広い大学の講義室に教授がホワイトボードにスラスラと書いていく。生徒たちはノートに静かに板書する。
「現代においてのIT業界は欠かせないものの一つとなっているが…———」
情報社会についての講義だった。
「一ノ瀬! 一ノ瀬」
小声で体を揺さぶり寝ている一ノ瀬湊を起こす。
「ふへ?」
垂れたヨダレをふく。隣の席に座るのは、一ノ瀬 湊人の友人
「あー、悪い。寝てたわ」
「バイト、大変なのわかるけどさ。夜中までやってるんだろ。
毎回、起こさなくちゃいけない俺のことも考えてくれよ」
「わかってるよ。今日もランチ、おごるから」
「いや、俺はお前の何だ。彼女以上かよ。そういうことじゃなくてね。奢ってくれるのは助かるけど、一ノ瀬のヒモみたいだろ」
「等価交換だろ。目覚まし時計みたいに起こしてくれた。俺は、そのかわりにランチおごる。
「いやいや、それ、一ノ瀬の方が負担大きいだろ。」
「んじゃ、晃太は何してくれんだよ」
「……そうだなぁ。板書ノートを渡すか」
「いいね、それ」
「そこ!! 私語を慎みなさい。」
「す、すいません……」
ぺこりとお辞儀した。大きい声で話してたようで、教授にまで聞こえていたようだ。後半は授業を真面目に聞いた。ようやく、講義を終えて、ガヤガヤする出入り口付近は移動する生徒でいっぱいになった。金髪で黒ジーンズにグレージャケットを
羽織っているとさすがに大学でも目立っていた。
「一ノ瀬はいいよなぁ。勉強しなくても単位取れて……」
「いやいや、板書してないから、この間、教授にしごかれたよ。でも晃太がこれから助けてくれるなら単位を落とさずにいけるな」
「え、試験はいつも満点だろ。なんで単位落ちるの?」
「俺を落としたい教授がいるのよ。授業態度が腹立つんだってさ」
「まー、お出来になる教授でもお怒りなんですね。
大変ね、一ノ瀬くん」
「まぁな。んで、今日のランチはどこにすんだよ」
「なんでもいいよ」
「それ、1番困るやつ。決めるの俺だろ」
「いいじゃん。アフターの子とか連れていくんでしょ」
「俺、アフター絶対しないから」
「は? そんなでよくホストやってるよね。顧客大丈夫?」
「古風が受けてるんだよ。ガードかたいのを演出。
いいだろ? あと、トークね。俺か、俺以外か?」
「それって、ローランド?」
「パクリ。」
「パクるなよ。」
「女子は
体を大事にしてくれるんだって
安心するみたいよ。
すぐ酒注文してくれるんだわ。」
「女、舐めてんな、お前。」
「ちちち、なめてるんじゃない。
お姫様を丁寧に扱ってるの。」
「ふーん。んじゃ、
やっぱりオムライスの店にするわ。」
「なんだよ、結局決めるんじゃないか。
女々しいな。まじで。」
「どうとでも言ってくれ。食べたいって思ったんだから」
「ああ、そう」
湊は、少し面倒になっていた。男子でも女子みたいな考えだなと思っていた。湊と晃太は、大学の校舎を出て、街中にあるオムライス専門レストランに向かった。
テーブル席に案内されて、水が入ったコップがそれぞれに
配られた。ポキポキと手を鳴らした。
「よく大学とホストの仕事、どっちもやってるよな。
俺には真似できないな」
「稼がないと、大学にも通えないからな。まぁ、顧客のおかげでそれ以上に稼いでるけどな」
指をお金のマークにしてニカっと笑った。
「はいはい。羨ましいこと」
湊人は水を飲んで、晃太を指差す。
「何言ってるんだよ。親の金で平気に通える方が
楽で羨ましいじゃんかよ。俺んち貧乏で、誰も大学費用出してくれないって言うんだぞ。稼ぐしかないだろ。アパート代だって、タダじゃないし」
「親の金ね……。その分、自由は聞かないよ? この大学行けとか、就職先は国家資格取れとか勝手に決めるし、親の敷いたレールに走らないと大学は通うんじゃないって否定されるし。
俺ってなんのために生きてるかわからなくなる時ある」
だんだん晃太の表情が暗くなっていて、顔近くに黒い雲があるんじゃないかと想像をする。だんだん雷雲まで近づいてきてる。室内で雨が降るかもしれない。
バババと湊人は想像の雲を弾き返す。
「それ、前にも聞いたけど、晃太もバイトして、稼げばいいだろ。そしたら、文句言われないだろ」
「いや、バイトも自由にさせてくれない。低レベルになるとか思ってる親だからバイトする分、お金やるからとか言われるのよ。訳分からない」
「つーか、マジで、晃太の家で親、なんの仕事してんの?」
「俺の家?」
「ああ。」
「聞いておどろくな? エリートよ?」
「は? マウント取ってんの?」
「弁護士と医者」
「マジで? 超、頭いいやん。というか何、その組み合わせ。
すっげー」
「かたいよ。家の中は居心地よくないから生きた心地しないわ。ふざけられないもんね。一ノ瀬が羨ましいよ、自由で」
「自由、最高だろ?」
「ああ」
「自由になるのも苦労するけどな」
ふっとため息をつく。
「お待たせしましたー。日替わりランチです」
店員が注文していたオムライスを持ってきてくれた。目がバチッと合った。
「あっ……」
ホストクラブ常連のミカだった。湊は全然気にもとめず、
オムライスにありついた。視線に気づいた晃太が湊の肩をたたく。
「へ?」
持っていたスプーンを皿に置いた。
「げっ」
「アキラくん??」
違う人だとブンブン横に首を振る。
「アキラ? こいつ、アキラじゃないっすよ?」
「あー、人違いですね。すいません、失礼しました」
天を見上げて、アキラの顔を思い出すが明らかに顔がそのままだった。金髪であることはもちろん、キリッとした目つきも印象的だった。 湊は壁の方を見てごまかした。小声で晃太に言う。
「マジ、助かった」
「何、知り合い?」
「ああ、そんなとこ。悪い、金やるから今日の会計、晃太払ってくれない?」
「やだ」
ニコニコしながら断る。
「おい!マジで、無理だから」
「俺、人の金は触らない主義だから」
「この、クソ真面目野郎。ったく、もう」
コップに入った水を飲み干した。日替わりランチのオムライスは完食していた。大きなため息をつく。私服でネクタイを絞めてないのに、整える素ぶりをした。職業病だ。湊はテーブルにあった会計伝票を持って立ち上がった。