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第19話

 昼過ぎに一度家へ帰って来た金子は「好きなものを食べてください」と言って、また出掛けて行った。


 避難している人たちの世話や、今後のことを決めたりで、忙しいようだ。


 昼食は残りものを食べたが、夕食は自分たちで作らなければならない。


「どうしますか? 僕も、簡単なものなら作れますけど……」


 そう言いながら冷蔵庫の扉を開けると、奥が見えないほど食材がたくさん詰め込まれている。村の中には店がないので、まとめて購入しているのだろう。


「私は何でもいいですよ」


 居間にいる御澄宮司が答える。


「何でも、が一番困るなぁ……。この材料で僕が作れそうなものと言ったら、卵焼きと炒め物くらいですけど」


「作れるものがあるだけ、すごいですよ。私は作ったことがありませんから」


「えっ、一度も⁉︎」


「食事はいつも、用意されているものを食べますからねぇ。部屋に運んでもらうので、台所に入ることもありませんし……」


 ——住む世界が違った……!


 そういえば御澄宮司の家は大きな神社だ。きっと代々儲けていて、御澄宮司も生まれた時から、裕福な暮らしをしているに違いない。


「分かりました……。僕が作りますけど、文句は言わないでくださいね」


「もちろんです」


 にっこりと微笑んだ御澄宮司は、なぜか台所へ入ってきた。手伝う気がないのであれば、テレビでも見ていてほしい。




 ステンレス製のボウルに卵を割り入れて、砂糖と醤油、塩を加えて、卵白を切るように混ぜる。その様子を、御澄宮司は僕の横に立って、覗き込むようにして見ていた。


 ——やりづらいなぁ……。


 僕が見慣れないことをしているから、気になるのだろうか。


 卵焼き用の、長方形のフライパンに卵液を流し入れる。フライ返しを見つけることができなかったので、卵が少し固まったタイミングで、箸を使って卵を巻いた。


「そうやって巻くんですね。私がやると、ぐちゃぐちゃにしてしまいそうです」


「フライ返しっていう、ヘラみたいな道具を見つけられなかったので、箸でやっていますけど、フライ返しがあれば、もっと簡単に巻けますよ」


「へぇ」


 気の抜けた返事だ。別にやってみる気はないのだろう。


 巻き終わったら卵をフライパンの奥へやって、手前にまた卵液を流し込む。


「何度か繰り返して、分厚くしていくんですね?」


「そうですね……」


 ——もう、向こうへ行ってほしいんだけど……。


 そう言いたいが、我慢した。御澄宮司は、楽しそうに目を輝かせて僕が卵を巻いていくのを見ている。なんだか子供みたいだ。


 ——こうしていると、悪い人には見えないんだけどな……。


 出来上がった卵焼きを平たい皿に乗せ、炒め物に取り掛かる。


 フライパンに胡麻油を引いて、ニンニクのみじん切りと豚肉、人参を炒め、火が通ってきたら、玉ねぎとキャベツを加えて炒める。


「御澄宮司は濃い味と薄い味、どっちがいいですか?」


「私は薄い味の方が好きですね」


「分かりました」


 薄い味の方が好きなら、塩と胡椒でいいだろう。調味料入れの中にあった、粗挽きの塩胡椒で味付けをした。


 先に炊いてあった米飯と卵焼き、肉と野菜の炒め物と、インスタントの味噌汁をテーブルに並べる。


 ——僕にしては頑張った方だと思うけど、神社の、おそらくだけど高級な感じの食事と比べられるのは嫌だな……。


 いつもは米を炊いて、おかずはスーパーの惣菜やレトルト食品を買っている。僕だけではなく、一人暮らしの男は皆、同じような食生活だろう。


「いただきます」


 目を瞑って、丁寧に手を合わせてから、御澄宮司は食べ始めた。食事をする時も背筋は伸びたままで、箸の持ち方も綺麗だ。


 ——上流階級って感じがするな。僕と違って……。


 見ていると、御澄宮司と視線がぶつかった。


「どうしました?」


「あ、いえ。味は大丈夫だったかな、と思って……」


「美味しいですよ。そんなに時間はかかっていないのに美味しいので、びっくりしました」


「それなら……良かったです」


 手を止めることなく食べてくれているので、ほっと胸を撫で下ろした。自分の作った料理を他人に食べてもらうのは、けっこう緊張するものだ。相手が仲の良い友達なら、別に緊張はしないのだけれど。


 僕も卵焼きを頬張った。


「うん、ちょうど良い甘さだ」


「私もこれくらいの甘さの卵焼きが好きですよ」


「神社の食事って、やっぱり和食なんですか?」


「そうですね。たまに洋食が出てくることもありますけど、ほとんどが和食です」


「なんだかイメージ的に、高級な旅館で出てくる料理が思い浮かんでくるんですけど」


「あぁ、合っているかも知れません。旅館に行った時の料理と似ていますね。品数が多くて、綺麗に盛り付けられていて」


「毎日良いものが食べられるなんて、羨ましいな……」


「なにが『良いもの』かは、人それぞれですよ。私も今は和食がちょうど良いですけど、学生の頃は、カレーやラーメンが食べたいと思っていましたから。今も、品数はもっと少なくて良いのに、と思っているんですけど、言えていないんですよ」


「そんなものなんですかね、いつもそうだと飽きるというか。でもやっぱり僕は、羨ましいですけど」


「ははは。隣の芝生は青く見えると言いますからね。私もたまには、うどんだけの日とか、丼ものだけの日が欲しいですよ。それに食事だけではなく、産まれた時から将来の仕事が決まっていたので、別の仕事をしてみたかったですね。贅沢なのは分かっているんですけど」


「御澄宮司でも、そんなことを考えるんですね。もし神社を継いでいなかったら、何の仕事をしたかったんですか?」


「そうですね……海外に行ける仕事がしたいと思っていた時期はありましたよ。私の仕事は、まとまった休みを取るのが難しいので、海外へ行ったことがないんです」


「えっ、そうなんですか?」


 裕福な人はいつでも海外に行ける、という妙な先入観があったので驚いた。


「私は高校に入ったばかりの頃に、この仕事を始めたので、修学旅行にも行けませんでしたからね」


「高校に通いながら、霊媒師の仕事もしていたんですか?」


「そうです。まだ未熟でしたけど、両親が……亡くなってしまったので、やるしかなかったんです」


「え……」


 驚いて、箸が止まった。


「……なんで」


「殺されたんですよ、死霊に」


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