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第26話

 御澄宮司が言うと、紅凛は勢いよく顔を上げた。


「はぁっ? できるわけないじゃない、そんなこと!」


「そうですか……」


 御澄宮司は目を瞑り、大きなため息をついた。


「何よ! 自分だって、できないくせにっ! 蒼汰くん、やっぱりこの人、性格悪いよ!」


「紅凛ちゃん、落ち着いて! 御澄宮司も煽らないでくださいよ、仲良くしましょう?」


 いちいち揉めていては、話が進まない。


「あれ? そういえば、何で神様に封印がしてあったんですかね? 僕は、そういったことには詳しくないですけど、神様を封印するなんて、なんか、罰当たりな気がするんですけど」


「そうですね。私も危険だという意味で絶対にやりませんが、御神体に神を封印する、という話は聞いたことがあります。御神体に祈りを捧げて、神となるような存在が宿るのを待つよりも、神を封印した方が手っ取り早い、ということでしょうね」


「何ですか、それ……。本当に罰当たりですね。そんなことをした結果が、今の最悪な状況なんですから」


「その通りです。人間が人ならざるものにかかわると、碌なことにならないんですよ」


 何だか御澄宮司が言うと、重みがある。霊媒師をしている御澄宮司は、愚かな人間たちの末路を、たくさん見てきたはずだ。


「でもあの櫛って、封印が解けた時に割れたというよりも、誰かが割ったような感じでしたよね。紅凛ちゃんは、なんで櫛が割れたのか、知ってる?」


「多分……叔父さんが割ったんだと思う。お盆に会った時に、赤いのがくっついてたから」


「井戸水みたいな、赤い靄のこと?」


「うん、そう」


 霊力が弱かった神主は、封印されている状態の神に操られ、櫛を割ってしまったのかも知れない。


 御澄宮司が着物を振り上げて、肩にかけた。


「さて。これ以上の被害が出ないうちになんとかしたいので、紅凛さんの知っていることを、全部話してもらえませんかね? この村に伝わる歌のことや、土地神に関することを黙っていた理由も。まだ私たちに話していないことが、色々とあるはずです」


 紅凛は視線を床に落として、何かを考えているようだ。僕の前では明るく元気な印象だったが、こんな小さな身体で、何を抱え込んでいるのだろうか。


 紅凛は、すぅっと息を吸い込んでから、再び御澄宮司を見た。


「……その前に、子供たちの話を聞きたい。私がずっと思っていたことは合ってると思うけど、でも、もし違ったら……」


「あの子供たちですか……」


 天井を見上げた御澄宮司は、今度は小さく息を吐いた。


「子供たちの声を聞くのは、難しいと思いますが……」


「御澄宮司や紅凛ちゃんは霊力が強いのに、それでも難しいんですか?」


「亡くなってから、時間が経ち過ぎているし、土地神の力に捕らわれているので、別の空間にいるような状態になってしまっているんです。姿はなんとか視えますが、声を聞くことはできません。それに、こちらから話しかけても届かないと思います。もし、できるとしたら……一ノ瀬さんでしょうね」


「僕ですか……? どうやったらいいのか分からないですけど、できるならやります。紅凛ちゃんにも、あの子たちの話を聞いて欲しいって言われていたし」


「私が手伝えば、できる確率は高いと思います。でも……今やるのは、危険だと思います」


「御澄宮司もいるんだから、大丈夫でしょう?」


「数時間前に身体を乗っ取られたのを、忘れたんですか? 両目から血を流していたし、自分では気付いていないんでしょうけど、今も病人のように白い顔をしているんです。まだ身体が回復してないんですよ」


「別に、体調は悪くないです。少しだけ、だるいくらいで……」


「やっぱりまだ回復してないじゃないですか。そんな状態でまた力を使うのは、危険なんです。こんなことに巻き込んでしまっていますけど、これ以上、一ノ瀬さんの身体を傷つけたくないんです」


