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第24話

 神社の境内に入る直前に、足が止まった。


「今更だけど……。神社なのに、なんでこんなに嫌な感じがするんだろう……あれ? 最初にここへ来た時って、こんな感じだったっけ? 他所の神社みたいに、澄んだ空気は感じなかったけど、こんなに嫌な感じはしていなかったような……」


 境内の中へ向けて、そっと手を前に出してみると、冷たいものが纏わりついて来た。どこからともなく、湿った土の匂いも漂って来る。


 ——そういえば、神社の境内に入ると、土臭いんだよな。周りには畑もたくさんあるのに、なんで神社の境内の方が、土臭いんだろう……?


 じゃっ、じゃっ、じゃっ、と砂の上を軽快に蹴る音が聞こえた。


「蒼汰くん、おはよう!」


 紅凛が手を振りながら走って来る。


「おはよう。今日もここにいたんだね、良かった」


「私に会いに来たの?」


「うん、そう。ちょっと聞きたいことがあってさ」


「ふうん」

 辺りをキョロキョロと見まわした後、紅凛は僕の左手を引いた。


「あっちで話そうよ。ここは見つかっちゃうから」


「うん、分かった」


 神社の裏へ行き、紅凛は一番奥にある部屋の障子を開ける。中にはたくさんの木箱や燭台、大きな太鼓などが見えた。物置部屋だろうか。


「紅凛ちゃんは、いつもここに隠れてるの?」


「……うん。まぁ、色々かな」


「そうなんだ」


 中へ入って障子を閉めると薄暗い。置いてある物に隠れていたら見つからずに済むのかも知れないが、寂しい場所だ。隙間風も入ってくるので、肌寒い。


「それで、聞きたいことってなぁに?」


 紅凛が部屋の奥にある木箱に座り、隣にある木箱を指差す。座れという意味だと思ったので、僕も木箱に腰を下ろした。


「実はね……。昨夜、不思議な夢を見たんだ。夢っていうか、他人の記憶だと思う。一つ目は、この神社の境内で、巫女さんの姿をした女の子が赤い匣を持って立ってるんだ。そうしたら子供がたくさん走ってきて、わらべうたみたいなのを歌いながら、女の子が持っている匣に、赤い椿の花を入れていくんだよ。『かん、かん、かんなのカミさんは、赤い花ほしいともうします』っていう歌。紅凛ちゃんも知ってるよね?」


 僕が話し終わると、紅凛は眉根を寄せて、目を瞑った。唇は微かに震えている。


 やはり紅凛は、全てを知っているのだろう。


 ゆっくりと目をあけた紅凛は、どこか遠くを見ているような目をしながら、歌い始めた。


「かん かん かんなのカミさんは

赤い花ほしいともうします


かん かん かんなのカミさんは

白い花いらぬともうします


赤いはこには 赤いれて

白はちぎって すてましょう


雨がなくとも おどりはならぬ

花がなくとも おうたはならぬ


かん かん かんなのカミさんにゃ

赤いお花をあげましょう」


 歌い終わった紅凛は、悲しげな表情をしている。


「……その歌。ただの、わらべうたじゃないよね? 僕が歌の歌詞を言った時、金子さんも白榮さんも、すごく焦っているように見えた。歌にどんな意味があるのか、紅凛ちゃんは知ってる?」


「……」

 紅凛は目を伏せて、何も答えない。


「じゃあ——さっきの話の続き。二つ目は、たくさんの子供たちが出てきた。場面が変わると違う子が出てくるんだけど、同じ女の人の声が聞こえるんだ。『かわいそうに』とか、『もういい』とか。白く透き通った手も視えてね、でも、なんか変だった。指が、すごく長いんだ。それで、その後に……人間じゃない、女の人が出てきた」


 紅凛が勢いよく僕の方を向いた。


「……女の人の姿を、視たの?」


「うん」


 赤い目が脳裏によみがえると、どうしても身体が震える。それでも、紅凛から話を聞かないと、状況を変えることはできないと思った。


「白い世界に、赤い靄が漂ってた。女の人は、銀色っぽい白髪でね、水面に座ってるんだ。なんか、異常に肌が白くてさ、首と指が長かったから、すぐに人間じゃないと思ったよ。ずっと泣いていたんだけど、急に『誰だ』ってこっちを向いたら……赤い目だった。涙も血みたいに、赤くて」


