『売国太郎議員は、閻魔優子様にワカらせられて以降、すっかり大人しくなりましたね。以前はどこの国の議員だという言動がウザかったですけど』
病院のテレビの中で、コメンテーターがものすごく嬉しそうに発言している。
優子が家出して以降、世間の反応は好意的だった。
内心ウザったくてたまらないと思ってた人間が、委縮して発言しなくなったからだ。
看護婦さんも、雑談で「なんだかんだ言って、4人目の腕力家様って世の中のためになってない?」って言ってるのを聞いたことがある。
次はあいつもワカらせられればいいのに、って喋ってるのも聞いた。
最初さ。
優子が出て行ったことは家族が家を出て行ったことが一番の問題だったけど。
「……これ、不健全だよ」
……春香ちゃんが私の隣で呟いた。
私も同感だ。
こんなのおかしい。
優子の言うことが何から何まで正しいって、そんなわけないじゃない。
それなのに
自分が気に入らない人間が優子に酷い目に遭わされているから、歓迎するって。
それは絶対違うでしょ。
法律を定めている意味無いじゃん。
野生の王国だよ!
……でも。
今の私たちは、優子には勝てない。
春香ちゃんと一緒に力を合わせて戦っても、一撃入れるのが精一杯。
倒せなかったんだ。
だから……修行するしかない。
無いんだけど……
私は左腕を骨折。
春香ちゃんは左足大腿骨の骨折。
腕を吊って、松葉杖をついている私たち。
こんな状態では……修行なんて無理。
どうしたらいいの……?
お姉ちゃんとして、義妹を止めないといけないのに……!
そう思い、責任を感じて沈んでいたら。
大きな人影が私たちに近づいて来た。
そして
「……花蓮。今回は大変だったな。処刑を見物に行ったら、暴れ出した死刑囚に襲われて怪我をしたんだって?」
……私はその力強い声と姿に、ものすごい勇気と希望を貰ったんだ。
それは
大きな青い道着姿の人影。
身長は2メートル近い男の人。
筋肉はついてるけど、ウエイトトレーニングでついた不自然な筋肉じゃない。
積み重ねた
骨格が太くて、彫りの深い顔で。
髪の毛はライオンみたいで、髭を剃っていないので、顔の下半分が真っ黒だった。
その人の名前は……
「お父さん!」
その人は、私のお父さん。
「こんにちははじめまして国生と言います」
春香ちゃんはペコペコし。
「ああ、娘に話は聞いてるよ。ありがとうね」
お父さんは春香ちゃんに微笑みかける。
で。
私に向き直る。
なので私は
「死刑囚の分際でいっちょ前に人権を主張して、暴れてるのが見過ごせなくて。ワカらせてやろうとしたら返り討ちに遭っちゃた」
嘘だけど、本当のことを言うわけにもいかないので。
私たちが怪我をしたのは、阿比須真理愛と戦って負けたからということにしていた。
彼女は妖魔獣になって、
世間的には行方不明。
そして死人に口なしだからまずバレない嘘。
……お父さんゴメンナサイ。嘘吐いてます私。
すると
「……エラくレベルの高い死刑囚だったんだな。シャバで何をやっていた奴だったんだろうか?」
お父さんは顎に手を当て、髭を弄りながら真面目に答えてくれる。
そのせいで私の胸に罪悪感が湧く。うう、ゴメンナサイ。
「で……花蓮はどうしたいんだ? お友達も?」
だけど、お父さんは。
私の嘘八百に、真面目に応えてくれたんだ。
どうしたい?
私たちをボコにした相手に……?
そんなの……
「リベンジ!」
ハモッた。
すると
「よし」
お父さんは私たちに「これを食べなさい」って差し出してきて言ったんだよね。
それは……
黒い饅頭だった。
大きさは肉まんサイズ。
……私はこれを知っていた。
「……人血饅頭」
死刑囚の血液を皮に練り込んで作った肉饅頭。
使っている肉は豚肉のミンチ。
阿比須町の特産品の阿比須豚を使用した肉餡だ。
……阿比須真理愛の前に処刑された2人、無事に人血饅頭になれたんだね。
私は「良かったね」と心で呟き、それを受け取った。
「これが人血饅頭……」
「食べよう。春香ちゃん」
人血饅頭を食べたことが無いのか、ちょっと興奮気味の春香ちゃんに、私はそう呼びかけた。
人血饅頭は処刑が無いと作られないので、あの日みたいな死刑があった日限定のグルメなんだ。
食べると万病に効くので、あっという間に健康体になれる。
春香ちゃんは頷き、私と一緒に
……人間の血液が練り込まれているのに、鉄臭くない。
肉の味も上々。
さすが、死刑囚の肉を食べさせて育てた阿比須豚を使ってるだけあるよ。
「美味しいね」
「ウン」
2人で味を絶賛しながら咀嚼し、飲み込んだ。
すると……
ボコォ、という衝撃があり。
私たちの骨折が完治した。
……万病に効くのだから、負傷にも効くのよね。
要は身体の不調を治すってことだから。
だから私は
包帯を外し、添え木を外しながら言ってしまった。
「すごいね、人体」
「うん、すごいと思う」
こうして。
私たちは全治1~2か月だった大怪我を、わずか数日で完治させてしまったのだった。
「身体が治ったなら次だ」
そしてそんな完治に湧く私たちを待たずに。
お父さんは次のステージを示して来たんだ。
「ド田舎の農村で修行だ」