「そういうわけで、常駐化に向けての準備段階での最終段階。千尋の谷への飛び降り修行を執り行うよ」
「……分かった」
春香ちゃんも鉄身五身を習得したので。
男の子なら普通にやっている、鉄身五身の完全習得に向けての最終試練。
千尋の谷への飛び降り修行を行うため。
千尋の谷がある、
この山の奥に谷があって。
そこに、千尋の谷がある……らしい。
地図を開いて、コンパスを頼りに。
修行者の試練場である、千尋の谷を目指す。
「千尋の谷ってどういうところ?」
一緒に地図と睨めっこしている春香ちゃんが、私にそう訊いて来た。
んー、私も話にしか聞いて無いから、実際に見たことは無いんだけどね。
「昔から、阿比須真拳の修行者たちが挑んで来た場所らしいんだけどね。日本全国に数か所あるんだよ」
谷底へ飛び降りる修行。
その修行場は、日本全国にあって。
無論、阿比須真拳専用の場所じゃない。
ここで絶対のタフネスと、死に際の集中力を身に付けて、世界中の戦場をゆうえんちと呼んで荒らしまくる人間になるんだよね。
で、日本人を嫌われものの民族にすることに一役買うんだ。
全く。
自分のことばっかり。
思う存分戦えればそれで良いんだ?
最低。
死ねばいいのに。
クズが。
「あ、あれじゃない? 花蓮ちゃん」
春香ちゃんが指差した。
見ると、看板があった。
『千尋の谷・飛び降り修行場』
矢印つき。
あと3キロ、かぁ……
現場に着くと、先客がいっぱいいた。
行列が出来てた。
しょうがないので、列の最後尾に並ぶ。
ふとみると、列を整理してる人が居て、そこに現在2時間待ち、ってあった。
「2時間待ちだって」
「すごい人気だね」
お話しながら列に並ぶ。
「そりゃ、死に際の集中力が無いと銃弾を躱せないし」
私たちは六道プリンセスに変身したら自然に使えるようになるけど、本来は死に際の集中力ってすごい能力なんだよ。
これを身に付けるだけで。ボクシングのジャブが止まって見えるようになるから。
だから、こんなに駆け出し
「おじょうちゃんたちも死に際の集中力目当てかい?」
すると、私たちの前に並んでいた格闘士の男の人が、振り返って訊いて来た。
髪の毛をシチサンに分けた、頬のこけたおじさんだったけど。
目付きが異常だった。
狂気を感じた。
「えっと、ちょっと自分たちの流派の修行の一環で参加して来いと言われてて」
なので特に、死に際の集中力を手に入れようとしてません。
そう、答えておく。
「オジサンは死に際の集中力が欲しくてねぇ。恥ずかしながらこの年齢で、どうしても戦場に行きたくなったんだよ。だから……」
脱サラして、昔からの夢だった格闘士になったんだ。
そして死に際の集中力を身に付けて、自分の流派の実力を世界に知らしめたいんだよ。
きっと、この選択に文句を言ってた今年受験の息子たちも、僕を褒めたたえてくれるはずさ……
うっとりとした表情でそんなことを言ったんだ。
私は
……おじさん、家族が泣くから働いた方がいいよ。
奥さんと子供は泣いてるよ。きっと。
この年齢で、まだ独身気分が抜けないで、修行だなんて。
大人になりきれないんだね。
……駄目な大人だ。
夢を追うのも大事だけどさ。
家族を支えて一生懸命働くのも大事なことだと思うよ。
そして。
やっと自分たちの順番が巡って来た。
まず最初に、誓約書を書かされた。
「この修行で命を落としても、一切文句を言いません」という誓約書。
その後、最期の食事としてサービスでお饅頭を1つずつ、貰った。
おまんじゅうを食べ終えて。
私たちは千尋の谷の前に立つ。
……そこは。すごかった。
「……ここから飛び降りるの?」
春香ちゃんがビビりながらそう、呟くように言った。
うん……すごい高さだ。
死に際の集中力が手に入るのも頷けるよね。
だって、谷底が見えないもん。
……下には水が流れているはずだけど……
あまりに高いと、水はコンクリートの固さになるんだよね。
だから……
「鉄身五身が本当に完成してないと……多分死ぬね」
そう、自分に言い聞かせるように言った。
春香ちゃんが、息を飲む。
私の覚悟は決まっていた。
決まっていたけど……
春香ちゃんの方を向いて、言っておいた。
「春香ちゃん……最後は、自分で決めてね」
言っておかないとね。
同調圧力は、ダメだから。
そして私は。
わりとあっさり、踏み超えた。
順番待ちの後の人、まだまだつかえているし。
命綱無しで空中に身を躍らせる私。
あいきゃんふらーい!