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第24話

 ふたりは手を繋ぎ、再び駅の方へと歩みを進めた。奈央は辺りを警戒しながら、大樹はそんな奈央の不安を少しでも晴らせるように、その手をぎゅっと握り締めながら。


 時折晴れ間の見える空には千切れ雲、吹く風はしかし何処か重たく、温く、ふたりの肌を撫でるように去っていった。古くからあるのであろう薄汚れたビルの合間に見えるのは、駅前開発によって数年前に建てられた巨大な複合マンション。一階にはスーパー、二階には飲食店や各種医療機関が並び、そこから繋がる連絡通路の先はホテルを挟むようにして駅構内へと続いている。連絡通路の下には片側三車線の広い道路が伸び、ふたりの目的地であるショッピングモールへはそこからシャトルバスが出ていた。


 人通りの激しい道を歩きながら、けれどふたりは足を止める。


「……どうしたんだろう、これ」


 全ての車線が車で埋まり、辺りに鳴り響くクラクション。交通整理をする警察官もすっかりお手上げの様子であちらこちらへ行ったり来たりしている。どうやら道沿いの歩道も今は通れないらしい。カラーコーンとバーによって道は遮られ、イラつくサラリーマンや年寄りなどの通行人はそれを制限する警察官に大声で文句を叫んでいた。そうでない者たちは遠回りをすべく駅の方へ向かったり、近くの複合マンションを迂回するように裏道へ向かって歩いていく。


「なにがあったんだろう」


 そう口にして、大樹はスマホを取り出すと画面を操作して原因を調べる。


 駅前、渋滞、事故、事件……色々な語句で検索していくうちに、大樹はニュースの速報を見つける。眉を寄せながら、大樹は奈央に顔を向けた。


「この先で水道管が破裂して道路が陥没してるらしい。僕らがお見舞いしている間に起きたみたい。ほら、みんな写真をアップしてる」


 そこには水に溢れた道路と何台もの消防車や救急車、パトカーなどが写っており、いかにも慌ただしそうだった。渋滞に巻き込まれた車らは前後左右を塞がれ、にっちもさっちも身動きが取れず、このまましばらく流れそうにない。これでは当然、シャトルバスも運休中だろう。実際、斜め前方には客の居ないバスの車内で途方に暮れる運転手の姿が見えた。


「ひどいね、これ」と奈央は溜息交じりに口にする。「どうしよう、これじゃぁ、歩くしかないけど……」


 ここからなら目的地であるショッピングモールまでは歩いて一時間掛かるか掛からないかの距離だ。決して歩けないほど遠いわけではない。少しばかり疲れるかも知れないけれど、気力さえあれば問題ない。


「そうだね」と大樹も溜息を一つ吐き、「歩こうか。まだまだ時間はあるし、休み休み行けば大丈夫でしょ。あ、そうだ奈央。この辺、色々歴史的なものがたくさんあるの、知ってた? ついでだからさ、それ見ながら歩いて行こうよ」


 どうせ歩いていくのであれば、気を紛らわせながら歩いた方が良いだろう、大樹はそう思った。


 ふたりは脇道に向かい、散策道に出た。寺や神社、小さな史跡を見て回るなど、道草を食いながらの歩きはなかなか楽しかった。大樹は奈央に蘊蓄を語りながら、その場所場所を紹介して回る。もしかしたら興味ないかな、と思っていたけれど、奈央はそんな素振りを見せることなく、興味深そうに耳を傾けてくれていた。


 本来ならば十分掛からないであろう道程を三十分程掛けて歩き、存分に散歩を楽しんだふたりは、いつしか件の峠下に辿り着いていた。すぐ目の前、交差点の先右手奥にはコンビニが見え、数台の乗用車やトラックが駐車場に停まっている。左側に眼を向ければ峠道があって、この峠をしばらく上れば例の廃屋、そしてそれを越えた先には奈央の住んでいる家があった。


 奈央はちらりと峠に視線をやりつつ、すっと大樹の身体に身を寄せてきた。大樹の手を強く握りしめ、不安そうな表情を浮かべている。気のせいか奈央の呼吸が緊張か何かで荒くなっているようだった。それも当然のことかもしれない。


「……大丈夫だよ、奈央」大樹は微笑んだ。「あっちにはいかないから、安心して。あ、でもちょっとコンビニ寄っていい? 喋りすぎて喉が渇いちゃってさ。お茶を買いたいんだけど」


「あ、うん」


 奈央は答え、ふたりは道路を横断すると、一旦コンビニに足を運んだ。


 足早に冷蔵ケースに向かい、お茶を掴むとすぐにレジで会計を済ませる。


「さぁ、行こうか」


 大樹と奈央が並んでコンビニから外へ出ると、

「――えっ」

 ふたりは思わず絶句した。


 今まで僅かながらも晴れ間の見えていた空が突然の黒い雲に覆われ、しとしとと雨が降り始めていたのである。


「雨?」大樹は戸惑いながら、「降りそうな気はしてたけど、なんか急すぎない?」


 そう言って眉間に皺を寄せて空を仰いだ。


 そこに漂うどんよりとした重たい雲に、大樹はどこか身体が押し潰されてしまいそうな感覚にとらわれた。空気はじっとりと湿り気を帯びており、肌に張り付いて嫌に気持ちが悪い。世界は次第に灰色一色に染まり、雨はより強く激しくなっていった。


 コンビニから出てきた数人の客が、慌てたように駐車場に停めた自身の車に乗り込み去っていく。あっという間にコンビニの駐車場から全ての車が消え、その後に大きな水溜りが形成されていった。目の前の道路を、小さな子供たちがずぶ濡れになりながら走り去っていく。まるでゲリラ豪雨の如く降り注ぐ雨に誰もが驚きの声を上げ、建物の中に駆け込んでいった。


 大樹たちはしばらく空の様子を眺めていたが、これはやみそうにないと判断して、

「ちょっと、傘買ってくるよ」


「あ、うん」


 奈央をその場に残して、大樹は再びコンビニに足を踏み入れた。


 店の入り口付近に並んでいた傘をひとつ手に取り、レジへと向かう。


 だがそこに店員の姿はなく、大樹は思わず店内をぐるりと見回した。


 店員どころか、客ひとり姿が見えない。


「……すみませーん、レジお願いしまーす!」


 叫んでみたけれど、返事すらなかった。


 完全に無人と化したコンビニに、大樹は不安を覚える。


 ……おかしい、そんなはずない。さっきまであんなに客も店員も居たのに、一瞬にしてもぬけの殻になってしまうだなんて、絶対にありえない。何かがおかしい。これではまるで――


「何をきょろきょろしてんだよ、木村」


 唐突に背後から声をかけられ、大樹はぎょっとしながら後ろを振り向いた。


 レジを挟んだその先に、見覚えのある男の姿があった。


「……小林くん」


 大樹のその言葉に、ずぶ濡れの姿で佇む小林が、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

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