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第4話・ファンとの交流



「なあ、見た!?昨日の『殺虫剤』の投稿!」


 朝、学校に着くなり、ナオキが僕に駆け寄って来た。まるでドラクエの新作が出たようなはしゃぎっぷりだった。


「見てないや、なに?」


 僕はあまり興味なさそうな顔をしながらバッグを机の横にかける。


「え!見てないの!?ちょっと待ってな、今見せっから!あ。これだこれだ」


 次の瞬間、気味の悪い音が爆音で流れ始めた。

「ちょ!」

 僕は慌ててナオキの手からスマホをひったくり、ミュートにした。

 何人かのクラスメイトが振り返り、僕らを見ている。「ごめん、いまの映画の予告!」と僕が叫ぶと、すぐに興味を失って各々の会話に戻っていった。




 昨日のことだ。

 『殺虫剤』のアカウントでいつものように投稿していたら、


『はやく実行にうつせよwww いつまで狂気かかえてんだよwww 殺す殺すもういいよww ダチョウ倶楽部かw』


 というコメントがついた。

 頭に来て、あの気持ちの悪い音声とともに、『クソガキは黙ってろ』と書いてポストした。そしたら、Xはお祭り騒ぎになってしまったのだ。


 いいね60件、リツイート7件。


 正直、ここまで盛り上がると思っていなかったから、ビビった。

 僕だってことが特定されないように、ナオキの盗撮画像を使ったポストや、住んでる場所が特定されそうなポストは皆、削除したけど……。これからはプライベートなことは絶対に投稿しないようにしよう。


 有名人って大変だな。


 小さな羽毛では頬をくすぐられるような感じだ。こそばゆくて、今にも笑いだしちゃいそうになる。


『殺虫剤って俺だよ、俺!』ってカミングアウトしたら、ナオキはどんな顔するかな。


 でも、今はその時期じゃない。 

 今、打ち明けたら、今までのポストがほとんど姉ちゃんのパクリってことを露呈してしまう。完全にオリジナルにするまで、絶対、僕だけのひみつだ。



「映画の予告じゃねえよ、これ。スナッフフィルムの音声だよ」


 ナオキの声で我に返った。僕の手の中のスマホを奪い取り、「もう1回聞くべ」とナオキは言った。僕は「ちょっと待て」とそれを遮る。


「スナッフフィルムってなんだよ」


「知らねえの?殺人の記録映像だよ。拷問されたり、レイプされながら殺されていく姿を記録した映像!」


「そんなもん見たことあんの?」


「あるよ」


 僕が固まっていると、「んな顔すんなって!出回ってるのはみんなニセモノだよ!エンタメ、エンタメ!AVのレイプ作品みたいなもん!」とナオキは笑った。


 ちょっとホッとして、「じゃあ、どうやったらこの音出せるのかも知ってる?」と聞くと、ナオキは頭を傾げた。


「ん~~。そもそも、この音はなにしてんだろうな。映像ないから想像しづれーよな」




「臓物ひっぱりだしてるところじゃないかな」




 突然の女子の声に驚いて顔を上げると、クラスメイトの綾瀬さあやが微笑んでいた。

 アイドルグループに入ったら神7には絶対入りそうな女子。

 綾瀬さあやはさらさらの長い髪で、ぽってりした唇が特徴だ。

 人懐っこい愛されキャラで、先生からも女子からも人気がある。

 僕も……、あんまり話したことはないけど、嫌いでは、ない。そんなこと絶対ありえないけど、万が一さあやに告白されたら、つきあってしまう、かもしれない。


 でも、いま、なんて言った……?


「昨日、この音声聞いたとき、わたしもびっくりした。でもね、ちょうど昨日ホラー映画のメイキング見てたんだけど、わりと擬音って身近にあるもので作れるみたいなんだ」


「え、綾瀬さん、『殺虫剤』知ってるの??」


「ナオキ君に教えてもらったよ。あと、さあやでいいよ。さあやのほうが可愛いじゃん?」


「あ、じゃ……じゃあ、さあや……さん」


「さあやでいいって」


 さ、さ、さあや……。


 戸惑っている僕を置き去りにして、さあやとナオキの会話は殺人音声の話にうつっていった。さあやは、「ぐちゃっ」という音は柔らかく湿ったものを押しつぶすことで再現できるから、フルーツなんかを使ったのでないか、という。


 なるほど……。

 てか、さあやってけっこうグロいの好きなんだ……。



「続編出ねえかなあ。もしほんとに殺人音声だったら、わくわくすんだけどなあ!」


「本物ならXに載せないと思うよー、リスクしかないもん」


「そこはさあ、自己顕示欲ってやつが勝っちゃってさあ」


 ナオキがさあやと話している横で、僕は自分のスマホに来ていた通知を見た。ラインにのあからメッセージが来ていた。

 一瞬、ドキッとしたけれど、のあからのメッセージは待ち合わせの日時の確認だけだった。




『それでは11日金曜日、6時でよろしくお願いします!すごくすごく楽しみです。今日から毎日早く寝て、金曜日が来るまでスキップします!』




 10月11日(金)。

 僕は電車に揺られて、仙台駅についた。

 指定の喫茶店はアーケード内の、何度か行ったことのある店だったから、迷わず着くことができた。

 午後6時。

 カフェラテを注文し、店内を見回していると、奥のソファ席に座っていた女性と目が合った。17~8歳の、姉と同じくらいに見える女性だった。前髪ぱっつん。色素の薄いミディアムヘア……。

