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第33話

「えぇ。紅凛さんも視たでしょう? あの子供たちは所々、崩れている部分があった。死んでから時間が経ち過ぎているので、形が保てなくなっているんです。今は、土地神の力で守られているから、何とか形を保っていますが、その神の力が消えてしまったら、子供たちはどうなると思いますか? もう自力で成仏する力はないので、そんなに時間を置かずに、消えてしまうでしょう」


「そんなのダメ!」


「だから、紅凛さんの力で成仏させるんですよ。あなたは強い霊力を持っているのですから、力の使い方さえ分かれば、成仏させられるはずです」


「でも、もし失敗したら……」


「私がやれば、確実にあの子たちを消してしまいます。私は祓うのが専門ですからね。もちろん一ノ瀬さんも、力を使って成仏させることはできません。そして放って置けば、どちらにしても、あの子たちは消えてしまう。まだ子供のあなたに、厳しいことを言っているのかも知れませんが、子供たちを消したくなければ、あなたがやるしかないんですよ」


「っ……!」


 怯えたような表情で震えている紅凛を、白榮が抱きしめた。


「でも、本当に紅凛に、そんなことができるんでしょうか」


「私はできると思っています。紅凛さんは私と同じくらいの霊力を持っていますからね」


「御澄宮司と、同じくらい……?」


「えぇ。一ノ瀬さんは分かりますよね?」


 御澄宮司はこちらへ目を向ける。


「はい。二人とも、僕なんかとは比べ物にならないくらい、強いです」


「そ、そうだったんですね……」


 白榮はまだ戸惑っている様子で、紅凛を見つめた。


 ——そうか。白榮さんは、他人の霊力の強さを感じ取ることができないんだ……。


「紅凛ちゃんには誰が教えるんですか? 御澄宮司ですか?」


「さすがに巫女舞は教えられないので、私の神社から人を呼ぶつもりです。でも、ここで練習をすると土地神に気付かれますから、そうですねぇ……。練習は隣町でしてもらって、三日後に戻って来てもらいましょうか」


「巫女舞って、たった三日で、できるようになるものなんですか? 僕は覚えられる気がしないんですけど……」


「舞自体は、大体の動きができていれば、上手い下手は関係ないんですよ。力の使い方さえ理解できればいいんです。一ノ瀬さんも、教えてもらっていないのに、女の子の記憶を視たりしたでしょう? コツさえ掴めば、できるようになるものなんですよ」


「そういうものなんですかね……」


 僕たちの会話を気にしている様子の紅凛と白榮は、不安げな表情をしている。しかしやらなければ御澄宮司が言った通り、子供たちは成仏することができずに、そのまま消えてしまう運命だ。紅凛に頑張ってもらうしかない。


「紅凛ちゃん。きっとできるよ、大丈夫。だって紅凛ちゃんは、僕よりも強いんだからさ」


 笑顔を作ると、紅凛が泣きそうな顔をして飛びついて来た。


「蒼汰くんも一緒に来てよ。蒼汰くんも一緒だったら、頑張る」


 ——やっぱり不安だよな……。


 おそらく紅凛はまだ、ほとんどこの村から出たことがないのだろう。それなのに知らない大人と隣町に行き、霊力の使い方を学ぶのだ。しかも、子供たちが消えてしまうか、成仏できるかは、紅凛が力の使い方を習得できるかどうかにかかっている。


 僕が紅凛の立場なら、責任の重さに耐えきれずに、逃げ出したくなるだろう。


「ダメですよ。一ノ瀬さんは三日間、しっかり食べてしっかり寝てもらいます。そうでないと、命の保証ができませんからね。体調が万全でない場合は、この話はなかったことにします。そうなると土地神を止めることができなくなって、村の人たちは命を落とすことになるかも知れませんね」


