白榮を捜しながら歩いていると、村の集会所の前に数人が集まっているのが見えた。
「金子さんたちもいますね。できれば白榮さんが、一人の時に話を訊きたかったのですが……。でもまぁ、悠長なことは言っていられないので、行きましょうか」
御澄宮司が言うと、紅凛が繋いでいる手に力を入れた。表情も強張っている。
「大丈夫だよ、僕も御澄宮司もいるから」
「うん……」
本当は、かなり腹が立っている。村の人たちを前にすると、なぜ紅凛を閉じ込めていたのか、と怒鳴ってやりたい気分になるが、とりあえず、先に話をしなければならない。
——神様の世話をするためって言っていたよな。会えないのに世話をするって、どうやってするんだろう?
集会所に近付くと、集まっていた人たちは、驚いたような顔をしてこちらを向いた。
金子は一気に顔が青白くなり、明らかに動揺しているのが分かる。僕たちと村の人たちを交互に見て、後退りをした。今にも逃げ出しそうだ。
村の人たちの前まで行って立ち止まった御澄宮司は、腕組みをした。
「皆さん、随分と驚いたような顔をされていますね。閉じ込めていたはずの紅凛さんが、ここにいるからですか?」
御澄宮司が首を横に傾けると、村の人たちは視線を逸らした。
僕と紅凛は、御澄宮司の斜め後ろにいる。彼の表情は見えないが、怒っているのは分かった。いつも通りの穏やかな口調でも、声が低くて威圧感がある。
「重要なことは話さずに、ただ災いを退けてくれだなんて、都合が良過ぎると思いませんでしたか? 最初から話していただけていたら、こんなに時間はかからなかったと思うのですが。ねぇ? 金子さん」
名前を挙げられた金子は苦い顔をした。
「げ、原因が……まだ、分からなかったので」
「依頼を受けた時に、どんな些細なことでも良いので、教えていただきたい、と申し上げたはずですが」
「そう、ですが。でもっ」
金子は額に汗を滲ませて、慌てふためいている。
「言いづらいなら私が言いましょうか? この村では、子供が殺されていますよね。村の人たちの手によって、何人も!」
「そっ、それは、ですね……ええと」
——やっぱり、金子さんじゃ話にならないな。
どう考えても、もう僕たちに知られていると分かるはずなのに、まだ誤魔化そうとしているようだ。
「……それは、一ノ瀬さんが視たんですか?」
白榮がゆっくりと一歩、こちらへ近付く。やはり僕の力に興味があるようだ。
僕が御澄宮司に目をやると、彼も僕を見て、軽く頷いた。
「そうです。僕が視ました」
「この村で起こっている恐ろしいことの原因も、もう分かっているんですか?」
「まぁ、大体は……」
「教えてください! どうしたら終わらせることができるんですか?」
——本当は、紅凛ちゃんを閉じ込めていたことについて訊きたいけど、先に歌だよな。歌の意味が分からないと、神様の方の問題が解決できない。
「その前に、あの歌のことを教えてください。赤い花を神様にあげるという、わらべ歌のことです」
「あの歌は……。それは、解決するために必要なんですか?」
「はい。僕はもう歌詞を全部知っています。それに、巫女さんの格好をした女の子が匣を持っていて、子供たちが歌いながら、匣の中に赤い椿の花を入れて行くところも視ました。でも、歌詞の意味が分からなくて……。もう隠さずに、全部教えてもらえませんか?」
「歌のことを知りたいということは……村の人たちを殺したのは、神様だってことですか?」
「僕たちは、そう考えています」
「……信じたくなかったのですが……そうですか。……分かりました、全部話します」
「ちょっと、白榮さん!」村のお年寄りが止めた。
「みんなの気持ちは分かる。でも、兄貴たちを殺したのは、神様なんだ。きっと怒っているんだよ、昔からやってきた、愚かな行いを……。もう私たちの代で終わりにしよう。それとも、全員が死に絶えるまで続けるのか?」
