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第6話・小説仲間


 ノアと水曜日に会う約束をした。

 新たな音声データって、どんな音だろう。


 ノアの音声があると、僕のポストはグッと立体的になる。イイネの数も桁違いに増えるし、コメント欄も盛り上がる。


 『あのような音声はいっぱいあるんです』とノアは言っていた。


 それなら、僕の創作のヒントにさせてもらったって、いいよな?




「なーに読んでるのっ!」


 頭上から声が落ちてきて、反射的にスマホを胸に押しつぶした。

 学校の昼休み。今日はナオキが休みだったから、自分の席で小説を読んでいた。


「隠さなくてもいいじゃん。『ホラー上等』のチームメンバーなんだしっ!」


 さあやがいたずらっぽく笑う。

 僕はバツが悪くなって、「……見た?」と小声で言った。


「うん、バッチシ!ジュンもユスリカさん好きなんだねー、さすがホラー好き!」


 やっぱり見られてた。そう、僕が読んでいたのはネオページのユスリカの小説だった。


「ユスリカ知ってるの?」


「知ってるよ!ホラー好きならみんな知ってるんじゃない?」


 ……マジか。そんなに人気があるんだ、姉ちゃんの小説。


 でも、びっくりしたのはそれだけじゃなくて、さあやみたいな子が、姉ちゃんの小説を読んでるってことに、だ。


「実はね、ここだけの話なんだけど」


 さあやがそう言って、くいっくいっと手招きする。耳を貸して、というポーズ。素直に首を傾けて耳を向けると、さあやの温かい吐息が耳の中に入り込んできた。




「わたしも書いてるんだ。小説」




 思わず「えっ」とまぬけな声が出た。


「ナイショだよ?」


「どんなの書いてるの?」


「ホラー小説」


 さあやは白い歯を見せて、「へへっ!」と笑う。『死』や『苦しみ』ってワードが全然似合わない、さあやみたいな女の子が……ホラー小説??


「見たい!」


「え~~~やだよお。恥ずかしいもん」


 さあやがはにかみながら体を揺らす。

 本気でいやがってるわけじゃないのは態度で分かった。大体、本当にいやだったら、僕に『小説を書いてる』なんて言わないはずだ。


「どこかで投稿してるの?」


「ううん、ノートに書いてるだけ。投稿して、アンチコメントとかついたらやだしさ」


「でも、書いたら誰かに読んでほしくならない?」


「んー、まあ」


「俺ならアドバイスとかしてあげられるかもよ。一応、書いてるし」


 小説、っていうか、140文字のコメントだけど。


「え、本当??ジュンも小説書いてるの??」


 さあやの興味津々な顔を見た瞬間、僕の頭の中にノアの表情が浮かんだ。


『先生にお会いできるなんて感動です!』


 頬を赤らめ、目を輝かせながら僕を見つめていたノア。


 その顔と、想像の中のさあやが重なった。その瞬間、僕は用意していた返事を喉の奥にひっこめた。


「……誰にも言うなよ?」


「うん」


 周囲を見回し、少し身を乗り出す。 さあやは興味深げに見つめている。

 僕はさあやにだけ聞こえる声で言った。



「俺のペンネ―ム、ユスリカ」



 さあやが目を見開く。驚きで声もだせないって顔になり、一呼吸おいて、「えっえっえっ」と慌てふためいた。


「うそ、えっ、やば!!!やばすぎる!!!」


 僕は唇の端をあげ、『とびっきりイケメンのアニメキャラ』をイメージしながら、にっこりとほほ笑んだ。


「さあやのノートと交換で、まだ公開してないヤツ、ちょっと見せてやるよ」



        ☆




 やっちゃった???

 僕、やっちゃったかな???


 家までの道のりを僕は息を切らせて走っている。あと、ひとつ角を曲がれば見慣れた我が家に着く。

 心臓の鼓動が早いのは、走ってるからじゃない。さあやの尊敬に満ち溢れたまなざしを思い出すと、心臓が、ギュっギュっと手で握りつぶすみたいに、きつくなるんだ。


 僕、めちゃくちゃかっこよくなかった??

 さあや、僕のこと、好きになっちゃってたりして。


 自然と前へ、さらに前へ足が進んだ。風景がどんどん流れ去って、冷たい風が頬をなでた。汗が噴き出てきたけど、そんなことはどうでもよかった。

 姉ちゃんが帰ってくる前に、ミッションを完遂しなくちゃいけない。


 家にたどり着くと、駐車場に車がなかった。母は買い物にでも行ったんだろう。玄関のカギを開ける。姉ちゃんの靴は……ない。よかった。まだ帰ってきてない。


 僕は一目散に階段を駆け上がり、姉ちゃんの部屋のドアを開けた。

 姉ちゃんの部屋は相変わらず殺風景だった。僕の部屋みたいにアーティストのポスターを壁に貼ったり、脱ぎ捨てた服なんかが散乱してない。必要最低限のものが整然と配置されている。


 唯一の飾りっていったら、机の上の菊の花束? 

 マジ趣味悪い。まあ、みんなの愛するユスリカ様はイメージ通りっちゃイメージ通りかもな。……ってそんなことどうでもいいや!


 僕はミッションを思い出し、机の上に出しっぱなしにしてあったノートパソコンを立ち上げた。


 思った通りだった。

 ネオページのサイトはログイン状態が保持されていた。


 僕は唇を舐めながら『ワークスペース』のボタンを押した。




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