足早に教室に戻った奈央は、自分の席に飛び込むように座ると、泣きたい気持ちを抑えながら顔を伏せた。机の上に広がる長い黒髪が奈央の頭を完全に覆い隠す。教室の中のクラスメイト達の談笑する声すら自分に向けられた何らかの敵意に感じられて、奈央はその思いを必死に思考の外へ追いやった。
こんな思いをするのなら、やっぱり会いに行くんじゃなかった。勇気を振り絞って行ったのに、彼女たちのあの反応は何? どうして私を避けているの? 私が何かした? あんなふうに目配せして、いったいどんなことを意思疎通していたの? 怖いってどういうこと? わからない。全然わからない!
奈央はぎゅっと拳を握りしめ、歯を食いしばった。そうしなければ今すぐにでも涙が溢れ出そうな気がしてならなかった。誰かと関わることの難しさ、恐ろしさ。そんなの解っていたじゃないか。こんな嫌な思いをするくらいなら、やっぱり独りでいい。独りなら人間関係の煩わしさもない。好きな時に好きなことだけすればいい。そもそも、他人に自分の思い悩むことを相談して何になる? それが家族なら親身になって助けてくれるかもしれない。けれど、友達なんてのは所詮他人だ。その他人に自分の弱みを曝け出すなんてことを少しでも考えた自分が悪いのだ、だから――
「――大丈夫か?」
「……えっ」
突然すぐそばで聞き覚えのない声がして、奈央は思わず顔を上げた。誰だろうと思ってみれば、そこには小林の姿があった。まさか、今の声は小林くん? 奈央は思いながら目を瞬かせた。
「――あいつに何かされたのか?」
やはりそうだ。初めて聞いた小林の声に、奈央は一瞬戸惑った。何となく高い声を想像していたけれど、こうして実際に聞くと思っていた以上に低い。
……あいつ? さっきの女の子の事だろうか? そりゃそうだよね、と奈央は溜息を吐いた。あんな挙動不審なことしておいて、目立ってなかった訳がない。まさか小林にまで見られていたとは思わなかったけれど、それが今のところクラスの中で唯一接点のある彼となると、途端に恥ずかしくてならなかった。これから一緒に図書委員をしていくのすら何となく不安に思える。
「ち、違うの」奈央は首を横に振り、その恥ずかしさから、なるべく小林と目を合わせないように答えた。「私が、悪かったの」
「相原が?」
思いの外、早い返し。小林君って、こんなふうに喋れるんだ、と思いながら奈央は頷く。
「うん、たぶん……」
「どうして?」
「どうしてって、それは――」
奈央は言い淀む。何と答えて良いか解らないし、解ったところでどうだと言うのか。そもそもそれを小林に言う必要があるのかすら判らない。次第に小林に対する苛立ちが募るのを感じた奈央は、大きく溜息を一つ吐き、答える。
「ごめん、うまく言えない。けど、そんなに気にしないで。これは、私の問題だから」
その言葉に、小林はしばらく奈央を見下ろしていたが、やがて、
「――わかった」
そう言い残して、自分の席へと戻っていった。
奈央はその後ろ姿に安堵しながら、再び机に突っ伏すのだった。