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第30話

「言っておかないといけないこと? 何ですか?」


「あの……。本当に、すみません……。実は昨夜、一ノ瀬さんが土地神と繋がってしまったのは、私のせいなんです」


 上着のポケットから出した、紫色の布を御澄宮司が開くと、親指の先くらいの大きさの、赤い欠片が出てきた。端の方には、黒と金色の模様がある。


「これって、本殿の中にあった、櫛ですか?」


「そうです……。この櫛には、祀られていたものの気配が残っていたので、一ノ瀬さんなら何かが視えるかも知れない、と思ったんです。それで、一ノ瀬さんが眠った後に、これを枕元に……置いたんです……」


「ひどい!」紅凛が叫んだ。


「蒼汰くんが大変なことになるって、分かってたでしょ! 何でそんなことするの⁉︎」


「あ、紅凛ちゃん。僕は大丈夫だから」


「大丈夫じゃないよ! さっきみたいに、いっぱい血が出たんでしょ? 死んじゃってたかも知れないんだよ⁉︎」


「そうだね。でも、そうならないように、ずっと僕のことを見ていたんでしょう? 御澄宮司」


 問いかけると彼は俯いて、小さな声で「はい……」と答えた。


「怒らないんですか? 私のせいであんなことになって……。実を言うと、かなり焦ったんです。まさか、土地神と繋がってしまうなんて思わなくて……」


「あー……。なんか、違和感はあったんですよね。最初、女の子が歌っている夢を視た時、なぜかすぐに気付いて襖を開けたし。神様を視た時も、僕の部屋にいて、顔を覗き込んでいたみたいだし。すごい遅い時間だったのに、何で起きてたのかなって、不思議に思ったんです。だから怒ると言うよりは、なるほどなぁ、という感じです」


「すみません……。これ以上長引くと、村が全滅してしまうと思ったんです。土砂崩れでは被害者は出ませんでしたが、体調を崩す人が急激に増えていて、その人たちは赤い靄に纏わりつかれている状態です。何とか、情報が欲しくて……」


「そうだったんですね。まぁ先に教えておいてほしかったですけど——仕方ないと思っています。視るのが僕の仕事ですから。それに僕も、御澄宮司に謝らないといけないことがあるんです」


「私に……ですか?」


「僕はずっと、御澄宮司が何か、悪いことをしようとしているんじゃないか、と疑っていたんです」


「え、何でそんなことに?」


「この村に来てから、やたらと僕のことを、じっと見つめていたじゃないですか。何だか様子がおかしいと思い始めたら、段々と、怖くなっちゃって。それで、もしかしたら視えない『何か』の仕業じゃなくて、御澄宮司が悪いことをしているのかも……とか、思ってしまったんですよ。すみません」


「あぁ、そうか……。たしかに、見ていましたけど、一ノ瀬さんから紅凛さんの霊力を感じたので、気になっていただけなんです。紅凛さんが敵なのか味方なのか分からなかったので、早く正体が知りたくて。もし味方なら、少しでも何か情報を聞きたかったですし」


「それなら、訊いてもらったらよかったのに」


「でも一ノ瀬さんは、紅凛さんのことを隠したいような感じだったでしょう? だから、訊かない方がいいのかなと思ったんです」


「そういえばそうですね。隠してました。僕、紅凛ちゃんのことも勘違いしていて」


「私?」紅凛が目を大きくした。


「そう。紅凛ちゃんが「誰にも言わないで」って言ったじゃない? 着物を着ていたし、習い事か何かをサボって、ここに隠れているのかと思っていたんだ」


「えぇっ、違うよ?」


「そうだよね。閉じ込められていた地下室から、抜け出してきていただけだったんだよね。それなのに、サボっているのがバレて、怒られたら可哀想だから、とか思っていたんだ。なんか僕、色々と勘違いをしていたんだよな……。それがなかったら、もう少し早く、この状況まで辿り着けていたのかも」


 見当違いなことばかり考えていた自分が恥ずかしい。


「いえ、私もきちんと話せばよかったです。それに、一ノ瀬さんが子供たちを呼んでくれたから、紅凛さんも私と話をしてくれましたけど、そうでなかったら、話してくれなかったと思うので」


 御澄宮司が言うと、紅凛は大きく二回頷いた。


「でも、私がみんなと話したいって言ったせいで、蒼汰くんの目が……」


 紅凛が僕の頬に触れた。


「あぁこれは、昨夜血が出たせいで、傷ついていた部分からまた血が出ただけだと思うよ。神様の力って怖いよね。それに、子供たちから話を聞けたおかげで、神様が怒っている理由も分かったんだ。話してくれて、ありがとう」


 僕が頭を撫でると、紅凛はまた一瞬、泣き出しそうな顔をした。


 ——これがトラウマにならないといいけどな……。


 僕が目から血を流して苦しむ姿を見たのだ。小学二年生には刺激が強かっただろう。しかも、それが自分のせいだなんて思わないでほしい。


「では、白榮さんのところへ行きましょうか」


 御澄宮司が障子を開くと、薄暗かった部屋の中が少し明るくなった。それだけのことでも、目の奥がズキズキと痛む。


 ——でも、今はそれどころじゃない。


「紅凛ちゃん、行こう」


 僕は不安げな表情をしている紅凛の手を取り、歩き出した——。


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