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第2話・パクリアカウント


『殺虫剤」のアカウントを作ってから、数日が過ぎた。

 その間、僕は思いつく限りの恐ろしい言葉で世の中にキレ散らかし、やばいヤツを演じた。



『目が合った奴ら、全員殺す。首にナイフを突き刺し、血を噴かせ、町中を血の海にしてやる』


『死刑なんてだるいこと言ってないで犯罪者を全員外に出せ。俺がぶっ殺してやる』


『だるそうにあくびしているコンビニの店員。その痛んだ茶髪、火つけてチリチリにしてやる』



 いくら過激なポストを連投しても、フォロワーは増えず、1件だけ『お前、中学生だろww 』というコメントがきた。頭に来て、速攻そいつをブロックして、コメントを削除した。



 中学生じゃねーし。

 高校生だし。1年だけど。



 高3の姉ちゃんと2個しか変わらないのに、なんで僕の文章は誰にも注目されないんだろう。

 姉ちゃんの小説サイトに寄せられた、賛美のコメントを思い出す。1万人のファンが姉ちゃんが書く物語の続きを待ち望んでいた。


こんなこと絶対本人には言わないけど、どんなコメントにも無反応という姉ちゃんの塩対応もクールだと思った。僕だって、Xに来たコメントを無視したけど、アンチコメントを無視したってただの臆病者だ。そんなの、ただカッコ悪いだけじゃんか。




 午後6時。僕はリビングのソファに寝転がり、スマホの画面とにらめっこしていた。Xに次に投稿する文章を考え始めて、もう30分になる。目の前に座っている母はテーブルにスマホを置いて、youtubeの料理動画に夢中だ。「えー!そうなんだ!」「ほお~」と聞かれてもいない相槌を打っている。


『くし切りは、皮をむいて縦半分に切り、切り口を下にして放射状に4〜5等分します。そしてくし切りにした玉ねぎは……』


 歩行者天国に乱入し、ナイフで通行人をくし切りにします……。イケてる文章を考えようとすればするほど、料理動画のシェフの声に引っ張られる。もう!!僕は髪の毛をぐしゃぐしゃに掻きまわしたくなる。

 やけくそでとりあえず『ナイフ』とコメントを打ち込んだ時、クラスのグループラインから通知がきた。反射的にラインを開き、投稿を見てみると




 投稿されていたのは1枚の画像で、着替えの盗撮画像だった。



 着替えといっても、男子の着替えシーンだ。ハートのトランクスを丸出しにして着替えているヤツや、陸上部のエースの腹筋の割れた腹なんかが写っている。奥のほうにちょっとだけ写っているのは……僕かもしれない。今日の体育の時間の着替えの最中に撮ったらしかった。




『ちょw 盗撮やめろww』

『ナオキ、相手間違えとるww』

『そこは女子だろ、女子!!』



 あっという間にコメントがつき、『誰にもバレなかったけど、ブレちゃったから盗撮検定不合格だなー 今度はがんばります!』と画像を撮った張本人のナオキのコメントが入った。



 なんだよ、盗撮検定って。

 相変わらずバカっぽいことやってんなあ。



 とりあえず爆笑してるアニメキャラのスタンプを押して、ラインを閉じようとして―――僕はハッとして、ラインに戻った。


 これ……この画像。

 使えるかも……?


 ナオキの撮った盗撮画像を慌ててダウンロードする。編集画面を開いて、顔が映っている部分をぐじゃぐじゃと黒ペンで塗りつぶしてみた。

  ピントの合っていない男子生徒の盗撮画像は、犯罪の匂いのする絶妙な写真だった。おまけに顔はぐじゃぐじゃに塗りつぶされている。ここに気の利いたコメントを載せたら、すごく説得力のあるポストになるんじゃないか。


 いい、いいぞ。すごくそれっぽいじゃん。


 僕は姉ちゃんだったらどんな言葉をいれるか考えてみた。姉ちゃんなら……写真に一言だけ添える気がする。「殺す」じゃ、当たり前すぎて陳腐かな。

「消したいヤツら」「全員抹消」……「合掌」……「遺影」……。考えろ、考えろ。






 翌日、僕はXを開いた瞬間、「っしゃ!!!」と叫んだ。

 イイネが26件。リポスト2件。フォロワーが7人増えていたのだ。

 昨日、結局悩みぬいて、盗撮画像には『怒り』というコメントだけを入れた。それがウケた!!


