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第27話

 階段の方へ歩いて行った御澄宮司は、また紫色の着物を頭から羽織る。自分の霊力を隠さないと、子供たちは出てこないと考えたのだろう。


「一ノ瀬さんは目を瞑って、子供たちを呼んでください。口に出すのではなくて、心の中で念じるんです」


「分かりました、やってみます」


 僕が目を瞑るのと同時に、僕の腰にしがみついている紅凛の腕にも力が入った。じわり、と温かいものが流れ込んでくる。紅凛は霊力について誰にも習っていないはずなので、無意識に力を使って、僕を守ろうとしているのかも知れない。


 ——こんなに小さな女子に守られてちゃダメだよな。僕も、頑張らないと。


 御澄宮司に言われた通りに目を瞑って、子供たちの姿を思い出す。


 赤い靄の中で僕にしがみついていた子供たちは、真っ黒な眼窩で僕を見上げていた。歪んだ口元は動いていたが、何を訴えかけていたのだろうか。


 あの時はただ恐怖しか感じず、化け物を見るような目で見てしまったと思うが、あの子たちも生きていた頃は、紅凛と同じように、可愛らしい笑顔で笑っていたはずだ。


 坊主頭の男の子。

 肩までの長さの髪を、一つにまとめている女の子。

 短い髪の女の子が何人かいた。

 片腕がない男の子もいた。

 他の子よりも頭一つ分、背が高い女の子がいた。

 まだ赤ん坊のように小さな子も、たくさんいた。


 全員が幼い子供たちで、紅凛よりも大きな子は、ほとんどいなかった。


 ——あの時は怖がって、ごめんね。僕が話を聞いてあげる。だから、ここへおいで……!


 何度も心の中で子供たちを呼ぶ。


 しばらくすると、微かな風と共に、冷たく湿った空気が纏わりついて来た。夏場のゴミ捨て場のような強烈な腐敗臭が、どんどん強くなって行く。真っ赤に染まっていた井戸水と同じにおいだ。




 ゆっくり目をあけると、赤い靄が漂っていた——。




 まだ視えないが、何かが周りにいる気配は感じる。


「……みんな、いるんだよね? 僕と、話をしよう」


 両手を少し広げて前に出し、手の平を上へ向ける。これで合っているのかどうかは分からないけれど、なんとなく、周りの気配を感じやすい気がした。


 ざわざわと、周りの空気が動いている。


 そして、氷のように冷たいものが右手に触れた。


「あ……」

 紅凛が小さな声を上げたのと同時に、冷たいものが触れている場所に、小さな手が現れた。 


 赤い靄が数ヶ所に集まり、子供の姿に変わって行く。


 周りを見まわすと、いつの間にか、二十人ほどの子供がいた。やはり目がない。黒い眼窩の子供たちが、こちらを向いている。


 思わず、ごくん、と唾を飲み込んだが、前のように身体が震えることはなかった。紅凛の温かい霊力が守ってくれているからだろうか。


「本当に、呼ぶなんて……」


 御澄宮司が呟いたのが聞こえた。


「みんな、前にも会ったよね。僕に、聞いて欲しいことがあったんじゃないの? みんなの話を聞きたいんだ。教えて?」


 僕の手の平に、小さな手を置いている女の子が、口を動かした。


『……さ……い、の』


 囁くような声が頭の中に響く。


「ごめん。もう一度、教えて?」


『さむ……いの』


「寒いのか」


『さむい……』


「うん。手が、すごく冷たいもんね。寒いところにいるのかな」


『こわ……い』

『く、らい』

『おかあ……さ』

『こわい、よぉ』

『さみ、し……』


 他の子供たちの声も聞こえる。はっきりとは聞こえないし、響いているが、なんとなくは分かる。


 ふと気がつくと、腰にしがみついている紅凛が震えていた。


「聞こえる……。みんなの声、聞こえるよ……!」


 紅凛の目から涙が、ぽろりとこぼれ落ちた。


「今までは、聞こうとしても聞こえなかったんだよね?」


「うん。でも今は……聞こえる!」


 紅凛はずっと、子供たちの声を聞きたがっていたが、聞こえなかったらしい。それなのに今は聞こえるということは、もしかして、僕に触れているから聞こえるのだろうか。


 じゃり、じゃり、じゃり


 後ろから、土を踏む音が近づいて来る。


 怪訝そうな顔をした御澄宮司が、僕の斜め後ろへやって来て、右肩に手を置いた。


「……本当だ。こんな、今にも消えそうな状態の死霊と……話ができる、のか」


 御澄宮司は驚いたような表情で、子供たちを視ながら呟く。


 ——普通は、話せないってことなんだろうな。


「ねぇ。どうして寒いの?」


 紅凛は、僕の手の平に、手を置いている女の子に話しかける。


 しかし、女の子は僕の方を向いて『さむい』と呟くだけだ。


「先ほども言いましたが、この子たちは死んでから時間が経ち過ぎているし、土地神の力に捕らわれているので、別の空間にいるような状態なんです。目の前にいても、繋がっているのは一ノ瀬さんだけで、私と紅凛さんの声は、届いていないんだと思います」


「こんなに近くにいても、届かないなんて……。じゃあ、僕が紅凛ちゃんの代わりに訊きます」


 僕は女の子に目を向けた。


「キミは、どうして寒いの?」


『つめた、い……くらい……か、ら』


「冷たい、暗い? 冷たくて、暗い場所にいるから?」


 僕が言うと、女の子は静かに頷いた。


「でもキミたちは、神様と一緒にいるんじゃないの? あの、真っ白な場所に」


 女の子は、今度は頭を横に振る。


「どういうことなんだろう。この赤い靄は神様の力のはずなのに、子供たちは一緒にいない?」


「別の場所にいるのか……?」


 御澄宮司もそう呟きながら、首を傾げている。


「ねぇ、蒼汰くん。今度はあの子に聞いて。あの子さっき『こわい』って言ったの。どうして怖いのか、聞いて」


 紅凛は、右脚の膝から下が無い男の子を指差した。


「分かった」


 僕が手を伸ばすと、男の子は親指にそっと触れてきた。


「どうして、怖いの? 何が怖いのかな?」


『あの、ね……みいんな……こわ、い』


「みんな? じゃあ、僕のことも怖いの?」


『ない……』


 男の子は頭を横に振る。


「みんなって、誰のこと?」


 訊くと男の子は、また頭を横に振った。


「どういう意味だろう? みんな怖いけど、僕のことは怖くないんだって」


 紅凛に目をやると、彼女はまた泣きそうな顔をしている。それがどうしてなのか、僕には分からなかった。


「もう少し、しっかりと話を聞けたらいいのですが……。一ノ瀬さんのおかげで話はできますけど、意味がよく分からないですね」


「う〜ん。まだ幼い子ばかりですからね。ちゃんと会話ができるかどうかは、また別の話ですよね」


 カタ、カタカタッ


 部屋の仕切りが小刻みに揺れ始めた。


 色の濃い、赤い靄が地面から、ふわりと溢れてくる。


「まずいですね、気付かれたようです」


「え、神様に、ですか?」


「そうですね……」


「まずいじゃないですか! まさか、ここに来たりしないですよね⁉︎」


 どうしたらいいのかと考えを巡らせていると、紅凛が叫んだ。


「みんなは、どうして死んじゃったの? どこにいるの? 教えて!」


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