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第34話 優しいお兄さん

 泣く。

 最悪。


 お母さんに「泣いて誤魔化す女は存在が不愉快だから前歯折って良いわよ」って言われてるのに。

 前歯を折った後に「その前歯の無い顔を鏡で見る度に自分の醜い幼児性を思い出せ」と言ってやりなさい。


 なのに


 ああ、オロオロしてるのが感じ取れる。

 駄目じゃん。


「とりあえず、こっちに来て」


 手を取られ、引っ張られた。




 連れてこられたのは浴室で。


「洗濯は出来る? ここに洗濯機と乾燥機あるから」


 部屋の説明をしてくれる。


「ここは来客用の入浴と洗濯部屋のひとつだから。遠慮しなくて良いからね」


 そしてそう言われた。

 声に私を気遣う気持ちが籠っていた。


 ……聞いてないけど、言葉の内容から推理すると天野先輩のお兄さんだよね。

 優しいよぉ……


 1通り説明した後。

 お兄さんは部屋を出て行こうとした。


 私はそこで自分のことを言ってないことに気づき


「すみません! 私、閻魔と言います! 天野祈里先輩に誘われて今日お招きいただいたんですが、ご迷惑掛けて申し訳ありません!」


 ……天野先輩に連絡しないと。トイレ行ったままあの子戻ってこないわ。何をしてるのかしら?

 こう、思われてしまうから。




「分かった。祈里にキミがちょっと不都合が起きて別室で入浴してるって祈里に伝えておくよ」


 部屋を出る前に、お兄さんは理解してくれて。

 出て行ってしまった。


「ありがとうございます!」


 何かしてもらったらお礼を言わないといけない。

 お兄さんが出ていく直前、ギリ間に合った。

 私はそれだけは安堵した。


 パタン、と部屋のドアが閉じられた後。


 私はいそいそと制服を脱いだ。


 おしっこで濡れたパンツとスカートを脱ぎ、色々やって洗濯機に入れた。

 上は無事だったから、別の場所に避難させる。


 ……私だって洗濯くらい出来る。

 夏休みに山籠もりするのが常態化してたんだ。

 当然だよ。


 山籠もり中は、洗濯料理を自分でしないといけないんだし。

 飛騨の山の麓には、銭湯とコインランドリーがあるんだよね。


 でも、自分でその作業をしながら


 とても情けない気分になる。

 トイレ行きたくなったら、すぐに行けば良かったのに。

 ギリギリまで我慢して、このざまだ。


 ……幼児じゃん。情けない。


 ええと……この来客用洗濯機、全自動なんだ……。

 洗剤も自動投入……すごい。


 これがお金持ち……


 乾燥機は別で、これかぁ……


 自分の背後にある緑色のボックスを見て「乾燥機って起動させると電気代が高いんだよね」ふと、そういうことを思い出した。

 お母さんが「電気代勿体ないけど、夫婦共働きのウチには乾燥機は必須だからね」と言ってたんだよね。


 ……申し訳ないけど、使わないと洗濯したパンツとスカート、また穿けないし。

 私はパンツ脱いで身に付けているのはブラだけというわけの分からない格好で、そのやんないといけないことをやっていた。


 で。


 洗濯機をスタート。


 私はブラをとって、すっぽんぽんで浴室に入った。


 来客用だからかな。

 多分、それも一見さんか親しくない来客用だね。


 広さは私の家のお風呂より少し広い。

 湯船は床と一体化してるタイプ。

 ごく一般的なやつだ。


 後で調べたんだけど、こういうのストレートラインって言うらしいね。


 ……浴槽は今は空。

 当然だね。


 だって使ってないはずだし。性格上。


 お風呂に入るには、浴槽にお湯を溜めないといけないけど……


 それ、絶対に勿体ない。


 だとしたら、シャワーかな。


 ……大体。おしっこで汚れた部分だけ洗えればいいんだし。

 シャワーでしょ。


 なので


 シャワーッと、シャワーからお湯を出した。

 浴びる。


 特に下半身を念入りに洗った。

 そのために連れて来てもらったんだし。


 そして。


 シャワーを浴びて浴室の外に出たら。


 ……まだ洗濯が終わっていなかった。


 着替えが無い……


 仕方ないな。

 私は浴室の戸を閉め、洗濯が終わるまで浴室内で待つことにした。


 ……一瞬、浴槽にお湯を溜めて入ることを考えたけど。


 やっぱりそれは勿体ない。

 私は浴室内で、裸で洗濯が終わるのを待った。


 そこで。

 ここに連れて来てくれたお兄さんのことを思い出してしまった。

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