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第3話・ファンからの手紙




『次の展開、期待!』


『リアル』


『狂気を感じる』



 胸の奥でパチパチとサイダーの泡みたいな感情が弾ける。

 僕は何度もXのポストに寄せられたコメントを読む。何度も。何度も。



 2024年9月2日。月曜。

 あれから3週間が経ち、僕はXを毎日更新していた。

 内側に狂気を秘めている『16歳の少年・俺』は、『クラスメイトを皆殺しにしたい』という衝動に駆られている、という設定で連載している。





「プリントを後ろに回す。ふりむきざまに、まぬけ面の被害者Aの眼球にコンパスを刺す。被害者Aは眼球をぎょろぎょろ動かし、「え?」という顔をする。血が噴水のようにあがり、喉が裂けそうなくらい彼は絶叫する。先生の声はクラス中の悲鳴にかき消され、皆一斉に逃げ惑う』



 うん、けっこう。いや、かなりイケてる。


 元のアイディアは姉ちゃんの小説『教室』からもらったけど、文章は全部僕が考えたから、パクリじゃない。これはほぼ僕のオリジナルだ。

 それに 。

 僕はいつまでも姉ちゃんの作品を参考にするつもりなんかない。

 姉ちゃんの作品は勉強のためにかなり読んだ。そこについた応援コメントも、レビューも、みんな読んだ。

 だから、読者がどんなシーンを面白いと感じて、どこにわくわくしたのか、全部わかる。過去問と例題を見まくったから、もう僕には応用問題ができるはずだ。


 完全オリジナルの小説をXのなかで連載する。それが今の目標。


『俺』が意思を持ち、殺害計画を立てるも、クラスメイトに邪魔され、そいつを完全犯罪で消す。そんなハラハラドキドキのクライムサスペンスを書くつもりだ。

 とことんリアルに「これって本当のこと?」ってくらいの温度感で書きたい。そのためには姉ちゃんを超える知識が必要だから、今日の放課後、図書館に行って『豚の解体方法』とか、ためになる本を借りてこよう……。



「ジュンがエロいやつ見てるぞ!!」


 ふいにスマホを奪われ、僕は反射的に「おい!!」と叫んだ。


「……なんだこれ?」


 ナオキが僕のスマホを眺めて、変な顔をする。


「……お前、こんな気持ち悪いポスト見ながら、にやにやしてたのかよ。きもちわるっ」


「男盗撮してるやつに言われたくねーよ」



 あぶな……。


 跳ね上がった心臓の鼓動が落ち着きを取り戻していく。本アカで『殺虫剤』の投稿を見ていてよかった……。


「うへえ、こいつ、やっべえな。ルイス・ガラビトの生まれ変わりみてえなヤツだな」


「誰それ?」


「え、知らないの?300人以上拷問して殺した世界最悪のシリアルキラーだよ。youtubeで殺人事件のまとめ動画あんじゃん。俺、意外と見るの好きなんだよね。ジュンもこういうの見てるなら、好きなのかと思った」


「あー、youtubeは……あんま見てない」


「ふうん。よし、俺。これフォローしよっと」


「え、『殺虫剤』?」


「うん、おもしろそうじゃん。イカレてて」



 そう言うと、ナオキはスイスイとスマホを操作して『殺虫剤』をフォローしてしまった。



「はは、こいつ、マジやべえな。投稿する内容全部ぶっとんでるじゃん」



 ナオキが『殺虫剤』の投稿をさかのぼって読んでいる横で、僕は曖昧に笑う。

 リアルの知り合いが『殺虫剤』のフォロワーっていうのは……なんだかふしぎな気持ちだ。恥ずかしいような、こそばゆいような、でも、ちょっと、嬉しい。






 家に帰ったのは6時過ぎだった。

 途中まで覚えた英語のスピーチのセリフをブツブツ呟きながら、ドアを開けると、リビングから、母の怒声が飛んできた。


「ジュン!!こっちきなさい!!」


 反射的に心臓が縮んだ。

 でも、小学生の頃みたいに、叱られてべそをかくような真似は絶対したくなくて、僕はふてくされた顔で「なんだよ」と言いながら、わざとゆっくりと母のもとへ向かった。


「ゴミ箱にこんなの捨てないで!封筒にいれたって無駄よ!お母さんわかるんだからね!」


 母は怒り狂いながら僕の胸に封筒を押し付けてきた。


「はあ?」


 どこにでもあるA5サイズの茶封筒だった。封がしてあり、なかにはなにか小さくて硬いものが入っている。

 こんなもの、ゴミ箱に捨てた覚えなんかない。


「なんでこれ捨てたの俺なんだよ」


「あんたが自分の部屋のゴミ箱に捨てたんでしょうが!」


 ……僕の部屋のゴミ箱に捨てられていた?


