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第6話

   6


 桜からのメッセージにようやく目を覚ましたハジメは、急ぎ準備を整えると自転車に跨り、全速力でソレイユへと向かった。


 昨夜は夜遅くまでゲームをしていたものだから、すこしばかり寝すぎてしまったようだ。


 太陽はすっかり高く昇っており、強い陽射しが降り注ぐなか、必死にペダルをこいでいたものだから、ソレイユへ辿り着いたころには全身が汗でびっしょりと濡れていた。


 屋内駐輪場に自転車を停めてソレイユの中に入ると、ひんやりとした冷たい空気がハジメの身体を包み込んだ。あっという間に汗を吸った上着が冷たくなっていく。このまま桜たちのところへ向かっても良いのだけれど、こんな汗臭い姿のままというのも何だか気が引ける。


 ハジメは一度トイレへ向かうと、肩からかけていたバッグからボディシートを取りだし、一旦全身の汗を拭った。桜から「これくらいやっておけ」と言われた制汗スプレーを噴き、髪型を整える。


 ……まぁ、こんなものだろう。


 ハジメはうんと一つ頷き、桜からのメッセージに従って三階のワンツへ足を向けた。店前の共用通路には大樹の姿があって、吹き抜けになった通路の手すりにもたれかかり、ぼんやりと館内を眺めている。


「よぉ、大樹!」

 ハジメが声をかけると、大樹はふとこちらに顔を向けて、

「――あぁ、村田」


「桜たちは? まだワンズで買いもん中?」


「うん」


「なに? 俺を待っててくれたわけ、大樹」


「そういうわけじゃないけど」と大樹は軽く微笑み、それから小さくため息を漏らす。「なんかちょっと疲れてさ。ぼんやりして休んでたんだ」


「なんだよ、お前も徹夜でゲームとかか?」


「違うよ。ただ、なんかずっと眠いんだ。寝ても寝ても身体の疲れや怠さが取れないっていうか、妙に体が重いんだ」


「エアコンのせいじゃないか? 俺、エアコンじゃなくて窓開けっぱなしにして寝てるぞ」


「あぁ、確かにそのせいかも。エアコンって、なんか体が疲れてくるよね、あれ何なんだろ」


「あと、あれだ」ハジメは人差し指を立てて、「相原さんとヤりまくりのせい」


 その途端、大樹は顔を真っ赤にしながら唾を散らすように、

「そ、そんなことしてないって! 俺たちはまだそんな仲じゃないよ! そ、それにまだ高校生だし、早すぎるって!」


「あ、あぁ――まぁ、そうだな」


 ごめんごめん、とハジメはへらりと謝罪する。


 こういうのって、人それぞれだよな。


 ハジメは桜とのことを思い浮かべながら、改めて口にした。


「あとはわかりやすく夏バテとか? ちゃんとメシ食ってる?」


「う~ん。確かに食欲ないし、最近そうめんばっかり食べてる気がする」


「それだな! もうちょっとちゃんと食べないと」


「そうするかぁ……」


「お! ハジメ着いたんだ」


 桜の声がして振り向けば、桜のほかにも玲奈、玲奈の姉である結奈、そして相原奈央の姿がそこにはあって、ハジメは軽く手を振り、大樹と共に歩み寄った。


「ひさしぶりだね、村田くん」


「結奈さん、今日も凄い格好っすね」


「どう? エロかろう?」


 わざわざ胸の谷間を強調して見せてくるも、ハジメはそこまで胸の大きさにこだわりなどないため、社交儀礼的に「エロいエロい」と適当に返事する。


「ご、ごめんね、待たせちゃって……」

「う、ううん、大丈夫……」


 そんな奈央と大樹のちょっと初々しいようなやりとりを耳にしながら、ハジメは桜に訊ねる。


「で、これからどうする予定?」


「特にないよ」と桜は一同を順番に見回しながら、「誰か、どっか行きたいとこ、ある?」


 すると結奈が手を上げて、

「あ、私ちょっと本屋行きたい。大学のレポートで必要な本があるんだよね」


「私、ユニファク行きたいな」奈央は大樹に顔を向けて、「大樹は?」


「僕は特に行きたいところはないかな」


「ハジメは?」桜はにやりと笑んで、「どうせカードショップとか言いそうだけど」


「なんだよ、わりぃかよ」ハジメは唇を尖らせて、「……まぁ、ちょっと覗きたいけど」


 ハジメは中学校の頃から『マジック&ウィザーズ』というトレーディングカードゲームをずっと続けている。最初は大樹と一緒に軽い気持ちで始めたのだけれど、今では月に一、二回程度、ショップで開かれる小規模大会にも出るようになっていた。丁度ソレイユの中には、大型書店であるスズキ図書の隣に小さなカードショップがあって、ハジメはそこの常連だった。大樹が引っ越すまでは、週末になるたびによく大樹とふたりで訪れたものだ。


「それじゃぁ、まず最初に本屋に行こっか。その間にハジメは隣のカードショップに行ってればいいし。んで、そのあとは二階のユニファクへ。あとは、そうだなぁ、みんなでお昼ご飯を食べてから、カラオケに行くってのは?」


「うん、それでいいんじゃないかな」


 玲奈も頷き、そういうことになった。


 ハジメは大樹に顔を向ける。


「大樹、ひさしぶりにふたりでカドショに――」


 言いかけて、思わず眉間に皴を寄せた。


 大樹は廊下に視線を落としたまま、ぽかんと口を小さく開けていたのだ。


 桜たち四人が本屋へ足を向けて歩き出すなか、ハジメは大樹に歩み寄り、

「おい、どうした。大樹」


「……」


「なぁ、おい。大樹?」


 大樹の肩を掴み、軽く揺する。


「――っ! あ、ごめん、ぼーっとしてた」


「大丈夫か? ちょっと座って休んどくか?」


「だ、大丈夫だよ。ごめん、ありがとう、村田」


「別にいいけど、どうする? ひさしぶりに、一緒にカドショ行かないか?」


「あ、いいね。俺も欲しいカード、あったんだ」


「じゃ、行くか!」


「あぁ」


 頷いた大樹の顔色の悪さに、ハジメは内心心配しながら、でもまぁ、倒れたら負ぶってやればいいか、と思いながら、親友のその細い肩に腕を回したのだった。

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