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第23話

「水面だと、都合が悪いことがあるんですか?」


「一ノ瀬さんが、人間や動物の記憶を視た時って、どんな風な背景でしたか? 地面や床の上にいて、部屋の中にいたり、外にいたり、そんな感じだったと思うんです」


「たしかに、そうです」


「しかし、白い世界に赤い靄があって、水面に座っていたとなると、人間や動物ではない。私がこの目で視たわけではないので、はっきりと断言はできませんが……水神のような存在ではないかと思います。本当に水神なら、この辺りの土地神でしょう」


「水神……」


 あの姿を視ていなかったら「まさか」と言って笑うかも知れない。でも今は、御澄宮司の予想が当たっているような気がする。


「その女性は座っていただけですか?」


「いいえ、泣いていました。顔を両手で覆っていたので、最初は、顔は視えなかったんですけど……。急に「誰だ」って言って、少し顔をこっちへ向けて。そうしたら、真っ赤な目が視えたんですけど……涙が、赤くて……血が流れているみたいでした。それで「ゆるさない」って、言われて」


「う〜ん……。先ほどの一ノ瀬さんと同じような、赤い涙ですか。その「誰だ」と「ゆるさない」は、もしかすると一ノ瀬さんではなく、私に言ったのかも知れませんね」


「えっ? でも、そこにいたのは僕ですよ?」


「実は、妙な気配を感じたので、私が一ノ瀬さんの顔を覗き込んだんですよ。また何かを視ているのかも知れない。と思いながら顔を見ていたら「ゆるさない」と言って首を絞められた、というわけです。私はずっと霊気の主に避けられていましたから、一ノ瀬さんの近くにいた私の霊力を感じ取って、反応したのでしょう」


「僕が見つかったわけじゃ、なかったのか……」


「おそらく。ちなみに、一ノ瀬さんが目を開いた時、一瞬、目が赤く見えました。その女性が一ノ瀬さんの身体を使って、私を攻撃したと考えるのが妥当なところでしょうね」


「……僕の身体って、大丈夫なんですかね……。別に、病院へ行くほど体調が悪いというわけではないんですけど……」


「まぁ、明日はゆっくりとしていた方がいいでしょうね。目薬は持っていますか?」


「あ、はい。持ってます」


「では、とりあえず目薬をさしてもらって、その間に私は、タオルを濡らしてきますね」


 僕にバッグを手渡すと、御澄宮司は、自分が借りている隣の部屋へ入って行った。


 目薬をさした後、ティッシュで拭き取ると、やはり赤く濡れている。


「目……大丈夫なのかな。別に、ちゃんと見えるけど……」


 心霊的な体調不良で病院へ行っても、大体は「特に異常はない」と言われてしまう。霊障なので血液検査をしても、異常な数値は出ないのだ。


 今回は目から血が流れているけれど、病院へ行くと「どうしてこうなったのか」と理由を聞かれてしまうだろう。そして、大袈裟な検査をたくさんされてしまうような気がする。


「やっぱり明日はゆっくりして、様子を見た方がいいよな……。理由なんて言えないし、高い検査費用を払っても、どうせ何も出てこないし」


 ため息をつきながら、また布団に寝転がった。


 ——それにしても今日は、やたらと記憶を視るな……。


 最初は神社の祭りの光景。次は数人の子供の様子を視て、水神かも知れないと知れないという、赤い目の女性を視た。


 ——こんなに連続して視るのは初めてだ。どうしたんだろう?


 考えてみても、思い当たる節はない。


 天井を眺めながら、左手の甲を額に当てる。すると、御澄宮司からもらった呪具の数珠が、ぼんやりと紫色に光っていることに気がついた。


「そうだ、呪具をつけていたんだった。——でも、神様には効かないんだな……」


 左手を高く上げて数珠を見つめていると、御澄宮司が戻ってきた。


「どうかしましたか?」


「呪具をつけていたことを思い出して……。これをつけていても、神様には効かないんですね」


「少しの時間ですけど、操られてしまいましたからね。でも、ある程度は効いていると思いますよ。もしつけていなかったら、もっと悲惨なことになっていたと思いますし」


「なるほど……」


 つけていてよかったと思うべきなのか、効き目が弱かったことに落胆した方がいいのか。何だか複雑な気分だ。


 部屋の中には、また破れた札が散らばっている。


 ——破れた時の音で、御澄宮司は、何かが起こっていると気付いたのかな?


 そうだとしたら、よく気が付いたなと思う。それほど大きな音ではないはずだ。眠っていたら気がつかないような気がするので、まだ起きていたのだろうか。


 時計に目をやると『04:05』と表示されている。


 ——四時か。まさか、こんな時間まで起きていたわけじゃないよな……?


「まだ早いですね。もう少し寝ますか?」


 そう言いながら御澄宮司は、僕の目の上に濡れたタオルを置く。冷たくて気持ちが良い。


「僕は、もう起きていようと思います。また変な夢を見たら嫌だし……」


 寝ていたはずなのに、疲れを感じる。これ以上何かが起こると、精神的に耐えられないような気がした。


「そうですか。私はもう少し寝ますけど、襖は開けておきますし、布団をこちらへ引っ張ってくるので、何かあったらすぐに起こしてくださいね」


「はい。ありがとうございます」


 スッ、スッ、スッ、と畳の上を擦る音が聞こえたので、御澄宮司は自分の布団へ戻って行ったのだろう。


 ズズー、と大きなものを引きずるような音がする。その後で、また布が何度も擦れる音が聞こえて、静かになった。


 ——そういえば、あの女性は幼い子供たちに対しては、優しいんだよな。


 何度も「かわいそう」と言っていたし、子供を優しく撫でていた。それなのに御澄宮司には「ゆるさない」と敵意を向ける。


 ——御澄宮司は、ここへ初めて来た時から、避けられていると言っていたんだから、御澄宮司が怒らせたわけじゃないんだろう。


 それなのに、なぜ僕の身体を使って攻撃したのだろうか。


 ——ん、待てよ……? この村の人たちも殺そうとしているんだから、もしかして、僕が例外になるのか? なんで?


 いつまで考えても答えは出ない。そもそも神様がやっていることなのだから、人間の僕には理解することなんて、できないのかも知れない。


 必死に考えを巡らせていると、いつの間にか夜が明けて、部屋の中も明るくなっていた。




 金子が用意してくれていた朝食を食べて、御澄宮司と一緒に部屋へ戻った。


「一ノ瀬さん、本当に体調は大丈夫ですか?」


「はい。大丈夫です」


 ——まだ身体がだるいけど、これ以上は、迷惑をかけたくない。


「では、私は用事があるので出掛けてきます。一ノ瀬さんは、ゆっくりと身体を休めておいてくださいね」


「分かりました」


 僕が布団に入ると、御澄宮司はどこかへ出掛けて行った——。


「よし。多分、すぐには帰って来ないよな? 僕は紅凛ちゃんのところへ行ってこよう。と言っても、今日も神社にいるとは限らないけど」


 紅凛はおそらく、あの赤い目の女性のことを知っている。夜中に夢で視たことを話せば、また新しい何かが分かるかも知れない、と思った。


 ——金子さんも慶次さんも出掛けているけど、この村では家に誰もいない時でも、鍵は閉めないと言っていたから、このまま出掛けても良いよな?


 家から出た僕は、周囲に誰もいないことを確認してから、神社へ向かった——。


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