 ノアだ。

 その瞬間、ノアのこわばった顔は、パッと輝いた。


「こっち!!こっちです、先生!!!」


 ノアが立ち上がり、ぶんぶんと手を振る。慌てて駆け寄り、「座って、座ってください!」と身振り手振りで着席を促すと、「先生が、さきに!」とさらに大きな声で叫ばれたので、顔から火が出る思いで座った。


「先生にお会いできるなんて感動です!あ、せ、先生!これ!」


 座るや否や、ノアはテーブルに置いてあったものを取り上げ、僕に両手で差し出してきた。

 差し出されたものは、水色の包装紙に真赤なリボンでラッピングした細長い箱だった。


「これ……?」


「開けてください!!」


 僕が戸惑っていると、ノアは「お願いしますっ!!!」と店内に響き渡る声で叫んだ。僕は慌てて包装をはがした。

 プレゼントの箱には、1本の万年筆が入っていた。

 見るからに高そうな、金のラインが入っているどっしりとした万年筆だ。とりあえず「どうもありがとう」と言ったけど、ちょっとそっけなかったかもしれない。もっと感動しているそぶりをしないと。でも、なんて言えばいい?えっと。


「その万年筆、名前入れたんです!ここ、ここです!」


 ノアは中腰になって僕の手の中の万年筆を指さした。


「ほんとだ」


「へへ、『ユスリカ大先生』って刻印してもらったんです。メモとかするのに、つ、使ってもらえたら、嬉しいです」


「ありがとう。大事にするね」


 僕がケースの中に万年筆を戻そうとすると、ノアは叫んだ。


「あ、あ、ペンケースに!先生のペンケースに入れてもらえたら嬉しいです!つ、つつつ使って、もらいたいんです。先生の、作品に、ちょっとでも、協力」


「わかった。ありがとう」


 ノアは僕がペンケースの中に万年筆をしまうのを見届けると、顔を真赤にしながら、何度も嬉しそうに頷いた。




 それから、ノアはユスリカ作品への愛を一生懸命身振り手振りを交えながら話した。


「あの音声は、ユスリカ先生の『ボストンバッグに入った少女』を再現したんです!少女をぐちゃぐちゃに解体して、ボストンバッグに詰めるまでの物語です!」


 僕は曖昧に微笑みながら、カフェラテをすすった。

 なんだっけ。『ボストンバッグに入った少女』?


「あの作品は、実はわたしがはじめて読んだ作品なんです。主人公が女の子で、犯人の男から逃げ惑う話はありがちですが、犯人の『このバッグに詰められるものを考えたとき、真っ先に浮かんだのは隣の家の少女だった』、という冒頭のセリフが衝撃的で!!」



 ノアの熱のこもった話は続いていく。

 僕が姉ちゃんなら、きっと制作秘話や、物語を思いついたきっかけなんかを話してやれるんだろう。

 僕はいたたまれない気持ちになりながら、「ありがとう」と「嬉しいよ」と「そうなんだ」の3つの言葉を使って会話した。それ以外に、話せることなんてなかった。

 さっさとあの音声の制作秘話だけ聞いて帰ろう。スマホの時計をちらりと見て、僕は口を開いた。


「あの音声ってさ、どうやって作ったの?」


「えへへ、セロリと鶏肉とメロンで作りました!」


「え、セ、セロリ?」


「はい!セロリを数本束ねて折ると、ちょうど骨が折れる音になるんです。鶏肉に手を突っ込んで握ったり、メロンを割ったり、そうやって作りました」


「へえ……」


「うふふ、本物だと思いました? 先生の作品みたいに、リアリティを大事にしたんです!」


 ノアが嬉しそうに八重歯を見せて笑う。

 僕もつられて、「ここだけの話、かなりビビったよ」と笑った。


 そのとき、僕のスマホがけたたましく鳴りだし、僕は「ごめんね」とノアに断り、電話に出た。

 母だった。「今どこにいるの」とお決まりの連絡。「仙台」と答えると「何時に帰るの」と畳みかけてくる。

「今から帰るって!」と言いながら乱暴に電話を切り、ノアに向き直ると、ノアは薄く目を細め、おかめのお面みたいな笑みを浮かべて僕を見ていた。


「今日はいっぱいお時間いただき、ありがとうございました!」


「いや、全然!楽しかった。あ、万年筆も、ありがとう!」


「あの、先生、わたし」


「うん?」


「先生と、もっとお近づきになりたいんです。なんでもいいので、もし先生がやられてる活動がネオページ以外にあれば教えていただけないでしょうか」




 『殺虫剤』




 ふいに浮かんだ言葉を慌ててかき消した。


「いや、ないよ。やってない」


「そうですか……。SNSもやってないですか?」


「やってないよ」



 浮かべた笑顔は、薄っぺらな紙切れみたいに頼りなく、いまにも奥にあるこわばった表情が透けてしまいそうだった。

 ノアが大きなキャンバスバッグを肩にかけ、「駅まで一緒に歩いていいですか!」と言う。


 大丈夫だ。バレてない。


 僕はノアと一緒に店を出る。


 外の空気はひんやりとして、湿り気のある風が頬をなでた。 アーケード街の中は夜だというのに煌々としている。僕らは「たいやきの季節だね」とか「あんことクリーム、どっちが好き?」と言った、たわいない話をしながら駅に向かった。


ノアと別れて電車に乗ると、すぐにXを開いた。

『殺虫剤』のアカウントのフォロワーが、また4人増えていた。

 もうフォロワーはそれなりについたし、次の段階に進んでいいだろう。

 僕の実力だけで、既存のフォロワーをキープし続けるってフェーズだ。


 僕は人差し指で『ポストを非公開にする』というボタンをスワイプした。



 これで……もう姉ちゃんやノアにビクビクする必要はないよな。
















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