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第13話

   *****


 相原さんは大丈夫なんだろか、あれから学校に来たんだろうか、もしや小林の言う『他のみんな』に誘拐や拉致をされて、あられもない姿であんなことやこんなことを――というイヤな妄想ばかりが頭に浮かんで、大樹は授業どころではなくなっていた。一時限目も二時限目も、黒板の前に立つ教師が何を言っているのか、教科書のどこをやっているのか、ノートに何を書き記せばいいのか、何もかもが解らなくなるほど、大樹の頭の中は相原のことで今にもはちきれてしまいそうだった。


 適当に理由をつけて教室を抜け出して、もう一度相原のクラスまで様子を窺いに行こうと何度も思った。もし教室にいないのであれば、学校を出て探しに行ったほうが良いんじゃないのか、警察に届け出た方が良かったんじゃないのか。いや、そもそも小林のあとを追って、いったい何を企んでいるのか詳しく聞き出して、昨年のように取っ組み合ってでも止めた方が良かったんじゃないかと後悔した。


 どれだけ思い悩んでも結論は出ず、ただ悶々とした午前中を大樹は過ごした。


 結局、相原が風邪で休んでいることを知ったのは、昼休憩を前にもう一度、矢野や宮野首たちのクラスを訪れた時だった。


 大樹は誘拐や拉致ではなかったことに安堵しつつ、けれど今度は相原が体調を崩してしまったことを心配した。


 昨日の朝に会った時は元気そうだったのに、と大樹が口にすると、矢野は「う~ん」と唸ってから、

「もしかして、あれかな。昨日の夕方から朝までずっと大雨が降ってたじゃん? あの雨の中を自転車で濡れながら帰った、とか」


「レインコート、持ってなかったのかな」


「それは、わかんないけど。あくまでもしかして、の話だし。少なくとも、ワタシらが昨日の放課後に相原さんと話をしてた時も、風邪をひいてそうな感じは全然なかったよ」


 その言葉に、大樹は「ん?」と首を傾げる。

「相原さんと話を? なんで?」


「それは――」と矢野は口を開きかけて、それから眉を寄せて一旦口を閉じた。何かを思案しているようなそぶりを見せてから、やがてもう一度口を開く。

「ごめん、それは相原さんから直接聞きなよ。私が勝手に話していいようなことじゃないような気がするから」


「なんだよ、それ。余計に気になるじゃん。まぁ、いいけど」

 それから大樹は教室の中を改めて見渡してから、

「……そういえば、宮野首さんは?」


「あぁ――」と矢野はもう一度眉を寄せると、「ちょっと貧血で、保健室で寝てる」


「え、大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫」と矢野は小さく笑う。「そんなことより、アンタは相原さんのこと、気にかけてやりなよ」


「……うん。そうだね」


 小林の件もあるし、十分に注意した方がいいだろう。できることなら相原の家までお見舞いついでに様子を見に行きたいという衝動にかられたが、そもそも相原の家がどこにあるのかを知らないし、急に訪ねていって迷惑をかけたり、気持ち悪いと思われたくもなかった。今の自分にできることなんて、高が知れている。今は大人しく先生たちに任せて、自分にできる範囲のことだけやろう。或いは矢野や宮野首に事情を話して、協力してもらうというのはどうだろうか。帰宅する方角も一緒のはずだし――と思ったけれど、そういえばこのふたりはそもそもバス通学で、相原は自転車通学だったことを思い出し、難しいか、と大きくため息を吐いた。


「なに、どうしたの? なんか暗い顔してるけど」


 矢野に問われて、大樹は「えっ、あっ」と口ごもる。


「もしかして、相原さんに会えないのが寂しい、とか思ってるんじゃないの?」


 にやにやと笑う矢野に、大樹は思わず顔が熱くなるのを感じながら、

「あ、いや、別に、そういうわけじゃなくて……!」


「いいじゃんいいじゃん、木村にもそんな感情があったんだね!」


 にしし、と嘲るその顔を、大樹は忌々しく思いながら、

「なんだよ、矢野まで村田と同じような顔しやがって」


「だって、アンタが色恋に染まる姿なんて初めてじゃん。玲奈にも興味なさそうだったしさ」


「それも村田に言われた」


「玲奈だって十分に可愛いと思うんだけどなぁ。なるほど、アンタは可愛いより美人の方が好みだったってことか」


「……悪い?」


「ううん、べっつにー?」にやりと笑んで、矢野は小さく息を吐いてから、

「でも、まぁ、良いんじゃない? 私は応援するよ、木村のこと。なんかあったら相談してよ。力になるからさ」


 微笑むその姿に、木村もそれまで感じていた恥ずかしさが消えていくのを感じながら、

「――うん。ありがとう」

 素直に、そう答えたのだった。


 自分の教室に戻った大樹は、午後の授業をただ淡々とこなしていった。今の自分にはそれしかできない。小林の件はもうすでに教師たちの耳に入っているのだから、当然それなりのことをすでにやってくれているはずだ。何しろ、自分はその小林のせいで、昨年怪我をさせられているのだから。だから今はただ、教師たちにすべてを任せて、勉強に専念しよう、そう思った。


 窓から見える空は再び厚い雲に覆われていき、今にも雨が降り出しそうな雰囲気だった。そんな空を見ているだけで、大樹の心にもまた不安が湧き起こってきたけれど、それを振り払うようにかぶりを振った。


 大丈夫、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて、ふと教室のドアに視線を向けた時だった。


「――えっ」


 ドアに設けられた小さな窓の向こうに、黒い人影が見えた気がした。


 その影はじっと大樹を見つめていたが、やがてすっとその姿を静かに消した。


 気付いたときには、ただうすぼんやりとした、廊下の灯りが見えているだけだった。


 けれど、それはおかしな話だった。


 ドアに設けられているのはすりガラスで、誰かが自分を見つめている、なんてことまでわかるはずがないのだから。


 大樹は眉間に皺を寄せ、気のせいだろう、と自分自身に言い聞かせながら、それでもなお湧いてくる不安という感情に、ただ耐えることしかできなかった。

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