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本当に相原をひとりで帰らせて大丈夫だったんだろうか。自分が家の近くまで見送った方が良かったんじゃないだろうか。もしひとりにさせたことで、不審者に襲われでもしたら――と考えると、妙に胸がモヤモヤして仕方がなかった。と言って、自分だってすでに帰路の半分を超えてしまっているし、今さら引き返したところで、もうすでに相原は家に帰りついていることだろう。大樹はそう信じたかった。
大樹が通っていた三つ葉中学の周辺は、もともと不審者情報が絶えないような場所だった。
どこそこで痴漢が出た、何とかいう町の裏道で裸の男に追いかけられた、川べりを歩いていると妙な婆さんに変なお菓子を売りつけられそうになった、全身真っ黒な男が包丁を片手にふらふらと歩いていた、などなど、思い出してもキリがない。
それはなにも、あの町の治安が悪いとかそういうわけではないだろうと大樹は思う。通っていた中学校自体が廣嶋駅のすぐ近くにあり、比較的人口の多い地域であるがゆえに、自然と不審者の数もまた多くなってしまっているだけなのではないだろうか。犯罪発生率とか何とかいうことに大樹は詳しくないし、調べたことはないのだけれど、昨年末に新しく警察署が駅裏にできてから、比較的そういった不審者情報も多少は減ってきたように思う。
それでも時折、村田一や矢野桜、宮野首玲奈たちから聞かされる不審者の情報からすると、夕方から夜にかけて、下校中の生徒たちを狙って声をかけてきたり、自身の性器を晒してきたりなどの異常行動に出る輩が一定数、今でも存在するらしかった。
或いは女子生徒を連れ去ろうとした若い男の話などもあって、それが一番、大樹は心配で心配でならなかった。
それだけではない。あの辺りには、人ならざる者も多く存在しているのだ。
存在している、と言うと、まるでそれらが本当に実在しているかのようだが、大樹はそれらが『存在している』とも『存在していない』とも言える、何ともあいまいなモノどもであるということをよく理解していた。
それらはいわゆる“死霊”と呼ばれる者たちであり、物理的にその存在を証明できるものなど何ひとつありはしなかった。
たぶん、彼女――宮野首玲奈とその祖母である宮野首香澄に関わらなければ、今頃も大樹はあちら側――常闇の世界のことなど知る由もなかっただろう。もちろん、その常闇の向こう側からやってくる死霊たちのことも知らずに、安穏な日々を送れていたはずなのだ。
一度常闇の者たちと接してしまうと、奴らは際限なく、大樹たちの前に姿を現すようになった。本来ならば眼に映ることすらないはずのそれらは、時として大樹たちの肉体を奪おうと襲い掛かってくることもあった。
もちろん、全ての死霊がそうだったわけではない。中には死を受け入れたことによって、真の自由というものを手に入れた死霊たちもいることを大樹はよく知っている。家族を守るため、恋人を守るため、いわゆる守護霊的なものとなって、この世にあり続ける道を選んだ死霊たちも確かにいた。
そして、そんな中に、宮野首香澄も含まれていたのだ。
彼女はとある事件に巻き込まれ溺死してしまったのだが、それでも死霊となってなお精力的に活動を続けており、今も霊障に悩む生者たちを助け歩いている――らしい。
正直なところ、大樹もそこまで詳しく全てを理解しているわけではなかった。どちらかと言えば、大樹は常に巻き込まれているばかりで、自分から死霊たちに関わろうと思ったことは一度もなかった。それなのにもかかわらず、村田一と行動を共にしていたばかりに、宮野首や矢野たちの死霊退治(?)に巻き込まれ続け、今現在に至るまで彼らの『四人目の仲間』という立ち位置を余儀なくされていたのだった。
だからこそ、死霊の恐ろしさを大樹は身に染みて理解している。まして三つ葉中の近くにある峠道には、昔から『喪服少女』の噂が絶えず囁かれ続けており、大樹自身も何度か村田たちと共にその姿を目撃したこともあった。
一見すれば、ただ喪服を着ているだけの普通の少女。それなのに、彼女の姿は見る者によって違うらしく、大人の姿をしていることもあれば、老婆のような姿をしていることもあるのだという。
そして、こんな噂話もあった。
『彼女に関わると、行方不明になってしまう』
大樹たちもその噂の真相が気になって調べてみようとしたことがあったのだけれど、頑なに玲奈が、
「それは絶対にできないの。おばあちゃんやお姉ちゃんから、絶対に、あの喪服の少女には関わったらいけないって言われてるから」
と拒むものだから、結局あの峠道はなるべく避けるように、通る際は早足が基本となっていた。
相原奈央の家は、そんな喪服少女の噂がある峠道の向こう側だという。たぶん、山仲町の方だろう。大樹もあの辺りまで遊びに行ったことがあるので、大体の場所は知っている。知っているからこそ、大樹は余計に気を揉んでしまうのだった。
帰り道を急ぎながら、大樹は胸に手をあてて、大きく深呼吸し、独り言ちる。
「大丈夫。考え過ぎだぞ、俺――」
自分の心配性な一面に、大樹は本当に嫌気が差すのだった。