「言っておかないといけないこと? 何ですか?」
「あの……。本当に、すみません……。実は昨夜、一ノ瀬さんが土地神と繋がってしまったのは、私のせいなんです」
上着のポケットから出した、紫色の布を御澄宮司が開くと、親指の先くらいの大きさの、赤い欠片が出てきた。端の方には、黒と金色の模様がある。
「これって、本殿の中にあった、櫛ですか?」
「そうです……。この櫛には、祀られていたものの気配が残っていたので、一ノ瀬さんなら何かが視えるかも知れない、と思ったんです。それで、一ノ瀬さんが眠った後に、これを枕元に……置いたんです……」
「ひどい!」紅凛が叫んだ。
「蒼汰くんが大変なことになるって、分かってたでしょ! 何でそんなことするの⁉︎」
「あ、紅凛ちゃん。僕は大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよ! さっきみたいに、いっぱい血が出たんでしょ? 死んじゃってたかも知れないんだよ⁉︎」
「そうだね。でも、そうならないように、ずっと僕のことを見ていたんでしょう? 御澄宮司」
問いかけると彼は俯いて、小さな声で「はい……」と答えた。
「怒らないんですか? 私のせいであんなことになって……。実を言うと、かなり焦ったんです。まさか、土地神と繋がってしまうなんて思わなくて……」
「あー……。なんか、違和感はあったんですよね。最初、女の子が歌っている夢を視た時、なぜかすぐに気付いて襖を開けたし。神様を視た時も、僕の部屋にいて、顔を覗き込んでいたみたいだし。すごい遅い時間だったのに、何で起きてたのかなって、不思議に思ったんです。だから怒ると言うよりは、なるほどなぁ、という感じです」
「すみません……。これ以上長引くと、村が全滅してしまうと思ったんです。土砂崩れでは被害者は出ませんでしたが、体調を崩す人が急激に増えていて、その人たちは赤い靄に纏わりつかれている状態です。何とか、情報が欲しくて……」
「そうだったんですね。まぁ先に教えておいてほしかったですけど——仕方ないと思っています。視るのが僕の仕事ですから。それに僕も、御澄宮司に謝らないといけないことがあるんです」
「私に……ですか?」
「僕はずっと、御澄宮司が何か、悪いことをしようとしているんじゃないか、と疑っていたんです」
「え、何でそんなことに?」
「この村に来てから、やたらと僕のことを、じっと見つめていたじゃないですか。何だか様子がおかしいと思い始めたら、段々と、怖くなっちゃって。それで、もしかしたら視えない『何か』の仕業じゃなくて、御澄宮司が悪いことをしているのかも……とか、思ってしまったんですよ。すみません」
「あぁ、そうか……。たしかに、見ていましたけど、一ノ瀬さんから紅凛さんの霊力を感じたので、気になっていただけなんです。紅凛さんが敵なのか味方なのか分からなかったので、早く正体が知りたくて。もし味方なら、少しでも何か情報を聞きたかったですし」
「それなら、訊いてもらったらよかったのに」
「でも一ノ瀬さんは、紅凛さんのことを隠したいような感じだったでしょう? だから、訊かない方がいいのかなと思ったんです」
「そういえばそうですね。隠してました。僕、紅凛ちゃんのことも勘違いしていて」
「私?」紅凛が目を大きくした。
「そう。紅凛ちゃんが「誰にも言わないで」って言ったじゃない? 着物を着ていたし、習い事か何かをサボって、ここに隠れているのかと思っていたんだ」
「えぇっ、違うよ?」
「そうだよね。閉じ込められていた地下室から、抜け出してきていただけだったんだよね。それなのに、サボっているのがバレて、怒られたら可哀想だから、とか思っていたんだ。なんか僕、色々と勘違いをしていたんだよな……。それがなかったら、もう少し早く、この状況まで辿り着けていたのかも」
見当違いなことばかり考えていた自分が恥ずかしい。
「いえ、私もきちんと話せばよかったです。それに、一ノ瀬さんが子供たちを呼んでくれたから、紅凛さんも私と話をしてくれましたけど、そうでなかったら、話してくれなかったと思うので」
御澄宮司が言うと、紅凛は大きく二回頷いた。
「でも、私がみんなと話したいって言ったせいで、蒼汰くんの目が……」
紅凛が僕の頬に触れた。
「あぁこれは、昨夜血が出たせいで、傷ついていた部分からまた血が出ただけだと思うよ。神様の力って怖いよね。それに、子供たちから話を聞けたおかげで、神様が怒っている理由も分かったんだ。話してくれて、ありがとう」
僕が頭を撫でると、紅凛はまた一瞬、泣き出しそうな顔をした。
——これがトラウマにならないといいけどな……。
僕が目から血を流して苦しむ姿を見たのだ。小学二年生には刺激が強かっただろう。しかも、それが自分のせいだなんて思わないでほしい。
「では、白榮さんのところへ行きましょうか」
御澄宮司が障子を開くと、薄暗かった部屋の中が少し明るくなった。それだけのことでも、目の奥がズキズキと痛む。
——でも、今はそれどころじゃない。
「紅凛ちゃん、行こう」
僕は不安げな表情をしている紅凛の手を取り、歩き出した——。