振り返った白榮が言うと、村の人たちは俯いた。
「このまま宮司さんたちを返したら、きっと全員が死ぬことになる。分かるだろう? 全部話して、終わらせてもらった方がいい」
今度は誰も声を上げなかった。
再びこちらを向いた白榮は、まるで憑き物が落ちたかのような、穏やかな顔をしている。
「あの歌に出てくる花は、一ノ瀬さんが言ったように、椿の花のことです。赤い花は女の子。白い花は男の子……」
「えっ」思わず声が出た。
「あの歌って、赤い花は神様にあげるけど、白い花はちぎって捨てましょう、みたいな歌詞がありましたよね? なんか……随分と残酷な歌ですね」
「そうですよ。こうして口に出すと、本当に酷い歌ですよ。それなのに、子供たちに歌わせるなんて……。私の父は、穢れた歌だから歌うな、とよく言っていました。それから『雨がなくともおどりはならぬ、花がなくともおうたはならぬ』は雨が降らなくても、作物が育たなくても、巫女舞をするなという意味です」
「巫女舞をするな? どうして——」
その時。横にいる御澄宮司が、チッ、と小さく舌打ちをしたのが聞こえた。
「なんとなく、そうではないかと思っていましたが……やはりこの災いは、あなた達が招いたことですよ。こんな依頼、受けるんじゃなかった……!」
声を大きくした御澄宮司は、鋭い目つきで村の人たちを見ている。
「御澄宮司、どういう意味ですか?」
僕が訊くと御澄宮司は、大きく一度だけ深呼吸をした。
「もう一つ、はっきりとしていなかったことがあるでしょう? 子供たちが殺された、その理由ですよ。おそらく昔は、霊力が高い巫女の舞で神に願いを届けていたのだと思いますが、いつしか巫女舞をやめ、その代わりに、子供たちを生贄にしたんです」
——そういえば、そうだ。
女の子が生きたまま埋められた、という事実に衝撃を受けて、そこで考えるのを止めていた。
「あの子たちは……生贄にされた子供たちだったんですか? 巫女舞をすれば済むことなのに? そんなの、なんの意味もなく、ただ殺されただけってことになるじゃないですか」
悲しげな子供たちの姿が、脳裏によみがえった。
まだ幼い子ばかりだった。隣にいる紅凛よりも小さくて、まともに会話ができないくらいの年齢の子もいた。あの子たちは自分が殺されたことも、理解できていないだろう。
「なんでそんなことを!」
思わず奥歯を、ぐっと噛み締めると、また目の奥に鋭い痛みが走った。
——あれ……?
「ちょっと待ってください。紅凛ちゃんが閉じ込められていた理由って、まさか……生贄にする、ため……?」
村の人たちは黙ったままで、俯いている。
「やっぱり……」紅凛が、ぼそりと呟いた。
「やっぱりって……。もしかして、気付いてたの?」
「分かるよ……。だって、私と同じ、白い着物を着ていた子がいたもん。神様のお世話って言われたけど、あの子たちが殺されたんだったら、同じ格好をしている私も、殺されるってことでしょ?」
「紅凛ちゃん……」
繋いでいる手が、微かに震えていることに気が付いて、抱きしめずにはいられなかった。まだ八歳の女の子が、殺されるかも知れないと分かっていて、ずっと耐えていたのだ。
——そんな状況になったら、大人だって、気が狂いそうなくらい怯えるはずなのに……。
「頑張ったね、紅凛ちゃん。もう、大丈夫だからね」
「うん」紅凛が頷くと、首筋に水滴が落ちてきた。
声を押し殺して泣いているのが分かる。神社の中では声を上げて泣いていたが、ここは紅凛が、本当の自分を出せる場所ではないのだろう。
「遅くなってごめんな、紅凛」
そう言いながら、白榮が近付いて来た。
「遅くなったって、どういうことですか?」