 この7人のフォロワーは僕のファンだ!


 僕は心の中で天高くこぶしを突き上げた。

 フォロワーの7人のポストやプロフィールを舐めるように見る。どいつもとくに面白いポストをしているわけでもなかったし、有名人でもなかった。でも、それでもいい。このモブたちは俺の次の投稿を待っているんだ。


 絶対楽しませてやる。『殺虫剤』先生の作品のトリコにしてやる!



      ☆



 それから一週間がたった。

 僕はいま、苦し紛れに生み出した渾身の一作を投下しようとしている。

 その内容というのがこれだ。



『ライター買った。指をあぶったら、ジジって音がした。最初はただ熱いと思ったけど、一瞬で指先の神経が熱で燃えて、ライターを落としてしまった。指先がジクンジクン鼓動する。やべえ、誰かに試したい。誰のどこを燃やしてやろうか』




  送信ボタンをタップした瞬間、先生が教室に入ってきた。スマホを机の下に隠したとき、チラリと見えた時刻は16:02だった。

 放課後の英語のスピーチの練習中、僕はずっとそわそわしていた。自分の番が終わるたびにスマホを確認した。

 30分経ってもコメントもイイネもつかない。

 膨れていた期待がしぼんでいくのを感じながら、僕はそれでもスマホから目をそらせない。


ここ一週間のうち、7人いたフォロワーは1人減り、2人減り、結局1人しか残らなかった。いろんな画像で大喜利みたいなことをしたけど、それも『寒い』と思われたんだろうか。

