノートを渡すか」

「いいね、それ」

「そこ!! 私語を慎みなさい。」

「す、すいません……」


 ぺこりとお辞儀した。大きい声で話してたようで、教授にまで聞こえていたようだ。後半は授業を真面目に聞いた。ようやく、講義を終えて、ガヤガヤする出入り口付近は移動する生徒でいっぱいになった。金髪で黒ジーンズにグレージャケットを

羽織っているとさすがに大学でも目立っていた。


「一ノ瀬はいいよなぁ。勉強しなくても単位取れて……」

「いやいや、板書してないから、この間、教授にしごかれたよ。でも晃太がこれから助けてくれるなら単位を落とさずにいけるな」

「え、試験はいつも満点だろ。なんで単位落ちるの?」

「俺を落としたい教授がいるのよ。授業態度が腹立つんだってさ」

「まー、お出来になる教授でもお怒りなんですね。

 大変ね、一ノ瀬くん」

「まぁな。んで、今日のランチはどこにすんだよ」

「なんでもいいよ」

「それ、1番困るやつ。決めるの俺だろ」

「いいじゃん。アフターの子とか連れていくんでしょ」

「俺、アフター絶対しないから」

「は? そんなでよくホストやってるよね。顧客大丈夫?」

「古風が受けてるんだよ。ガードかたいのを演出。

 いいだろ? あと、トークね。俺か、俺以外か?」

「それって、ローランド?」

「パクリ。」


「パクるなよ。」


「女子は

 体を大事にしてくれるんだって

 安心するみたいよ。

 すぐ酒注文してくれるんだわ。」


「女、舐めてんな、お前。」


「ちちち、なめてるんじゃない。

 お姫様を丁寧に扱ってるの。」


「ふーん。んじゃ、

 やっぱりオムライスの店にするわ。」


「なんだよ、結局決めるんじゃないか。

 女々しいな。まじで。」


「どうとでも言ってくれ。食べたいって思ったんだから」

「ああ、そう」


 湊は、少し面倒になっていた。男子でも女子みたいな考えだなと思っていた。湊と晃太は、大学の校舎を出て、街中にあるオムライス専門レストランに向かった。


 テーブル席に案内されて、水が入ったコップがそれぞれに

 配られた。ポキポキと手を鳴らした。


「よく大学とホストの仕事、どっちもやってるよな。

 俺には真似できないな」

「稼がないと、大学にも通えないからな。まぁ、顧客のおかげでそれ以上に稼いでるけどな」


 指をお金のマークにしてニカっと笑った。


「はいはい。羨ましいこと」


 湊人は水を飲んで、晃太を指差す。


「何言ってるんだよ。親の金で平気に通える方が

 楽で羨ましいじゃんかよ。俺んち貧乏で、誰も大学費用出してくれないって言うんだぞ。稼ぐしかないだろ。アパート代だって、タダじゃないし」


「親の金ね……。その分、自由は聞かないよ? この大学行けとか、就職先は国家資格取れとか勝手に決めるし、親の敷いたレールに走らないと大学は通うんじゃないって否定されるし。

俺ってなんのために生きてるかわからなくなる時ある」


 だんだん晃太の表情が暗くなっていて、顔近くに黒い雲があるんじゃないかと想像をする。だんだん雷雲まで近づいてきてる。室内で雨が降るかもしれない。


 バババと湊人は想像の雲を弾き返す。


「それ、前にも聞いたけど、晃太もバイトして、稼げばいいだろ。そしたら、文句言われないだろ」


「いや、バイトも自由にさせてくれない。低レベルになるとか思ってる親だからバイトする分、お金やるからとか言われるのよ。訳分からない」


「つーか、マジで、晃太の家で親、なんの仕事してんの?」

「俺の家?」

「ああ。」

「聞いておどろくな? エリートよ?」

「は? マウント取ってんの?」

「弁護士と医者」

「マジで? 超、頭いいやん。というか何、その組み合わせ。

 すっげー」

「かたいよ。家の中は居心地よくないから生きた心地しないわ。ふざけられないもんね。一ノ瀬が羨ましいよ、自由で」

「自由、最高だろ?」


「ああ」

「自由になるのも苦労するけどな」


 ふっとため息をつく。


「お待たせしましたー。日替わりランチです」


 店員が注文していたオムライスを持ってきてくれた。目がバチッと合った。


「あっ……」


 ホストクラブ常連のミカだった。湊は全然気にもとめず、

 オムライスにありついた。視線に気づいた晃太が湊の肩をたたく。


「へ?」

 持っていたスプーンを皿に置いた。


「げっ」

「アキラくん??」


 違う人だとブンブン横に首を振る。


「アキラ?  こいつ、アキラじゃないっすよ?」

「あー、人違いですね。すいません、失礼しました」


 天を見上げて、アキラの顔を思い出すが明らかに顔がそのままだった。金髪であることはもちろん、キリッとした目つきも印象的だった。 湊は壁の方を見てごまかした。小声で晃太に言う。


「マジ、助かった」

「何、知り合い?」

「ああ、そんなとこ。悪い、金やるから今日の会計、晃太払ってくれない?」

「やだ」


 ニコニコしながら断る。


「おい!マジで、無理だから」

「俺、人の金は触らない主義だから」

「この、クソ真面目野郎。ったく、もう」


 コップに入った水を飲み干した。日替わりランチのオムライスは完食していた。大きなため息をつく。私服でネクタイを絞めてないのに、整える素ぶりをした。職業病だ。湊はテーブルにあった会計伝票を持って立ち上がった。

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