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第5話

  4


「小母さん?」


 奈央がカーテンの隙間から顔を覗かせると、小母は枕をクッション代わりにしてベッドに横たわり、片耳にイヤホンをして、ぼんやりした様子でテレビを眺めているところだった。足には包帯が巻かれ、顔にもいくつか傷跡が見られたが、そちらは擦り傷程度のようで奈央は少しばかり安心した。


「あら、奈央ちゃん!」小母はイヤホンを外し、テレビを消しながら、「ごめんね、私の不注意で不便を掛けちゃって……」


「あ、ううん!」と奈央は首を横に振って答えた。「そんなことより、大丈夫? 骨折したって聞いて、すぐに来たかったんだけど…… ごめんなさい」


 頭を下げる奈央に、小母は「いいのよ、いいのよ!」と言って手を振った。


「それより、もう風邪は大丈夫なの? ちゃんと病院には行った?」


「うん、行ったよ。薬も貰ったし、たぶん、もう大丈夫」


「だからって、あんまり無理したらダメよ? 」そこで、あっと声を上げる。「そんな所に立ってないで、こっちに椅子があるから」


 言われて奈央はカーテンを捲り小母の所まで歩み寄った。その後ろから、おずおずした様子で木村が続く。


「え? あら? あらあらあら!」


 それを見た小母は目を丸くして、奈央と木村を交互に見やる。そんな小母の様子に奈央は何となく恥ずかしく思いつつ、頬を染めながら木村を小母に紹介する。


「えっと……同じ学校に通ってる、木村くん。その……私の……」


 お友達、と言おうとして、それよりも早く小母は口を開いた。


「はじめまして、木村くん。奈央の小母で、相原文子です。奈央がいつもお世話になっております」


 言って頭を下げる小母に、木村は慌てたように深々とお辞儀しながら、

「あ、こ、こちらこそ、あ、相原さん……いや、えっと、奈央さん……? には、い、いつもお世話になってます……!」

 しどろもどろになりながら、木村は顔を真っ赤に染めた。そんな二人の間に立つ奈央もどんな顔をして良いか解らず、曖昧な表情を浮かべることしかできない。


 逆に小母はとても嬉しそうだった。いつも以上の笑顔で木村の姿を眺めている。


「二人は、付き合っているのよね?」


 確かめるように小母に問われ、思わず奈央は木村と顔を見合わせた。頬が紅潮し、曖昧な笑みが零れる。明確に告白された訳ではないし、こちらから告白した訳ではない。けれど、すでにお互いの気持ちは解っていて。


 何となく答えに困っていると、小母は「いいのよ、いいのよ」と笑顔で言った。


「でも、安心した。奈央ちゃん、学校での話をあんまりしてくれないんだもの。もしかしたら上手くいってないのかしらって心配していたんだけど……大丈夫そうね」


 え、と奈央は一瞬、胸が痛んだ。小母がそんなことを気にしていたなんて、初めて知った。思っていた以上に小母が自分を気にかけてくれていた事に、奈央の心は感謝の気持ちと申し訳なさでいっぱいだった。ただそれをどんな言葉で返したらいいか解らず、精一杯の笑顔で「うん」と頷いた。


「あ、そうそう。せめて何か飲み物でも……」


 と、すぐ脇の棚に手を伸ばす小母を、木村は慌てた様子で制止する。


「あぁ、大丈夫です! そんな、気にしないでください! すぐに帰りますんで、おかまいなく……!」


「……そう? 遠慮なんてしなくて良いのよ?」


「て、テスト勉強あるし、すぐ帰りますから……!」


 木村のその言葉に、小母は「あぁ、もうそんな時期なのね」と感慨深げに言う。


「一年って早いわね。もうすぐ夏休みじゃない」と奈央に顔を向け、ふふっと笑いながら、「今年の夏は楽しみね」


 珍しく嘲るように、小母は奈央にそう言った。


 奈央は思わず赤面し、けれどそれを否定はしなかった。木村の方に顔を向ければ、何を想像しているのか、耳まで真っ赤に染め上げた木村が両手で顔を覆っている。何を想像したのか気になるけれど、まあ、いいか、と奈央は小母に顔を戻した。


「……じゃあ、そろそろ帰るね。また明日来るから。何か要るもの、ある?」


「そうね、特にはないかな。来週頭には退院予定だし、大丈夫でしょう。テスト勉強あるなら、わざわざ来なくていいのよ?」


「ううん。私が来たいから」


「そう?」と答えて小母は木村に顔を向ける。「木村くん、ちょっとお願いがあるんだけど、良いかしら?」


 声を掛けられ、木村は居住まいを正しながら、「あ、はい!」と返事する。


「えっと…… なんでしょう?」


「もし良かったらなんだけど、奈央ちゃんを家まで送っていってあげられないかしら。何なら、うちに泊まってくれてもかまわないわ」


「「えっ!」」と奈央と木村 は思わず声を重ねる。


 けれど、小母にはふざけている様子なんて全くなくて。


「……だって不安でしょう?」と小母は眉間に皺を寄せた。「ただでさえ、うちの人帰って来るの遅いのに、夜遅くまで若い女の子が家の中で独りきりとか。その点、木村くんは良い子そうだし、信用できるかなって」


 まあ、初めて会った訳だけど、と小母は笑って付け加えたが、その眼差しは至って真面目そのものだった。


「無理にとは言わないわ。奈央ちゃんの気持ちもあるだろうし、そこは二人で決めて。でも、出来れば私は、奈央ちゃんの傍に居てあげて欲しいの」


 木村はしばらく奈央の顔を見ていたが、そんな木村に奈央はどう答えれば良いか解らなかった。けれど、これまで自身に起きた怪異や昨年のあの変質者の事件を思えば、確かに独りよりは誰かにいて欲しいという気持ちだった。あんな気持ち悪く恐ろしい目に、もう二度と遭いたくはない。


「……はい」


 そんな奈央の隣で、木村は真面目な顔で、頷いた。

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