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第31話

 白榮を捜しながら歩いていると、村の集会所の前に数人が集まっているのが見えた。


「金子さんたちもいますね。できれば白榮さんが、一人の時に話を訊きたかったのですが……。でもまぁ、悠長なことは言っていられないので、行きましょうか」


 御澄宮司が言うと、紅凛が繋いでいる手に力を入れた。表情も強張っている。


「大丈夫だよ、僕も御澄宮司もいるから」


「うん……」


 本当は、かなり腹が立っている。村の人たちを前にすると、なぜ紅凛を閉じ込めていたのか、と怒鳴ってやりたい気分になるが、とりあえず、先に話をしなければならない。


 ——神様の世話をするためって言っていたよな。会えないのに世話をするって、どうやってするんだろう?


 集会所に近付くと、集まっていた人たちは、驚いたような顔をしてこちらを向いた。


 金子は一気に顔が青白くなり、明らかに動揺しているのが分かる。僕たちと村の人たちを交互に見て、後退りをした。今にも逃げ出しそうだ。


 村の人たちの前まで行って立ち止まった御澄宮司は、腕組みをした。


「皆さん、随分と驚いたような顔をされていますね。閉じ込めていたはずの紅凛さんが、ここにいるからですか?」


 御澄宮司が首を横に傾けると、村の人たちは視線を逸らした。


 僕と紅凛は、御澄宮司の斜め後ろにいる。彼の表情は見えないが、怒っているのは分かった。いつも通りの穏やかな口調でも、声が低くて威圧感がある。


「重要なことは話さずに、ただ災いを退けてくれだなんて、都合が良過ぎると思いませんでしたか? 最初から話していただけていたら、こんなに時間はかからなかったと思うのですが。ねぇ? 金子さん」


 名前を挙げられた金子は苦い顔をした。


「げ、原因が……まだ、分からなかったので」


「依頼を受けた時に、どんな些細なことでも良いので、教えていただきたい、と申し上げたはずですが」


「そう、ですが。でもっ」


 金子は額に汗を滲ませて、慌てふためいている。


「言いづらいなら私が言いましょうか? この村では、子供が殺されていますよね。村の人たちの手によって、何人も!」


「そっ、それは、ですね……ええと」


 ——やっぱり、金子さんじゃ話にならないな。


 どう考えても、もう僕たちに知られていると分かるはずなのに、まだ誤魔化そうとしているようだ。


「……それは、一ノ瀬さんが視たんですか?」


 白榮がゆっくりと一歩、こちらへ近付く。やはり僕の力に興味があるようだ。


 僕が御澄宮司に目をやると、彼も僕を見て、軽く頷いた。


「そうです。僕が視ました」


「この村で起こっている恐ろしいことの原因も、もう分かっているんですか?」


「まぁ、大体は……」


「教えてください! どうしたら終わらせることができるんですか?」


 ——本当は、紅凛ちゃんを閉じ込めていたことについて訊きたいけど、先に歌だよな。歌の意味が分からないと、神様の方の問題が解決できない。


「その前に、あの歌のことを教えてください。赤い花を神様にあげるという、わらべ歌のことです」


「あの歌は……。それは、解決するために必要なんですか?」


「はい。僕はもう歌詞を全部知っています。それに、巫女さんの格好をした女の子が匣を持っていて、子供たちが歌いながら、匣の中に赤い椿の花を入れて行くところも視ました。でも、歌詞の意味が分からなくて……。もう隠さずに、全部教えてもらえませんか?」


「歌のことを知りたいということは……村の人たちを殺したのは、神様だってことですか?」


「僕たちは、そう考えています」


「……信じたくなかったのですが……そうですか。……分かりました、全部話します」


「ちょっと、白榮さん!」村のお年寄りが止めた。


「みんなの気持ちは分かる。でも、兄貴たちを殺したのは、神様なんだ。きっと怒っているんだよ、昔からやってきた、愚かな行いを……。もう私たちの代で終わりにしよう。それとも、全員が死に絶えるまで続けるのか?」


