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第6話

   3


 響紀は何の手がかりもないままに人を探すというその行為に、心底辟易していた。


 宮野首の残したあまりにも曖昧な言葉をもとに、神社を中心として半径1〜2キロを歩き回ったが、そもそも宮野首の祖母の顔を知らないのだから、もしすれ違っていたとしても気付けるはずもない。せめて宮野首が一緒に探してくれたら良かったのに、と舌打ちする。それからふと、先程の宮野首との会話の中で、社務所にいた眼鏡のおっさんが、ぼんやりとだが影として死者の姿が見えていると言っていたことを思い出した。


 もしかしたら、あのおっさんなら一緒に探してくれるかも知れない。


 そんな期待を胸に一度神社まで戻り、社務所に向かう。ガラス越しに見える眼鏡の男は白髪混じりの小さな頭に、ひょろっとした細身の体が何とも頼りなさげだった。年の頃は響紀の父親と同じくらいだろうか。如何にも神経質そうな表情でパソコンに顔を向けている。


 響紀はそんな男に、ガラス越しに声を掛けた。


「なあ、おっさん、頼みがあるんだけど」


 しかし、反応がない。仕事に集中しているのか、視線をパソコンから離す気はさらさらないといった様子だ。


 響紀は大きく舌打ちして、今度はガラスをドンドン叩きながら声を張り上げた。


「なぁ! ちょっと俺の話聞いてくれるか?」


 その瞬間、社務所に居た数人の巫女や神職者達が、ぎょっとした表情で響紀を見た。


 いや、違う。正確には、響紀を見てはいない。微妙に視線の先がズレている。


 やはり、俺の姿は見えていないのだ。


 そう思ったが、しかし一人だけ明らかに視線の交わる者があった。


 件の眼鏡の男である。


「悪いんだけどさ、人を探すの手伝ってくれないか? 一人じゃ難しくて」


 けれど、その眼鏡の男はしばらく怯えたように響紀の事を見つめるばかりで、再びパソコンに顔を戻してしまった。


 どうやら無視を決め込むつもりらしい。先程の宮野首と一緒だ。きっとその理由も。


「いや、あんたに危害を加えようって気はさらさらないんだよ。ただ人探しを手伝って欲しいだけなんだ。あんた、ぼんやりとでも俺の姿が見えるんだろう? なあ、頼むよ」


 しかし、まるで響紀の声など聞こえていないかのように、ただひたすらにキーボードに何やら打ち込み続けていた。


 もしかして、本当に俺の声が聞こえていないのか?


 響紀は思い、腹の底から張り裂けんばかりの雄叫びをあげた。しかしその声はやはり聞こえてなどいないらしく、眼鏡の男はおろか、他の神職者達も自分の仕事を黙ってこなし続けた。


 これでは話にならない。声が聞こえないのであれば、意思を伝えることなんて出来るはずもない。


 響紀は深いため息を吐き、それと同時に悪態を吐いた。その平然とした男の様子に何だか無性に腹の虫の居所が悪くなり、響紀は思い切りガラス窓に顔を近づけると、目をまん丸くしながら、忌々しい思いで男の顔をじっと睨みつけてやった。


 男もそんな響紀の視線に気付いたのだろう。不意に顔を上げ、響紀に目をやる。ふたりの視線が確かに交わり、男の表情が明らかな怯えに変わるのがわかった。男は必死に見えていないふりをしようと再びパソコンに顔を戻したが、しかしその手は大きく震えていた。


 響紀はその様子が可笑しくて、面白くて、しばらくじっと男を睨み続けていた。


 やがて男はその視線に耐えられなくなったのだろう、そそくさと立ち上がると、社務所の奥へと姿を消してしまうのだった。


 その様に響紀は思わず笑い転げていたが、しばらくして気も収まると社務所をあとにし、拝殿の方に回り込んだ。


 こうなっては他に当てがない。いっそのこと神頼みでもしてみようと考えたのだ。


 しかし、いざ拝もうと拝殿に続く石段に足を上げようとした瞬間、何者かの鋭い視線と威圧感に思わず体が震え上がった。


 足を止め、後ろを振り向く。そこにあるのは対の狛犬。こちらに背を向けているはずなのに、何故かじっとそれらに睨みつけられているような気がして。


 もう一度、響紀は拝殿に向かって足を踏み出そうとする。が、まるで石化してしまったかのように足が持ち上がらなかった。何故、と思った途端、先程眼鏡の男を怯えさせたことが脳裏に浮かぶ。


 あれか? もしかして、あれで怒りを買ったのか? あの程度で?


 悪戯のつもりだった。そこまで悪気はなかった。けど、あの時の様子がどうしても頭から離れない。そこに他者の意思を感じ、身が震えだす。拒まれているのだということに思い至るまで、さほどの時間はかからなかった。


 響紀は拝殿に向かうのを諦めると、おずおずと唐門の方へと歩き出した。


 その間、視線と威圧感は、常に響紀の背中に押し付けられた。


 そしてそれは、長い石段を下りきり、石鳥居を抜けて参道を出るまで、ずっと続いたのだった。

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