保健室でもらったビニール袋に、汚れたスニーカーをいれてカバンに突っ込んだ。
上履きの底は、外を歩くと、砂利の形が足の裏で分かるほどうすっぺらい。
さあやは、気を使って、もう靴の話題は出さなかった。
僕らは並んで、ただ歩く。
ナオキのことを考える。考えに集中する。いまは姉ちゃんのことは、考えない。姉ちゃんの顔を思い出すだけで、叫びそうになってしまうから。
15分ほど歩いて、足の裏がジンジンしてきたころ、ナオキのマンションが見えてきた。
「……警察は、いないね」
さあやがポツリと呟く。
まずは第一関門突破。次の関門は、マンションのエントランスだった。ナオキの住んでいるマンションは、入り口がオートロックになっている。
僕は緊張しながら、ナオキの部屋の番号を押した。
……出ない。
がっかりする気持ちの奥に、やっぱりそうか、というあきらめにも似た落胆があった。ナオキは今、警察署にいるんだろうか。
犯罪のことはなにも分からないけど、今は警察からジジョウチョーシュってヤツを受けてるんだろうか。
もしも。もしもナオキがユーザイだったとしても、まだ16歳なんだし、ジョージョーシャクリョウしてほしい。
僕は白い目で見られてもいい。犯罪者の友達って後ろから小突かれてもかまわない。もし、署名で刑が軽くなるなら、たった1人でも駅前に立って活動する。
ナオキ、僕はお前の友達をやめたりなんかしないからな。絶対。
「ジュン!開いたよ!」
さあやの言葉に顔を上げると、たしかにエントランスの自動ドアが開いていた。
☆
「いや、マジで終わったと思ったわー!人生ゲームオーバー、なんつって!」
ナオキは僕らを出迎えると、いたずらがバレた子供のように笑ってみせた。
僕はあっけにとられて、ナオキを見た。
ナオキはいつも通り……いや、それ以上に明るい笑顔を浮かべている。声にも張りがあって、とても警察に尋問されたようには見えない。
……やっぱり、噂は嘘だったのか?
僕らは肩の力が一気にぬけて、ナオキのあとに続いてナオキの部屋に入った。
「お前、そんな元気なら学校来いよ。なんで3日も休んだんだよ」
「でもナオキ君が無事でよかったよ!」
「いや、全然よくねーよ。ナオキが捕まったってみんな噂してんだぞ? こんなときにラインも返さねーってどういうつもりだよ」
「ジュンもそんな怒んないであげてよ」
「いや、だって」
「ナオキ君、あのね、ジュンはすごく心配してたの。ずっとお通夜みたいな顔してたんだよ」
「そんなことどうでもいいんだって!ナオキ、なんか言えよ!」
文句がどんどんあふれてくる。本当は本気で怒ってるわけじゃない。猫と犬のケンカみたいに、ちょっかいを出したくて仕方ないだけだ。だけど、僕の繰り出すパンチにナオキは反応しない。
「まー、俺もいろいろあったのよ」と言いながら、ナオキはデスクチェアに腰掛ける。
「捕まってたのはほんとだしな」
――え?
驚きのあまり、声が喉に張り付いた。
さあやも一緒で、目を見開いて絶句している。
「あ、でも、逮捕にはならなかったんだよ!持ってた警棒は護身用って突き通したし、盗撮用のカメラも、データは確認できなかったっちゅーことでおとがめなしっ!
社会的には死んだけどなー、ははは」
「……本当は、やろうとしてたのか?」
「してねーよ、してねーって」
「でも、盗撮用のカメラを持ってたんだよね?それは警察に押収されたの?」
さあやが注意深くあたりを見回す。
ナオキは隠すつもりもないらしく、「これだよ」と言って、小指よりも小さい円盤型のカメラを机から取り出した。
「ちっちゃあ……」
ナオキからカメラを受け取ると、さあやはじっくりとカメラを観察し始める。
「ねえ、ナオキ君。もしかして発信機とか、盗聴器も持ってたりする?」
「持ってるよ」
ナオキは机の中から、まるでキャンディでも取り出すように発信機や盗聴器を取り出す。
さあやに使い方を教えると、もうそれらにはなんの興味もないように、つまらなそうに鼻で笑った。
「欲しいなら、やるよ」
☆
ナオキのマンションからの帰り、さあやと僕はお互いに黙ったまま歩いた。
さあやはナオキの言動の中にヒントを見つけようとしている。腕を組みながら、ブツブツ呟いている。
でも、どれほど考えても結論は出ない。それは、僕も。
「謎が多すぎてわけわかんないよ」
さあやは降参というように肩をすくめた。
ナオキは捕まったことを認めた。ということは、40代の女性に、恐怖心を与えたのは本当だってことだ。
捕まった時、警棒と盗撮用のカメラを持っていたことも、マジ。
ナオキは実際に盗撮はしていなかったけど、それはまだ行動に移していなかっただけ……と考えると、ナオキはその女性になんらかのことをするつもりだったと考えるのが自然だろう。
でも、相手は40代の女性だぞ?
相手は誰でもよかったのか?
それなら、なんでナオキはあっけなくさあやに犯罪アイテムをプレゼントしたんだろう。
誰でも良かったなら、ほとぼりが冷めてからまた、犯行に及ぶんじゃないんだろうか。
犯罪心理ってそういうもんなんじゃないのかな……。
さあやとナオキについて思っていることを言い合いながら、交差点についた。僕の家は交差点を渡った先だ。
さあやが「わたし、本屋に行くから、ここで別れよう」と言った。僕は頷く。信号が青に変わった。
そのときだった。聞き覚えのある大声が交差点に響き渡った。
「先生~~~~~~~~!!!!」
交差点の向こうから、女性が両手をあげながら走って渡ってくる。
ノアだった。