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第1話

 あれから一週間が経過した。


 奈央はグラウンドに立ち、夏休み前最後の授業である体育の途中、ふと空を見上げた。


 梅雨の明けた空はどこまでも青く晴れ渡り、強い日差しが力の限り地に降り注いでいる。


 だらだら流れる汗を拭い、奈央は足早に日陰に避難した。


 一学期最後の授業ということもあって、担当教諭からは各々好きな球技を自由にしなさい、との指示が出ていたが、特に仲の良い友人がいるでもない奈央はそんなクラスメイト達をただ呆然と眺めることしかできなかった。


 ただ他にも奈央と同じように、日陰に入りお喋りしているだけの子達もいるお陰で、あまり気兼ねせず呆けていることができるのが有り難かった。


 奈央は小さく溜息を吐くと、仲よさそうにバドミントンをしている宮野首と矢野を何の気なしに見詰めながら、物思いに耽る。


 あの後、奈央は大樹に伴われながらやっとの思いで帰宅した。心身ともに疲労に耐えきれず、自室に入るとベッドに横になり、すぐに眠った。その間、大樹はベッドの横に座ったまま、ずっと奈央の手を握ってくれていた。


 大樹に寄れば、深夜近くに小父が帰宅した際、一度奈央の部屋を訪れたらしい。小父は驚いたような眼で奈央と大樹を見つめ、しかし大きな溜息を一つ残しただけで何も言わずに部屋から出て行ったという。


 小父が何を言いたかったかは何となく判らないでもないけれど、あんな事があった直後に独りになれるはずがない。そのうちちゃんと説明できれば良いけれど、たぶん無理だろうなと奈央は半分諦めていた。


 あの異形たちもあれ以来現れることはなく、おそらく響紀と共に井戸の底へ落ちた事によって、全てが終わったのだろう。


 響紀はあのあとどうなったのか、あの女は結局何者だったのか、解らないことだらけでモヤモヤはするものの、ひとまず安心してよさそうだ。響紀の事がいまだ気掛かりではあるが、果たして自分に何が出来るか思案した所で何も解らないこの状態で妙案など浮かぶはずもなかった。


 意外だったのは、翌日病院に見舞いに尋ねた際の小母の、どこか全てを受け入れたような清々しい表情だ。いったい何が起こったのかはわからない。けれど、響紀が今後帰ってこないとしても本当にそれを受け入れるつもりでいるらしい事は奈央にも理解する事ができた。


 何があったのか気になるのは気になるけれど、その理由を今訊くべきではないと、何故かそう感じた。


 或いは表向きそう感じさせるよう無理をしているのかも知れない。少しでも支えになってあげなければ、と奈央は思った。


 その小母も退院し、期末テストも何とか(ギリギリ補習を免れる形で)終了したし、あとは夏休みを待つばかりだ。


 今年の夏休みはどうしようか。昨年までは家と図書館の往復だったけれど、今年は大樹がいる。一緒に出掛けて、遊んで、お互いをもっとよく知る為に、色んな事をして夏休みを楽しむのだ。


 何なら泊まりで旅行に行くのも良いかも知れない。


 小父さんはまた嫌な顔をするだろうか?


 小母さんは許してくれそうな気がする。


 お父さんは……まあ、適当にはぐらかしておこうかな?


 そんな事を考えていると、不意にバドミントンのシャトルがすぐ足下に飛んできた。


「ごめーん! 相原さん!」


 矢野がラケットを振りながら大声で声を掛けてくる。


「だいじょーぶ!」


 奈央も大声で答え、足下のシャトルを拾い上げた。


 ふと顔を上げれば、トトトッと宮野首が胸を揺らしながら駆けてくるところだった。


「ごめんね。ありがとう、相原さん」


 ううん、と首を横に振りながら、奈央はなるべく笑顔でシャトルを手渡した。


 宮野首もにっこりと微笑みながら、

「ねぇ、相原さんも一緒にやらない?」


 誘われて、「えっ」と奈央は一瞬、眼を見張る。


「私と……?」


「うん」と宮野首は笑顔で言って頷いた。「一番席が近いのに、今まであまり話した事なかったでしょう? 私、相原さんともっと仲良くなりたいから……」


 迷惑かな? と言って宮野首は俯いた。


 奈央は宮野首の言葉の真意を測りかね、しかしそこに裏がない、言葉通りの意味であるのは疑いようがなかった。何より、あのブレスレットの御守りをくれたお婆さんの孫なのだ。


 奈央は「うん」と頷くと、嬉しそうに微笑む宮野首に向けて、自分も思わず微笑んでいた。それから「あっ」と思い出したように、

「ねぇ、宮野首さん」


「なぁに?」

 間延びしたような声で、宮野首は返事する。


「お婆さんに、お礼を言っておいて貰えない? 御守り、ありがとうございましたって」


「おばあちゃんに……?」と宮野首は小首を傾げながら、「でもおばあちゃんは、もう……あっ」


「……えっ」


 もう、のあとに続く言葉を想像して、奈央は思わず身が震える思いだった。


「それって、もしかして、」

 言いかけて、けれどそれを遮るように、

「あ、うん! 伝えとくね!」

 笑顔で頷いた宮野首に安堵し、奈央は小さく笑い返すのだった。


 そんな二人に、「おーい! まだー?」と矢野が痺れを切らし、両手を大きく降って呼び寄せる。


「行こ、相原さん」

「……うん!」


 奈央は宮野首と共に、シャトルを待つ矢野へと駆けていくのだった。

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