 今回のはわりと自信あったんだけどな。いや、これでだめなら何やっても無理だろって思うくらい、自信作だったのに。


「おい、ジュン。スマホばっかり見てるんじゃない」

「あ、す、すいません」

「終わるまで没収。ほら、よこせ」


 森先生に注意され、スマホを渡してしまうと、もうどうでもいいやと半ばやけくそな気分になった。



 スピーチの練習が終わってスマホを返されても、僕はもうXを開かなかった。

 家に帰り、溜まっていた無料の漫画アプリの漫画をかたっぱしから読み、あくびをしながら夕飯の時間を待った。

 8時頃、母が「夕飯だよ~!」と叫んだ。

 階下に降りていくと、姉ちゃんと父はもう食卓に座っていて、大皿のきんぴらごぼうに箸を伸ばしていた。


 姉ちゃんのペンネームは、『ユスリカ』なんて訳の分からない名前より『ヘビ女』に改名するべきだ。

  完璧な見た目に反して、本当は触れるとしびれるほど冷たくて、地面にぴったりと体を密着させ、狂気を閉じ込めているってイメージ。

 なんでそんなことを急に思ったのかというと、姉ちゃんの頬に一本の薄い赤い傷があったからだ。ヘビ女にしては珍しい、そう思ったんだ。

 母もみそ汁を配りながら、心配そうに姉ちゃんを見た。


「お姉ちゃん、それどうしたの?」

「ああ、ハサミで切ったの。前髪作ろうと思ったんだけど、やめちゃった。ためらい傷ってやつ!」


 姉ちゃんは胸まである前髪をちょっと触りながら、「前髪あると、こまめに切らなきゃいけないから面倒かなと思って」と言う。


「そのときはお母さんが切ってあげるわよ」

「やだよー、お母さんセンスが絶望的だもん」

「なに~~???」


 姉と母は楽しそうに笑い、話は続いていく。僕はさっさとみそ汁でごはんやおかずを流し込んだ。 


「ジュン、英語のスピーチの練習はじまったんだよね? どう?」


 ふいに姉ちゃんが僕に話題を振った。

 なんだよ、急に。


「……どうって、別に普通だけど」

「話してみてよ、英語のスピーチ!」

「……まだ練習途中だから」

「じゃ、途中まででいいよ」

「無理、しゃべれない」

「でも、ジュンは発音がすごくいいって森先生が言ってたよ。英語の教科書読むだけでいいからさ。ね、お母さんもお父さんも聞きたいよね??」

「無理だって言ってんじゃん!」


 僕は怒りに任せて箸を置き、「ごちそうさま」と言ってリビングを飛び出した。階段を駆け上がり、部屋のドアを乱暴に閉めると、「マジムカつく、なんだよ、あいつ!」と独り言をブツブツ言いながら、スマホを開いた。


『話してみてよ、英語のスピーチ!』


 姉ちゃんのくったくのない笑顔がよみがえってくる。あいつは悪魔だ。無邪気なふりをして、僕を見世物にして、この間の敵を取るつもりなんだろう。だって、英語の成績で姉ちゃんは学年トップだ。去年も一昨年も英語のスピーチ代表で、今年は受験を理由に断った。だから、僕のスピーチを聞いて、鼻で笑うつもりに決まってる。外側では『上手じゃ~ん!』とか言いながら拍手するんだろう。クソ女。


 もうXも消してしまおうか。これ以上あがいても、みじめになるだけだもんな。

 僕ははあっと溜息をつき、指先を操作して、Xにログインする。指先が鉛になったように、重い。


 次の瞬間、僕は目を見張った。


『ライター買った。指をあぶったら、ジジって音がした。最初はただ熱いと思ったけど、一瞬で指先の神経が熱で燃えて、ライターを落としてしまった。指先がジクンジクン鼓動する。やべえ、誰かに試したい。誰のどこを燃やしてやろうか』


 この投稿にイイネが31件もついていた。

 フォロワーの2人がリツイートしてくれている。それで、拡散して、ちょっとだけど跳ねたらしい。「マジか……。やった……!」思わず声が漏れた。



「ジュン、ちょっといい?」


 瞬間。飛び上がって振り返ると、姉ちゃんが部屋のドアを開けて立っていた。


「ノックぐらいしてよ!」

「ごめん。あのさ、聞きたいことあるんだけど」

「なんだよ」



「ジュンってXやってる?」



 心臓がドグッと大きく跳ね上がった。 太鼓を乱暴に叩くように心臓がでたらめに鼓動する。僕は平静さを装って、「してないけど、なんで」と言った。

「ううん、なんでもない」

 姉ちゃんはそれだけ言うと、部屋のドアを閉めた。




『 指先は炎のように燃える熱を帯び、冷やしても冷やしても火の残り韻が脳裏から離れない。

皮膚の表面は、赤みを通り越して白く変わり、ふくれあがった指先から、透明な液体がじわりと滲む。

ああ、素敵だ。痛くてたまらない。指先よりももっともっと柔らかくて、弱くて薄い皮膚に火をつけたい。またイケニエを捕獲しに行かなくちゃいけない』




 姉ちゃんの小説の一文が、蘇る。

 『ライターを落とした』という一文は僕のアイディアだけど、それ以外は全部姉ちゃんの小説の模倣だ。姉ちゃんの小説を、稚拙な文章に、なおした。ただ、それだけの投稿。あのときは自信満々で投稿したけれど、見れば見るほど、なんだか不安になってくる。

 投稿を消そうか迷っていると、コメントがついた。


『殺虫剤って何者!?気になる~~』


 僕はごくんとつばを飲み込んだ。


 ……そうだ。これはオマージュってやつじゃないか。いや、これから僕のオリジナリティをだしていけばいいんだ。

 姉ちゃんの小説をうまく使えば……、設定だけをちょっとだけもらって、あとはオリジナルの文章を書けばいいんだ。そうすれば、僕は『何者』かになれる。


 僕は、『殺虫剤』様になれるんだよ。













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