 身体の震えが止まらなくなり、自分を抱きしめるようにして両腕を掴む。


「大丈夫?」


 紅凛が心配そうに僕の顔を覗き込む。


「うん、大丈夫……。でも、あの赤い目を思い出すと、どうしても、震えちゃうんだよね。あれは——人間の霊じゃないよね?」


「……うん。あの人は、ずっとこの神社にいた、神様」


「やっぱり、そうなんだね。紅凛ちゃんは、いつから神様のことを知っていたの?」


「初めて視たのは、幼稚園の頃。お祭りの時に、神社の屋根に雷が落ちて、その時に、空に神様が浮いているのを視たの」


「雷か……。その時から神様は、怒ってたのかな」


「そうだよ。すごく、怖い顔をしてたもん」


「それは、誰かに言った?」


「言ってない……。言ったら、変なことを言うなって、怒られるから……」


 僕も同じような経験を何度もしているので、紅凛の気持ちは痛いほどよく分かる。この世のものではないものたちを、視ることができる僕たちは『普通』ではないのだ。僕たちにとっての普通は、霊感のない人たちにとっては『異常』になってしまう。理解しようとしてくれる人間は少ない。


「でも、蒼汰くんが視た白い世界って、どこなんだろうね。私は、そういうのは視たことないよ?」


「紅凛ちゃんも視たことはないのか……。結構ヤバイところに入り込んじゃったんだろうな……」


「ヤバイところって?」


「この世界じゃなくて、神様の領域みたいなところ? 実は身体を少しの間、乗っ取られてさ。目から血がいっぱい出たんだよね」


「えぇっ⁉︎ 大丈夫なの? そういえば、目が赤いね。蒼汰くん、死んじゃう?」


「今のところは大丈夫だけど……大丈夫だといいね……」


 そこは僕も、不安に思っているところだ。


「でも、なんでそんなところが視えたんだろうね。あの怖い人も視えるのかな」


「いや、視たことないって言ってた。多分、僕が憑依体質だからなんだと思うんだよね。この世のものじゃないものと、繋がりやすいみたいだから」


「それは分かるけど、神様がいるところが視えるとか……ちょっと、怖いよね」


「うん、僕も怖い……」


 あのまま戻って来られなかったらと思うと、ゾッとする。


 ——もしかして、呪具の数珠をつけていたおかげなのかな。それか、御澄宮司が引き戻してくれたのかも。


「神様は、何か言ってた?」


「ゆるさない、って言葉は聞いたよ」


「やっぱり、怒ってるんだね」


「そうだね……。でも、最初は神様のことを視てた僕に言ったのかと思ったんだけど、御澄宮司に言ったみたい」


「なんで、あの怖い人に言うの?」


「御澄宮司は隣の部屋で寝てるんだけど、妙な気配を感じたんだって。それで僕の顔を覗き込んだから、神様に見つかったんだろう、って言ってたよ。あの神様は、御澄宮司の霊力は分かるみたいなんだ」


「神様にも嫌われてるんだ、あの怖い人……」


 紅凛は冷ややかな目つきをして言う。


 ——本当に、紅凛ちゃんに嫌われてるな、御澄宮司……。


「蒼汰くんは、また視ようと思ったら、神様を視ることができるの?」


「ううん、それはできないんだ。そもそも、なんで視えたのかも、よく分からないし」


「そっかぁ。まぁいつでも視えたら、蒼太くんも人間じゃないのかも、って思うかも。なんか危なそうだしね。昨日は、子供たちの声も聞こえたの?」


「いや、あれはたぶん神様の記憶を視ただけで、前に会った子供たちを視たわけじゃないからなぁ」


「あの子たちは、なんで蒼汰くんのところに行かないんだろう。蒼汰くんに、話を聞いて欲しいんだと思ったんだけど」


「う〜ん。あの時は、井戸から出た赤い靄の中にいたし、神様も近くにいたから、子供たちが視えたのかも知れない。僕は呪具をつけているから、本当だったら、あの子供たちの霊気じゃ、近寄れないはずなんだよ」


「呪具って、その綺麗な紫色の石がついている数珠のことだよね?」


「うん。僕の霊力は紅凛ちゃんみたいに多くないけど、この数珠に霊力を貯めることができるんだ。割と霊気の強い霊体でも祓えるらしいから、弱い子供の霊は、近寄って来られないと思うんだ」


「こんなに綺麗なのに、あの子たちを消すような、怖い力があるんだよね……」


 紅凛は、数珠にそっと触れた。


「……蒼汰くん、まだ神様の気配がする」


「えっ? あぁ。昨夜、身体を乗っ取られてたからかな」


「あの怖い人は、何もしてくれなかったの? よく分からないけど、でもこのままじゃ、蒼汰くんの身体に悪いような気がする」


「そういえば、いつもは祓ってくれるけど、昨日は何もしていなかったような……」


「それに蒼汰くん、初めて会った時より、霊力が強くなってるよね? そんなに急に増えるものなのかな……? やっぱり、あの人に何かをされてるんじゃ——」



 スッ、と障子が開いて、僕も紅凛も、そちらへ目をやった。

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