静寂に包まれた夜にひらひらと雪片が舞い落ちる。漆黒に塗りたくられた空はどこまでも広がり、身を引き裂かんばかりの冷たい風は至る所を吹き抜け、甲高い悲鳴を上げていた。それはまるで彼女自身の心の叫び。けれど彼女は自身の心が悲鳴を上げていることにはまるで気づいていなかった。
肌着一枚、ただそれだけに身を包み、真っ赤に染まった足で暗い夜道をとぼとぼ歩むその姿は痛々しく、けれどそんな彼女を心配し、声を掛けようとする者の姿など何処にもなかった。
長いボサボサの髪。細く頼りない手足。真っ赤に腫れた瞼。
彼女はそんな姿のまま、ただひたすら峠の道を下っていた。
あまりの寒さに彼女は何度か立ち止まり、手をこすり合せた。けれどその温かみもただの一瞬。すぐに氷のような冷たさが舞い戻り、彼女は深いため息とともに再び足を前に踏み出すのだった。
助けを求めようなどという考えなど彼女の中にはなかった。いや、或いはその助けを求めるために峠道を下っているのか。
峠下には一軒の店があり、そこには常に暖と食事が用意されていた。彼女はそれを求めてひとり、この寒い冬空の下を歩き続けていたのである。
やっとの思いで辿り着いた店に入り、彼女はホッと一息吐いた。辺りを見回し、他に客が居ないことを確認してから奥へと進む。カウンターにひとり立つ見慣れた男の姿に、彼女は精一杯の笑顔を向けた。
男は一瞬怯えたような表現を見せたが、しかしすぐに笑顔を浮かべると彼女をカウンターの中へと招き入れた。
寒かったろう、そう言って優しく抱きしめてくれる男の体はとても温かくて――
次に彼女が目を覚ました時、彼女は衣服をまとっていなかった。けれどそれはいつものこと。何も不思議に思うことのない、当たり前のこと。そして目の前には、頭を抱える男がひとり。
彼女は何も言わずに、脇に置かれたパンの袋に手を伸ばした。バリッと袋を開け、一気に口に頬張る。口いっぱいに広がる甘ったるい味に、彼女の顔は綻んだ。あっという間に平らげて、彼女は腹をさする。
まだ、足らなかった。
パン一つでは、全く腹の足しにはならなかった。
彼女は頭を抱える男に寄ると、小首を傾げながら微笑み、言った。
「……ねぇ、もっとちょうだい?」
その言葉に、男の表情が大きく歪む。それは恐怖であり、後悔であり、怒りであり、欲望であり、男は彼女の頭を両手で掴むと――