「もう2度とこんなことしないでよ!?燃えないゴミを捨てるときはちゃんとお母さんに出しなさい!燃えるゴミに混ぜたら、回収してもらえないんだからね!?聞いてるの!?コラ、ジュン!!」


 母の怒声を背中に浴びながら、返事もせずに階段をあがった。 母の声は徐々に遠ざかり、二階にたどり着いた頃には静かになった。


 僕は改めて茶封筒を見る。

 これは間違いなく姉ちゃんが捨てたものだ。自分の部屋のゴミ箱には捨てずに、わざわざ僕の部屋のゴミ箱にいれるなんて、母にも勘づかれたくなかった……ってこと?


 でも、なんで?


 捨てたものなんだから、姉ちゃんに怒られる筋合いないよな。

 僕は封筒をビリビリと破り、中身を取り出した。便箋が3枚と、ショッキングピンクのUSBメモリが入っていた。

 そうじゃないかな、とは思っているけど、僕の予想通り、便箋はユスリカのファンからのものだった。




 『愛するユスリカ先生へ』




 手紙には新作の小説の感想が細かい字でびっしりと書いてあった。紙面は、黒々とした文字で隙間なく埋まっていて、全体で見るとお経のようにも見える。 鉛筆で何度も繰り返し書いたんだろう、文字の凹みがユスリカへの愛の深さを物語っていた。


『ユスリカ先生の小説を、音声におこしてみました。ユスリカ先生に聞いていただけたらとてもうれしいです』


 僕は手紙を読みながら、机の上のUSBメモリを見た。このなかに自作のボイスドラマが入っているってこと?


 へえ、ほほえましいじゃん、と思った。と同時にこの手紙を読まずに捨てた姉ちゃんに猛烈に腹が立った。おごるんじゃねえよ。クソ女。ファンがどんな気持ちでこうやって手紙を書いてると思ってんだよ。表面はいい子のふりしてるけど、やっぱり中身は『氷女』だ。人の気持ちを考えない、バカ女。マジできらいだ、あいつ。


 僕はパソコンを開き、USBメモリを挿した。


 誰か知らないけど、ファンの人。僕が代わりに聞いてあげるからね。


 いつか僕も、小説を書いて、こんなふうにボイスドラマを作ってもらいたい。二次創作ってやつをいっぱいやってほしい。入り口はホラーだったけど、ゆくゆくはファンタジーとか、異世界転生とか、メジャーなやつに挑戦して、アニメ化とかしてみたいな……。








「ぐちゅ」








瞬間。僕は耳を疑った。





「ぐっ、ちゅ、ぶちゅっ、ずじゅるっ、めきっ、ごじゃ……」





 ……なんだ、この音。



 ぞっとするような気味の悪い音が、パソコンから聞こえてくる。



「ぐじゃ…くしゃ……ずるっ、ずるるっ……ゴトン」



 すげえ。

 この肉が裂けるような不快な音はなんだ。

 めちゃくちゃ生々しくて、リアルじゃんか。どうやって出すんだ、こんな音。



 擬音だと頭では分かっているのに、全身の毛が逆立っていく。僕はおもわず唇をなめた。 音声を今すぐ止めたい自分と、聞いてはいけないものを聞いているような高揚感がわずかにあって、気づけば最後まで聞いてしまった。

 僕は手紙の最後の文章をもう一度読みかえした。


『音声、もし気に入ってもらえましたら、ぜひお会いして、制作秘話などお伝えしたいです!わたしの連絡先は……』


 ラインのIDがそこに書いてあった。


『ノア』


 それがファンの……彼女の、名前だった。





 女なんだ……。


 引きこもりのニート男じゃないんだ。


 ためしにラインの友達検索のなかにIDを打ち込んでみると、当たり前だけど『ノア』がでてきた。


 色素の薄いミディアムヘアのお人形さんみたいな女性だった。前髪がぱっつんだから、そう思うのかもしれない。やさしそうな顔をしている。




 この人と、話してみたい。



 心の中にぽっとともった好奇心の灯りは、まるで薄暗い部屋の片隅に置かれた小さなろうそくの炎のようだった。彼女のラインを知った瞬間、ろうそくは倒れ、いまやゴウゴウと炎を巻き上げながら、僕の心を燃やしていた。

 僕はアカウント追加ボタンを押し、指を震わせながら、メッセージを書いた。






『お手紙ありがとうございます。僕がユスリカです』



















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