ギャア、ギャア、ギャア!
木の枝から黒い影が飛び立ち、身体がビクン、と跳ねた。
「帰りたいよぅ……」
暗い森の中。その場で、ぐるりと一周まわってみても、近くにある木と草しか見えない。あとは、深い闇が広がっている。
闇の中に、黄緑色に光るものが二つ見えた。動いているので、生き物なのだろう。
カサッ
音がした方に目をやると、赤い実をつけた低木が揺れている。
ガサッ、ガサガサッ
「うわあっ!」
弾かれるように走り出した。
もう、どちらの方向から来たのか分からない。どこに向かえばいいのかも分からない。走っても、走っても、同じ景色が続いている。
このまま、森から出られないのかも知れない。そう思うと、呼吸をするのが苦しくなった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ! 怖いよぉ! お母さぁん!」
その時、ふと気がついた。後ろから、足音が近づいて来ている。自分以外にも人がいるのかも知れない。
立ち止まって、振り向く。
「誰……? お母さん……?」
暗がりに目を凝らすと、細長くて大きな影が揺れている。やはり、誰かがいる。
静かに見ていると、影は一つ、また一つと増えて行った。一人ではない。たくさんいる——。
「ぐう、ううう……」
男性の唸り声のようなものが聞こえた。
——お母さんじゃない……!
また走り出した。アレに捕まってはいけない、そんな気がしたからだ。木の枝が腕に当たっても、草に脚が引っかかっても、走り続ける。
しばらく走ると、急に視界が開けた。森を抜けたようだ。
暗い空に、薄い雲のかかった三日月が見える。
ザザァ、と波の音が聞こえる。
地面の端まで行くと、下の方には真っ暗な海が見えた。大きな波が岩にぶつかって、水飛沫が飛んでくる。崖の上にいるようだ。
「ここは、どこ……?」
全く知らない場所だ。周囲を見まわしていると、また男性の呻き声が聞こえた。
「き、来た……! どうしよう、どこかに隠れなきゃ」
崖に沿って歩き、海に落ちないように気をつけながら、細い下り坂を進む。何度も上を確認するが、何かが追いかけてくる様子はなかった。もう諦めてくれたのだろうか。
しばらくの間、下り坂を歩くと、広くなっている場所に辿り着いた。
奥の方には洞穴がある。そっと近づいて中を覗くと、石で造られた祠が見えた。
「行き止まりだ……。どうしよう」
このまま留まっていても、何かが追いかけてきた時は逃げ場がない。
じっと崖の上を見つめる。
「もう、いないよね……?」
静かに、ゆっくりと坂を上った。恐ろしいものがいる森の中には入らずに、人がいる場所まで行きたい。
坂を上り切って、そっと周囲を見まわす。
——何もいない。今のうちに……。
森の中を気にしながら走り出した。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。家族と一緒に夕食を食べて、風呂に入って、自分のベッドで眠ったはずだ。
考えていると、視界に水の膜が張ってくる。拭っても、またすぐに景色が滲んで見えなくなる。
早く誰かがいる所へ。静かにしないと見つかってしまう、そう思いながらも、焦ってしまう。いつの間にか、足音を気にしなくなっていた。嗚咽が漏れるのを止められない。その時——。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ
後ろから、たくさんの足音が聞こえた。
「はぁっ! 嫌だ! 来ないで……来ないでよぉっ! あっ!」
何かに躓いて身体が宙に浮き、地面に叩きつけられた。
「うぅっ、痛……」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ
足音が、どんどん近づいて来る。
本当は振り向きたくないけれど、ゆっくりと後ろを向いた。
「ひっ!」
甲冑を身に纏った男が大勢いた。
頭に矢が刺さっている者。
片方の目玉が飛び出している者。
真っ黒な眼窩で目玉がない者もいる。
ガクガクと震えながら歩く者。
黒ずんだ顔の所々に、白い骨が見えた。
奥にいる男は両腕がない。
腹に刀が刺さっている男が走って来る。
「こ、来ないで! うわぁああぁああああ!」
男が自分の腹から刀を抜き、振り上げた——。