 御澄宮司は穏やかな口調で話しているのに、なぜか威圧感がある。いつにも増して、冷たい目をしているような気がした。


 ちらりと下へ目をやると、紅凛は顔だけを御澄宮司の方へ向けて、彼を睨みつけている。


「あ、紅凛ちゃん。御澄宮司の神社の人たちもすごい人たちだから、きっと色んなことを教えてくれるよ。そうしたら、子供たちをちゃんと成仏させてあげられるし、紅凛ちゃん自身を守ることもできると思うんだ。練習をしていたら、三日って、あっという間だよ? とりあえず、やってみない?」


「……」


「紅凛ちゃんの巫女舞、見てみたいなぁ」


「…………うん」


 一応返事はしたが、まだ眉尻が下がっている。


 ——まぁ、不安な気持ちはそう簡単には消えないよな……。


「紅凛」白榮が紅凛の頭を撫でる。


「母さんにも一緒に行ってもらうから、大丈夫だ。一ノ瀬さんは休ませてあげないと、本当に倒れてしまうよ。今も白い顔をしているじゃないか。紅凛も、一ノ瀬さんが倒れたら、嫌だろう?」


「うん。それはいや……」


「じゃあ、休ませてあげよう」


「うん……」


 携帯電話で誰かと話をしていた御澄宮司が、振り返った。


「白榮さん。夕方には、私の神社の者が迎えに来ます。準備をお願いできますか?」


「はい、分かりました。紅凛、家に帰ろうか」


 白榮に手を引かれて、紅凛は去って行った。何度も振り向いて不安げな目を向けてくる紅凛を見ていると、つい「やめて良い」と言いそうになってしまうが、ぐっと我慢した。


「では一ノ瀬さん。私たちも、金子さんの家へ戻りましょう。もう一度、しっかりと段取りを考えておきたいですし、一ノ瀬さんは寝ないといけませんからね」


「はい。何とかなるかも知れない、と思ったら、眠くなってきました」


「かなり力を使ったはずですから、そのせいで眠いのもあると思いますよ」


「そうなんですね。少しでも回復するように寝ますけど、紅凛ちゃんが村を出る時は、起こしてもらってもいいですか? 見送りはしたいので」


「……まぁ、いいでしょう」


 そんな話をしながら、金子の家へ向かった。




 その日の夕方——。


 御澄宮司と一緒に神社へ行くと、真っ黒な高級車が二台、停まっていた。車の前には、黒いスーツを着た大人が五人、背筋を伸ばして立っている。


「すまないね、急がせてしまって」


 御澄宮司がそう言って胸の辺りまで手を挙げると、全員が四十五度くらいの角度で、すっと頭を下げた。


 ——やっぱり御澄宮司って、すごい人なんだよな。


 こういう場面を目にすると、改めて考えてしまう。


 ——御澄宮司は、僕の力が特殊だから使いたかった、と言っていたけど、やっぱり、この人たちの方が役に立ちそうなんだけど。


 男性が二人と、女性が三人。こうして近くにいると、僕の倍ほどは霊力があるのが分かる。使える力の種類が違うとはいっても、どうして僕なんかを連れて来たのか、とまた考えてしまう。


 御澄宮司と神社の人たちが話をしているのを聞いていると、紅凛と両親がやって来た。


 白榮は村に残り、紅凛と母親が二人で隣町へ向かうようだ。


「蒼汰くん……」


 走って来て飛びついた紅凛は、午前中よりも、もっと元気がなくなっているように思える。黒服の大人が五人もいるので、怖くなってしまったのだろうか。


 白榮の横にいる紅凛の母親も、不安げな表情をしている。


「大丈夫だよ、紅凛ちゃん。みんな優しい人だからさ。もちろん子供たちのために学びに行くんだけど、紅凛ちゃんの巫女舞、楽しみにしてるね」


「うん……」


 紅凛は今にも泣き出しそうな顔で小さく手を振り、車に乗り込んだ。


「大丈夫ですかね、紅凛ちゃん……」


「一応、子供の扱いに慣れている者を呼んでおいたので、大丈夫でしょう。それにあの子は、子供たちを成仏させてやりたいはずですから、稽古が始まれば、ちゃんとやると思いますよ」


「そうだといいんですけどね……」


 一緒に行くことができない僕は、紅凛を信じて、去って行く車を見つめるしかなかった——。


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