紅凛は、小さな身体を震わせながら、涙を流している。
——『やっぱり』って言った。紅凛ちゃんは、気付いていたんだろうな。あの子たちが、殺された子だってこと……。
それでも、村の人たちを信じたかったに違いない。
——霊力さえなければ、あの子たちの姿を視ることもなかったし、こんな残酷な真実を知る必要はなかったのに……。
考えても仕方のないことで、胸が痛くなる。自分で望んだわけではなく、霊力を持って生まれてくるのだ。普通ではない僕たちは、視なくていいものまで視えてしまう。
「それが、この村で災いが起こると分かっていて、何もしなかった理由ですか」
御澄宮司が言うと、紅凛は白い着物の袖で、涙を拭った。
「あの子たちは酷いことをされたんだから、村で悪いことが起こっても仕方ないって思ったけど……。でも、村の人たちが死んでもいいとは思ってなかった」
「では、土地神の味方をしていたわけではないんですね?」
「それは……分からない。だって、どうしたらいいか、分からなかったんだもん。あの子たちを殺したことは許せないし、でも、村のみんなも、お父さんたちも、死んじゃうかも知れないし。どうしたらいいんだろうって考えてたら、叔父さんたちが死んじゃって……」
紅凛は我慢しているようだが、目から溢れた涙は頬を伝い、次々と床に落ちて行く。
「紅凛ちゃん……」
僕が頭を撫でると、紅凛は声をあげて泣き出した。
紅凛は優しい子だ。だからこそ、どちらも選べなかったのだろう。
「泣かなくてもいいんだよ。そもそも、酷いことをしてきたのは村の人たちだし、紅凛ちゃんは何も教えてもらってないんだから、どうしたらいいか分からなくて当然なんだよ。紅凛ちゃんは悪くない」
なんとか泣き止ませようとしたが、紅凛の涙は止まらない。
御澄宮司が小さく息を吐いた。
「まぁ、疑ってしまいましたが……。私も別に、責めているわけではないんです。一ノ瀬さんの言う通り、紅凛さんが気に病むことはないと思いますよ。白榮さんの代で霊力が高い子供が生まれなかった時点で、こうなることは決まっていたような気がしますから」
「引き継ぎもできないですもんね」
「そういうことです。作法だけを教えても、やはり力を視たり感じたりすることができないと、使い方が分かりませんからね。力を持っていた先代の神主から紅凛さんへ、守り手の継承ができなかった……。これは今までやってきた、愚かな行いの報いを受ける時が来た、ということだったのかも知れませんね……」
紅凛はまだ泣いている。僕たちが何を言っても、彼女が負った心の傷を癒すことはできないのかも知れない。こういう時は他人の僕たちではなく、家族がそばで支えてくれた方がいいような気がするけれど——。
白榮が紅凛をどうしようとしているのか、今はまだ分からない。でも、村の人たちと一緒になって、紅凛を地下室に閉じ込めていたことを考えると、会わせない方がいいような気がする。
——とりあえず、白榮さんと話をしてみよう。
紅凛が泣き止んでから、御澄宮司は口を開いた。
「あの歌のことを聞いてもいいですか? 一ノ瀬さんは、赤い花と白い花は、椿の花のことだろうと言っていて、あの歌は多分、雨乞いの歌なのだろう。という話にはなったのですが——いまいち、よく分からないんですよね」
「私も、お祭りの時の歌だってことは知ってるけど、よく分からない。でもあの歌はね、神様が怒るの。だから、私は歌わないようにしてる」
——えっ……?
「歌で神様が怒る? 紅凛ちゃんは実際に、それを視たってことだよね。なんでだろう。赤い椿の花を、神様にあげるっていう歌だから……そんなもので雨を降らせてもらえると思うなよ、っていう意味で怒るのかな? でも……それだけで怒るのは、おかしいか」
考えても、神様が怒る理由がよく分からない。
御澄宮司を見ると、彼も眉間に皺を寄せて、首を傾げていた。
「歌については、結局、よく分からないままですけど……。一ノ瀬さんと紅凛さんの話を聞いていると、歌の意味が分かったとしても、土地神の怒りを鎮めるのは、難しいような気がしてきました」
「そう、ですね……。神様みたいな存在と人間が、話せるものなのかどうかは知らないですけど、少なくとも僕が視たあの神様は、まともに話ができる状態ではなかったと思います。なんていうか……全てを破壊してやろう、みたいな殺気が伝わってきましたから」
「ううん、どうしましょうかねぇ……」
「神様は、子供たちのことを『かわいそう』と何度も言っていたので、子供たちが殺されたことを怒っているんですよね? 子供たちの供養をしてあげても、怒りはおさまらないんでしょうか」
「子供たちがこの村を呪っているのであれば、供養をするのですが、そうではなくて、土地神だけが怒っている状態ですからね……。それに、子供たちがこちら側にいないので、成仏させてやることもできません」
「あ、そうか……」
たしかに考えれば考えるほど、もうどうにもならないような気がしてくる。
——本職の御澄宮司が頭を抱えるくらいなんだから、僕が考えても、分かるわけがないか……。でも、何もしないわけにはいかないよな。
御澄宮司は、今までと違う情報が知りたいはずだ。僕でもできることは、ないだろうか。
「……白榮さんて、僕の力にやたらと興味を示していましたよね。僕の力で、神様や子供たちを視たって言えば、色々と話してくれそうな気がするんですけど……」
「たしかに、聞き出せそうな気がしますね。でも、いいんですか? 一ノ瀬さんは、自分の力のことを、あまり話したくないのかと……」
「まぁ、あまり話したくはないですけど、白榮さんはもう、僕に霊力があることを知っていますから。それに、また被害が出る前に何とかしたいので、できることはやらないと」
これ以上、誰も死んでほしくない。誰かが死ねば必ず、悲しむ人がいるのだから。
「じゃあ、私も行く」
紅凛が立ち上がって、僕の手を握った。
「でも、紅凛ちゃんは閉じ込められていたわけだし、一緒に行くと危ないんじゃ……」
「いいえ。私も紅凛さんを連れて行った方がいいと思います。動揺させた方が聞き出しやすいでしょうし、一緒にいた方が守りやすいですから」
御澄宮司が言うと、紅凛は大きく頷いた。
「分かったよ。でも、絶対に僕たちから、離れないでね」
「うん。蒼汰くんと一緒にいる」
紅凛に引っ張ってもらって立ち上がると、またふらついた。身体が負ったダメージが大きかったので、まだ回復していないようだ。無理に霊力を使うと危ないと御澄宮司が言ったのは、こういうことなのだろう。
「あの、一ノ瀬さん……」
倒れないように支えてくれた御澄宮司が、表情を曇らせた。
「大丈夫です。行けますよ」
「いえ、そうではなくて……。一ノ瀬さんに、言っておかないといけないことがあるんです」