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「ふ~ん? そんなことになってるんだ、あのお化け桜……」
玲奈は帰宅後、姉の部屋を訪れて、件の学ラン男子と桜という女の子について、姉・結奈に相談した。
結奈は玲奈の姉であり、三姉妹の次女である。比較的大人しい性格の玲奈に比べていい加減でサバサバしているが、その分軽い気持ちで相談するには長女・麻奈よりも気楽だった。麻奈は結奈よりも几帳面で優しいが、玲奈に対して心配性なところがあって、少しばかり相談しづらいところがあった。
結奈はベッドに足を組んで腰かけて、顎に手をやって少し考えたのち、「あのお化け桜、まだ咲いてるんだよね?」と確かめるように玲奈に言った。
玲奈はこくりと頷いて、
「うん」
「……それ、おかしいと思わない?」
「えっ」と玲奈は首を傾げながら、「おかしい……?」
「だって、よく考えてみなよ。もう四月も中旬なんだよ? 今年この辺りの桜が開花し始めたの、確かあんたが小学校を卒業した三月の中を過ぎた頃だったでしょ? 三月の終わりごろにはほとんど見ごろを過ぎちゃって、四月に入ってからはほぼ花が散って枝だけになった桜の木ばっかりだったじゃない。少なくとも、私の高校の桜はもう全部の花が散っちゃってる。桜の種類によってはまだ咲いてるところも確かにあるけど、それってある程度間隔を開けて、順番に咲いていってたからでしょ?」
言われてみれば、とその時初めて玲奈はお化け桜に違和感を覚えた。あのお化け桜の花は、玲奈たちが三つ葉中学に入学した日――十日ほど前にはすでに満開の状態だった。それからずっと、あの花は咲き続けている。ちらほら散っている花びらを見たような気はするのだけれど、さすがにそんなに長い間咲き続けている桜の花を、玲奈は今まで一度も見たことがなかった。桜が開花している期間は一週間から十日ほど。その間に強い風が吹いたり雨が降るとさらに開花期間は短くなるはずだ。実際、この一週間の間に何度も強風の日はあったし、雨の降った日も一日から二日ほどあったのを覚えている。既にお化け桜以外の桜の木は茶色い枝ばかりになっていて、中には緑色の葉が芽吹き始めたものもあったはずだ。
「――もしかしたら、問題があるのはその学ランの男の子の方じゃなくて、お化け桜の方なのかも。私が三つ葉中にいた頃もあのお化け桜の開花している期間ってちょっと他の桜より長かったような気がするけど、二週間近くも咲き続けてたか記憶にないなぁ。少なくとも、私はあのお化け桜から霊的な何かを感じたりはしなかったけど……」
それから結奈は眉間にしわを寄せて、何かを考えるように黙り込む。
玲奈は答えを急かすように、
「……けど?」
すると結奈は「う~ん」と唸ってから、
「もしかしたら、あの時は眠っていただけなのかもしれない。何があったのかはわからないけれど、あのお化け桜に憑りついていた何か――もしかしたら、お化け桜そのものか、精霊的なもの、それが学ランの男の子の形をとって、その桜って女の子に接触しているのか……」
「お姉ちゃんにも、判らない?」
訊ねると、結奈はため息を吐いてから、
「そりゃまぁ、話を聞いただけじゃ何にもわかんないよ。少なくとも、私が通ってた頃は特に何も問題なかったもの。ちょっと長く咲いてる変わった桜の木だなぁ、くらいにしか思わなかったし、学ランの男の子も見たことなかったからなぁ。幽霊を見たって話も聞いたことがなかったし、さすがにこの時期にはもう花びら散ってた気がするしなぁ……」
「……一度、一緒に学校まで来てもらえない? お姉ちゃんが直接見た方が、何か判るかもしれないでしょ?」
玲奈の頼みに、けれど結奈はきっぱりと、「え? イヤだ」と即答する。
「だって、面倒くさいことになったら嫌だもの」
「でもお姉ちゃん、気合いパンチとかいうの使えるんでしょ?」
「それはそうだけど、それはあくまで最終手段。なるべくなら関わりたくない」
「なんで?」
「だから、言ってるでしょ? 面倒くさいのは嫌なだけ」
「私が困ってるのに、助けてくれないってこと?」
「あんたが困ってるっていうより、あんたのクラスメイトの男子がその桜って子を心配してるってだけでしょ? あんた自身は部外者じゃないの」
「それは、そうだけど……」
と口を濁す玲奈に、結奈は「ね?」と答えて首を横に振った。
「悪いことは言わない。適当に理由を付けて断っちゃいなよ。そこら辺を彷徨ってる浮遊霊とか地縛霊的なものなら気合いパンチで対処できるかもしれないけど、そうじゃなかったら、私にも太刀打ちできないかも知れないでしょ?」
「そうじゃないって、例えば?」
「神様、とか?」
「か、神様……?」
玲奈は思わず目を丸くして、結奈を見つめた。冗談を言っているのかと思ったけれど、その表情は至極真面目でふざけているようなそぶりはない。ただでさえ先日聞いた『生者の中には死者が混じっている』という事実に驚愕したばかりなのに、そのうえ更に『神様』の存在まで肯定されるとは思ってもいなかった。もはや自分の認識している世界観が百八十度変わったような気がして、ちょっと理解が追い付かない。
けれど、確かにそうだ。死者の魂がこの世を彷徨い歩いているというのであれば、神様という不確かな存在も実在したとして、何の不思議もないだろう。
「正確には、私たちが神様と認識している、死者の霊魂以外の何か、かな」
「何かって、何?」
「さぁ? 何かは何かよ、そんなの、私にだって解るわけないでしょ?」
「……じゃぁ、なら、どうしてお姉ちゃんはそういうことを知ってるの? 独学?」
それはここ数日、ずっと不思議に思っていたことでもあった。姉は果たして死者というものをどのように理解してきたのか。気合いパンチというものを、いったいどのように習得したのか。或いは姉もまた別の誰かから死者や神様とやらの存在を教えられたのか――
すると結奈はにっと笑みを浮かべながら、
「あんたもよく知っている人から、教わっただけよ」
「私の、よく知っている人?」
いったい、誰のことだろうか。思い当たる節がない。結奈や玲奈に霊が視えるのであれば、もしかしたら長女・麻奈だろうか? それとも、お母さんやお父さん?
首を傾げる玲奈に、結奈は「そっか、思いつかないか」と口にしてから、
「――宮野首香澄」
その名前は、確かに玲奈もよく知っていた。
「……おばあちゃん」
結奈ははっと、息を飲んだ。