 振り返った白榮が言うと、村の人たちは俯いた。


「このまま宮司さんたちを返したら、きっと全員が死ぬことになる。分かるだろう? 全部話して、終わらせてもらった方がいい」


 今度は誰も声を上げなかった。


 再びこちらを向いた白榮は、まるで憑き物が落ちたかのような、穏やかな顔をしている。


「あの歌に出てくる花は、一ノ瀬さんが言ったように、椿の花のことです。赤い花は女の子。白い花は男の子……」


「えっ」思わず声が出た。


「あの歌って、赤い花は神様にあげるけど、白い花はちぎって捨てましょう、みたいな歌詞がありましたよね? なんか……随分と残酷な歌ですね」


「そうですよ。こうして口に出すと、本当に酷い歌ですよ。それなのに、子供たちに歌わせるなんて……。私の父は、穢れた歌だから歌うな、とよく言っていました。それから『雨がなくともおどりはならぬ、花がなくともおうたはならぬ』は雨が降らなくても、作物が育たなくても、巫女舞をするなという意味です」


「巫女舞をするな? どうして——」


 その時。横にいる御澄宮司が、チッ、と小さく舌打ちをしたのが聞こえた。


「なんとなく、そうではないかと思っていましたが……やはりこの災いは、あなた達が招いたことですよ。こんな依頼、受けるんじゃなかった……!」


 声を大きくした御澄宮司は、鋭い目つきで村の人たちを見ている。


「御澄宮司、どういう意味ですか?」


 僕が訊くと御澄宮司は、大きく一度だけ深呼吸をした。


「もう一つ、はっきりとしていなかったことがあるでしょう? 子供たちが殺された、その理由ですよ。おそらく昔は、霊力が高い巫女の舞で神に願いを届けていたのだと思いますが、いつしか巫女舞をやめ、その代わりに、子供たちを生贄にしたんです」


 ——そういえば、そうだ。


 女の子が生きたまま埋められた、という事実に衝撃を受けて、そこで考えるのを止めていた。


「あの子たちは……生贄にされた子供たちだったんですか? 巫女舞をすれば済むことなのに? そんなの、なんの意味もなく、ただ殺されただけってことになるじゃないですか」


 悲しげな子供たちの姿が、脳裏によみがえった。


 まだ幼い子ばかりだった。隣にいる紅凛よりも小さくて、まともに会話ができないくらいの年齢の子もいた。あの子たちは自分が殺されたことも、理解できていないだろう。


「なんでそんなことを!」


 思わず奥歯を、ぐっと噛み締めると、また目の奥に鋭い痛みが走った。


 ——あれ……?


「ちょっと待ってください。紅凛ちゃんが閉じ込められていた理由って、まさか……生贄にする、ため……?」


 村の人たちは黙ったままで、俯いている。


「やっぱり……」紅凛が、ぼそりと呟いた。


「やっぱりって……。もしかして、気付いてたの?」


「分かるよ……。だって、私と同じ、白い着物を着ていた子がいたもん。神様のお世話って言われたけど、あの子たちが殺されたんだったら、同じ格好をしている私も、殺されるってことでしょ?」


「紅凛ちゃん……」


 繋いでいる手が、微かに震えていることに気が付いて、抱きしめずにはいられなかった。まだ八歳の女の子が、殺されるかも知れないと分かっていて、ずっと耐えていたのだ。


 ——そんな状況になったら、大人だって、気が狂いそうなくらい怯えるはずなのに……。


「頑張ったね、紅凛ちゃん。もう、大丈夫だからね」


「うん」紅凛が頷くと、首筋に水滴が落ちてきた。


 声を押し殺して泣いているのが分かる。神社の中では声を上げて泣いていたが、ここは紅凛が、本当の自分を出せる場所ではないのだろう。




「遅くなってごめんな、紅凛」


 そう言いながら、白榮が近付いて来た。


「遅くなったって、どういうことですか?」


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