 御澄宮司は眉根を寄せて、視線を床に落とした。刀を持った手にも、力を入れているのが見て分かる。


 ——そこまで気にしてくれていたのか……。


「ここまでかかわってしまったんですから、今更、文句なんて言いませんよ。紅凛ちゃんも、子供たちが何を言っているか分かれば、全部話してくれるんだよね?」


 僕と目が合うと、紅凛は泣くのをこらえているような表情で唇を噛み締め、頷いた。


「約束だよ。御澄宮司、お願いします」


「……分かりました。でも、もう無理だと思ったら、止めますからね。本当にこれ以上は、無理をさせたくないんです……」


「大丈夫です。よろしくお願いします」


 僕の顔をしばらく見つめた後、御澄宮司は諦めたように、目を瞑った。


「……では、準備をします。神社の中がいいと思うのですが、紅凛さんは、どこで子供たちを視ましたか?」


「ええと……境内と、地下室、かな?」


「では、地下室に案内してください」


「分かった」


 部屋の右奥へ向かって歩き出した紅凛は、角まで行って立ち止まった。


「ここから入るの」


 そう言って紅凛が両手で壁を押すと——壁板の一部が横に回転するように動いた。


「隠し扉になってるんだ……。そこから出て、紅凛ちゃんはこの部屋に隠れてたんだね」


「うん。この部屋なら、窓から外を見たりできるから。——ついて来て」


 紅凛は壁の中へ入って行った。




 暗い階段を下りると、広い空間があった。


 奥は木の板で仕切られて、部屋のようになっているが、紅凛が言っていた通り、ボロボロだ。隙間だらけで板が一枚、外されている。


 手前にある空間の隅には、木箱と椅子、木の板、工具が入った箱が置いてある。ここは部屋の中に閉じ込めた者を見張るための場所なのだろう。そしてボロボロの仕切りを、修理する道具が置いてあるように思えた。


「紅凛ちゃんは、こんなところにいたのか……」


 高い位置にある、すりガラスの小さな窓から光が入って来ているが、随分と暗い。


 こんなところに幼い子供を閉じ込めていたのかと思うと、怒りが込み上げてくる。今、村の大人たちの顔を見たら、掴みかかってしまいそうだ。


「準備をするので、二人は隅の方へ避けていてもらえますか?」


 そう言いながら、御澄宮司は革製の黒いバッグから、蝋燭の束を取り出した。


 一般家庭で使うものよりも大きな白い蝋燭には、朱色で読めない文字が書いてある。その蝋燭が、円を描くように六本置かれ、御澄宮司が火をつけると、お互いの顔がはっきりと分かるほどに明るくなった。今までが暗かったせいで、なんとなく、眩しく感じる。


「一ノ瀬さんは、この円の中に入ってください」


「分かりました」


 御澄宮司に言われた通りに中へ入り、右膝を地面につく。


「ねぇ、私も蒼汰くんと一緒に入ってもいい?」


 紅凛が御澄宮司を見上げる。


「大丈夫ですよ」


 御澄宮司が言うと、紅凛は僕の横へ座り、腰にしがみついた。


「私が守ってあげる。大丈夫だよ」


「ありがとう。心強いよ」


 ふと、村へ来て最初の夜に、子供たちの霊にしがみつかれたことを思い出した。本当は、あの時の光景を今思い浮かべても、叫び声を上げてしまいそうなくらい怖い。でも、そんなことを言っていられる状況ではないので、もう腹を括るしかないと思った。


 御澄宮司が、スティック型の赤いお香に火をつけると、甘い匂いが漂い始めた。僕は、前にも御澄宮司が、このお香を使っているのを見たことがある。


 生きている人間には甘い匂いに感じるが、霊体にとっては魅力的な『力』に感じるのだと言っていたような気がする。子供たちは死んでしまってから時間が経っているので、霊気も弱くなっているだろう。


 もしかすると、力を求めて出て来てくれるかも知れない、と思った。

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